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インヴォーク! 起動せよ、新生レグルス!!
慟哭が歓喜に変わる朝
――それから翌朝のことだった。
「シャロッ、シャロッ」
「……なんだい、ヴェロニカちゃん」
朝早くからヴェロニカちゃんが起こしにやってきた。
「あのレウルーラさんって人が、勝手に厨房に入り込んでくるのよ! みんなで止めたんだけど、カギをかけて立てこもられた!」
「……ええ、マジ?」
「しかも、牛乳を独り占めにして箱ごと持って行ったのよ! なんとかして!!」
――これがマジなら、どうやらあのご婦人には、想像以上にストレスがかかっているようだ。
「あんたが拾ってきたおばさんでしょ!? 私達には手に負えないの! 責任もってなんとかして!!」
トホホ、朝からこんな重労働とは……昨日の仕事、結構辛かったのに。
俺は重い足取りでレウルーラ婦人が立てこもった厨房に向かった。
とっくに引退したとはいえども、ヴェロニカちゃんすら追い払って占領してしまうとは、さすがは元冒険者。
「もしもし、もしもし」
無駄を承知で、ノックしながら呼びかけ説得を試みる。
「レウルーラさん、レウルーラさん」
返事は聞こえない。聞こえるのはオーブンが動いている音だけだった。
「勝手に厨房を使われると困るので、カギを開けてもらえませんか?」
『――その声、昨日の小娘かっ!?』
ようやく聞こえた返事は、俺を呼ぶ声だった。
「頼みますよ、勝手に厨房を使われたら、うちの従業員のメイド達がお仕事をできなくなってしまいます」
『――うるさいッ! お前は静かにしておれ!!』
――いくら心労がたたっての状態とはいえども、なんてわがままな人だ。初対面の時に感じた「うるさい子供」という印象が、いつのまにか「老害老人」にグレードアップしそうになってきた。
「――いい加減にしてくれッ! みんなが困っているんだぞッ!」
『お前こそ、邪魔をするな、気が散る! この工程が一番大事なんじゃ!!』
「あのなああんた! いい加減にしないと本気で憲兵を――」
「――シャロ、好きにやらせてやれ」
言い合っている時だった、肩に制止の言葉と手が乗ってきた。
「おっさん!? だけど――」
「あれだけ荒れていた人が、起きてすぐにやらねばと決めたことだ。何か事情があるに違いない。彼女にとっては命よりも大事なものが、ここにあるんだろう」
「…………」
こういう時の、おっさんの度量の広さは、本当に呆れるほどだ。
「……わかったよ」
だけど、そんなおっさんが、俺も大好きだ。
『心配しなくても、もうすぐ終わる! お前さんらはそれまでにこの屋敷にいる人間全員を食堂に集めていろ!!』
「わかりました。レウルーラさん。しばしお待ちを」
『私はともかくオーブンは、待ってはくれぬぞ! 急げ!』
「シャロ、行くぞ」
「…………」
それからレウルーラ婦人の指示通り、みんなを食堂に集めた。
「……結局あのおばさんを、説得できなかったのね」
ヴェロニカちゃんとの約束は破る形になったが、おっさんがそうしろと言う以上はやむを得ない。
「――おお、お前さんら! よく集まってくれた!!」
――その時、昨日の号泣から立ち直った元気の良い声が響き渡った。それと共にやってくるのは、芳醇なクリームの香りであった。
「そらそらそら! みなのもの、熱いうちに食べるのじゃ!!」
レウルーラ婦人がすさまじい勢いで配膳していくものは……クリームソースをふんだんに使ったグラタンと牛乳が入ったコップであった。
「さあさあ! みんなで、いただきます!!」
そして自らの席にもそれを置いた婦人は、元気よく叫びながらスプーンをとるのであった。
「…………」
「わあ、美味しいィィィ!!」
みんなが沈黙する中で、食べるのが大好きなキャロラインちゃんが真っ先にスプーンをとって喜んだ。
