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裏庭が裏ダンジョンでした

はじめての武器屋 3
「サズァンさまにこう、こう抱きづがれるっで奴ですか!? されちゃいましだよ! 感触が無いのが残念ですけんども!」

 興奮して鼻息荒くムツヤは言った。空元気で道化を演じている…… 訳ではないみたいだとモモは思う。

 元気なのは何よりだが、何かこう納得がいかない。

 純粋さはムツヤの長所でもあり短所でもあった。

「よーっし、それじゃ街まで頑張りましょう!!」

 剣と鎧をカバンにしまい込んで、茶色のTシャツとカーキ色のズボンを履いたムツヤは、それはそれはもうどこから見ても一般人だった。

「危ないムツヤ殿!」

「え?」

 歩きながら小石でも蹴飛ばすように巨大なヘビを足で弾くこと以外はだが。

 塔の中で読んだ魔導書の能力で、武器を持たず攻撃をする場合は体が鋼のように硬くなり、その運動エネルギーも数十倍にすることが出来る能力をムツヤは身に付けていた。

 この能力は攻撃をする意志を持ってパンチだのキックだのを出した時にしか発動しないので、素手で剣を叩き折ることは出来ても、攻撃をする時以外はモモを助けようとした時の様にあっさりと刃物が手を貫いてしまう。

 本人は感覚と経験で発動する条件を理解しているが、魔導書のおかげだという事は気付いていない。

 ある日突然出来るようになったと今も思っている。

 ちなみにその魔導書はとある高名な魔術師が10年の歳月を掛けて書き上げて、恩恵も最初に読んだ者のみが受けられるという貴重な一品だった。

 もしあの世があるならば、そこでムツヤは魔術師に泣いて詫びるまで殴られることだろう。

「ムツヤ殿…… そういった事も人目がある所では避けては頂けませぬか、スナヤマヘビを蹴り飛ばす人間なんて聞いたことが無い」

「そうなんでずか!?」

 この先が心配になりながらも、モモはベルトの留め金をカチャリと外して自分の短剣をムツヤに手渡す。

「これをお貸しします、良いですか? 自分の身に危険が及ばない範囲で素人の様にモンスターを倒して下さい」

「わ、わがりました……」

 次に飛び出してきたイノシシのお化けみたいなモンスター相手にムツヤは緊張した顔をする。

それだけならばまるで駆け出しの冒険者なのだが……

 次の瞬間、モンスターは右脇腹から鮮血を吹き出し、臓物を流して倒れる。

 ムツヤは「今のはいい感じでしょう」と言いたげにモモの方を振り向くが、モモは頭を抑えて下を向いていた。

 ムツヤもしょんぼりと下を向いた。

――
――――
――――――――

「あっ、あれ人じゃないですか人!?」

 オークの村は街道かられた獣道をずっと行った先にあり、人の往来は少なく、今日もすれ違う人間は居なかった。

「私にはハッキリ見えませぬが、街道に出ましたからね」

 しかし、大きな街道に出れば話は別だ。人の往来も巡回する兵士も居る。

 ムツヤがこの世界で初めて見かけた自分と同じ種族は男の狩人だ。

 それなりに五感の働くモモにもゴマ粒ぐらいの点にしか見えなかったが、当たり前のように千里眼が使えるムツヤは、集中して見つめると男の瞳の色までハッキリと認識できた。

 こちらに向かってくるのですれ違うだろう。

 ムツヤはドキドキとしながら挨拶をする練習を頭の中で繰り返す。

 こんにちは始めまして私はムツヤと言います。こんにちは始めまして私はムツヤと言います。

 緑色の帽子を被った男とすれ違う距離まで来た時、ムツヤは男に早足で近づいた。

 男は身構えて腰の剣に手を乗せる。掴みはしないが正体不明のオーク連れの人間を警戒していた。

「はっつ始めましてこんにじは!! お、私はムヅヤど言いまず、よろじぐお願いしまず!!」

 ツギハギだらけのボロボロの挨拶をムツヤは繰り出した。

 帽子の男は5秒ほどの時間を置いてゆっくりと、頭の中を整理して自分が挨拶をされた事に気付く。

「あ、あぁ、こんにちは……」

「も、申し訳無い、私はムツヤの従者でモモと申します。主は異国より参ったので文化の違いで驚かせてしまいました」

「あー、あーあーそういう事……」

 モモがすかさずフォローに入ったが三人の間には気まずい空気が流れ、モモを振り返ったムツヤは泣きそうだ。

「悪いけど、急ぎの用事があるんで。あっ、街はあっちの方ね、良い旅を」

 それだけ言い残してそそくさと帽子の男はどこかへ行ってしまった。

 ムツヤは怒られた子供のようにしょんぼりとしている。
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