――遅れて俺も、スプーンを取ってみたら、それは見事なグラタンであった。チーズとジャガイモ、マカロニ、彩の野菜と具沢山のそれを、クリームソースが見事にひとまとめにしていた。
「――これが食べたかったのじゃ、これが食べたかったのじゃ!!」
彼女がまた、体格相応の子供に戻った。だがその表情は、あの時見せた哀しみの涙ではなく、歓喜の笑顔だった。
――このグラタンを食べながら、だんだんと彼女が号泣しながら闇夜を歩いていた理由がわかってきた。
婦人の家に残っている、引きこもりの娘さんが何をしているのかは俺はわからない。ただこのご婦人は、一人で自由に食事をする気持ちの余裕もないほどに、心労で追い詰められていた。
泣きながら握りしめていたあの買い物かばんは、きっとグラタンを作るのに必要な牛乳を買いに行くためのものだったんだ。でも夜の市場は子供が入れない場所だ。
たった一人分のグラタンを作りたいだけなのに、どこのお店でもことごとく門前払いを受けた結果、それに一番必要な牛乳すら手に入れられなかった。故に彼女はあの時、泣いていたんだ。
「……あ、あの。レウルーラ婦人」
グラタンを食べたヴェロニカちゃんが、恐る恐る話しかけた。
「ん? なんじゃ?」
婦人のスプーンを置く所作は、とても美しかった。
「……このグラタン、とても美味しかったです」
「ふん、当たり前じゃ。ジュニアスクールの4年生時代からずっと作ってきた味じゃぞ」
――瞬間、みんなが驚いた。
「――背を伸ばしたい、その一心でずっと牛乳を飲んできた。でもそれだけでは足りないと思って、私はグラタンを作り始めたのじゃ」
「……あ、あの」
「なんじゃ?」
「これ……作り方を教えてもらえませんか? ご許可頂けるなら、本部にもレシピを送りたいです!!」
――さっきまでレウルーラ婦人を蔑んでいたヴェロニカちゃんが、珍しく本気で頭を下げた。
「……ふふ、なんじゃ、そんなことなら喜んで教えてやるわ」
「あ、ありがとうございます!!」
「……おお、仲直りできてよかったじゃん」
――この時俺は、予備の牛乳の調達に行ってくる決意をした。
「シャロッ、シャロッ」
「……なんだい、ヴェロニカちゃん」
朝早くからヴェロニカちゃんが起こしにやってきた。
「あのレウルーラさんって人が、勝手に厨房に入り込んでくるのよ! みんなで止めたんだけど、カギをかけて立てこもられた!」
「……ええ、マジ?」
「しかも、牛乳を独り占めにして箱ごと持って行ったのよ! なんとかして!!」
――これがマジなら、どうやらあのご婦人には、想像以上にストレスがかかっているようだ。
「あんたが拾ってきたおばさんでしょ!? 私達には手に負えないの! 責任もってなんとかして!!」
トホホ、朝からこんな重労働とは……昨日の仕事、結構辛かったのに。
俺は重い足取りでレウルーラ婦人が立てこもった厨房に向かった。
とっくに引退したとはいえども、ヴェロニカちゃんすら追い払って占領してしまうとは、さすがは元冒険者。
「もしもし、もしもし」
無駄を承知で、ノックしながら呼びかけ説得を試みる。
「レウルーラさん、レウルーラさん」
返事は聞こえない。聞こえるのはオーブンが動いている音だけだった。
「勝手に厨房を使われると困るので、カギを開けてもらえませんか?」
『――その声、昨日の小娘かっ!?』
ようやく聞こえた返事は、俺を呼ぶ声だった。
「頼みますよ、勝手に厨房を使われたら、うちの従業員のメイド達がお仕事をできなくなってしまいます」
『――うるさいッ! お前は静かにしておれ!!』
――いくら心労がたたっての状態とはいえども、なんてわがままな人だ。初対面の時に感じた「うるさい子供」という印象が、いつのまにか「老害老人」にグレードアップしそうになってきた。
「――いい加減にしてくれッ! みんなが困っているんだぞッ!」
『お前こそ、邪魔をするな、気が散る! この工程が一番大事なんじゃ!!』
「あのなああんた! いい加減にしないと本気で憲兵を――」
「――シャロ、好きにやらせてやれ」
言い合っている時だった、肩に制止の言葉と手が乗ってきた。
「おっさん!? だけど――」
「あれだけ荒れていた人が、起きてすぐにやらねばと決めたことだ。何か事情があるに違いない。彼女にとっては命よりも大事なものが、ここにあるんだろう」
「…………」
こういう時の、おっさんの度量の広さは、本当に呆れるほどだ。
「……わかったよ」
だけど、そんなおっさんが、俺も大好きだ。
『心配しなくても、もうすぐ終わる! お前さんらはそれまでにこの屋敷にいる人間全員を食堂に集めていろ!!』
「わかりました。レウルーラさん。しばしお待ちを」
『私はともかくオーブンは、待ってはくれぬぞ! 急げ!』
「シャロ、行くぞ」
「…………」
それからレウルーラ婦人の指示通り、みんなを食堂に集めた。
「……結局あのおばさんを、説得できなかったのね」
ヴェロニカちゃんとの約束は破る形になったが、おっさんがそうしろと言う以上はやむを得ない。
「――おお、お前さんら! よく集まってくれた!!」
――その時、昨日の号泣から立ち直った元気の良い声が響き渡った。それと共にやってくるのは、芳醇なクリームの香りであった。
「そらそらそら! みなのもの、熱いうちに食べるのじゃ!!」
レウルーラ婦人がすさまじい勢いで配膳していくものは……クリームソースをふんだんに使ったグラタンと牛乳が入ったコップであった。
「さあさあ! みんなで、いただきます!!」
そして自らの席にもそれを置いた婦人は、元気よく叫びながらスプーンをとるのであった。
「…………」
「わあ、美味しいィィィ!!」
みんなが沈黙する中で、食べるのが大好きなキャロラインちゃんが真っ先にスプーンをとって喜んだ。
――遅れて俺も、スプーンを取ってみたら、それは見事なグラタンであった。チーズとジャガイモ、マカロニ、彩の野菜と具沢山のそれを、クリームソースが見事にひとまとめにしていた。
「――これが食べたかったのじゃ、これが食べたかったのじゃ!!」
彼女がまた、体格相応の子供に戻った。だがその表情は、あの時見せた哀しみの涙ではなく、歓喜の笑顔だった。
――このグラタンを食べながら、だんだんと彼女が号泣しながら闇夜を歩いていた理由がわかってきた。
婦人の家に残っている、引きこもりの娘さんが何をしているのかは俺はわからない。ただこのご婦人は、一人で自由に食事をする気持ちの余裕もないほどに、心労で追い詰められていた。
泣きながら握りしめていたあの買い物かばんは、きっとグラタンを作るのに必要な牛乳を買いに行くためのものだったんだ。でも夜の市場は子供が入れない場所だ。
たった一人分のグラタンを作りたいだけなのに、どこのお店でもことごとく門前払いを受けた結果、それに一番必要な牛乳すら手に入れられなかった。故に彼女はあの時、泣いていたんだ。
「……あ、あの。レウルーラ婦人」
グラタンを食べたヴェロニカちゃんが、恐る恐る話しかけた。
「ん? なんじゃ?」
婦人のスプーンを置く所作は、とても美しかった。
「……このグラタン、とても美味しかったです」
「ふん、当たり前じゃ。ジュニアスクールの4年生時代からずっと作ってきた味じゃぞ」
――瞬間、みんなが驚いた。
「――背を伸ばしたい、その一心でずっと牛乳を飲んできた。でもそれだけでは足りないと思って、私はグラタンを作り始めたのじゃ」
「……あ、あの」
「なんじゃ?」
「これ……作り方を教えてもらえませんか? ご許可頂けるなら、本部にもレシピを送りたいです!!」
――さっきまでレウルーラ婦人を蔑んでいたヴェロニカちゃんが、珍しく本気で頭を下げた。
「……ふふ、なんじゃ、そんなことなら喜んで教えてやるわ」
「あ、ありがとうございます!!」
「……おお、仲直りできてよかったじゃん」
――この時俺は、予備の牛乳の調達に行ってくる決意をした。
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