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少年賢者アルム・サロクの事件簿 ~小さい天才は謎を相手に無双する~ 【魔法陣殺人事件】編

犯人の動機
 へたり込むダリアを、俺達は囲みながら見下ろしていた。すべてを諦めた彼女の笑顔に、何を言おうものか、皆考え込んでしまう。

 最初に口を開いたのは、アインハルトだった。

「……認めるんですね? ダリア夫人。貴方が、マーカス様を殺したことを」
「ええ。何もかも、アルムくんの言う通りよ。恐ろしいわね、私なんてあの計算に何カ月もかかったのに、あっさり解いちゃうんだもの」

 ダリアはおれを見ると、にこやかに笑う。その笑みには、何処か冷たい、悲しさのような感情も感じ取れた。

「本当に、賢くて良い子。……マーカスも、こうだったら良かったのに。思い出すわ、貴方くらいの年のころは、私に「魔術を教えてほしい」ってせがんできたっけ」
「夫人、貴方がマーカス様の家庭教師だったのですか?」
「ええ、そうよ。あの子には、我がランベルト流の【宝石魔術】をみっちり叩き込んでいたのだけどね」

 我がランベルト流。ダリアのこの単語から、わかることがある。

「……先代侯爵は、貴方の実父だったんだよね? ダリア夫人」
「そう。お父様には男の子が生まれなくて、領地経営も苦しかった。だから、外部の商家から見繕って、嫡子とするために婿入りしたのが、このギルバーツよ」

 ギルバーツが領主となってからは、領地の経営は劇的に良くなった。それは当然の話で、先代侯爵最大の浪費と言っても良い、宝石を買うのを、ぱったりと止めたからだ。

「そのころお父様は【増幅魔法陣】を発表し、特許を取った。……あれも、元々は宝石から【魔法陣】へ魔力を効率よく流し込む過程でたまたま見つけたものだったの。時の人となって、特許で経営も持ち直せたけど……結局、お父様の最も望む【宝石魔術】の研究は、あまり芳しい成果を遺せないまま、逝ってしまわれた」

 彼女はそこまで言うと、ふっと笑った。

「――――――そして、お父様が亡くなった後、マーカスが生まれることになるわ。……私以外の女の腹からね」
「なっ!?」

 学者たち一同は驚き、ぎょっとしてギルバーツを見やった。矛先が向いたギルバーツ自身も、突然のことに顔を背けるしかない。

「……では、マーカス様は、貴方の実子ではないのですか!?」
「ということは……ランベルトの血筋は、途絶えているではありませんか!」

 夫は婿養子、そして不義。つまりマーカスは、ランベルトの血は全く入っていないということになる。

 ダリアは笑みを浮かべながら、顔を上げた。

「――――――ねぇ? フジノ?」
「……っ!!!」

 ダリアが上げた視線の先にいたのは、使用人であるフジノである。彼女はうろたえた様子で、ちらちらとギルバーツの方を見やっていた。

「な、なんと……!?」
「使用人と、子供を作って……嫡子としたというのか? ギルバーツ侯爵!!」
「し、仕方なかったんだ! ダリアは、いつまでたっても子供が出来ないから、私はこの家のために仕方なく……!!」

 そんな言い訳をされても、こちらとしては浮気した男の苦しい言い訳にしか聞こえない。いや、貴族の習慣とかもあるんだけど、当事者たちにとってはたまった話じゃないだろう。

「あの時の二人は見ものだったわよ? 揃って土下座して、「内密にしてほしい、この子を嫡子としたい、口裏を合わせてほしい」ってね。……子供が出来なかった私にも責任があると思って、承知したけど」

 そして、ダリアはフジノが産んだマーカスを実の息子として、ランベルト家の嫡子として育ててきたのだ。

「……それを、何で殺してしまったのですか!? 26年間一緒に暮らしてきた、息子ではないですか! 血がつながって無くとも……」

「――――――先に否定してきたのは、向こうの方よ!」

 ダリアは叫び、そしてギロリと、フジノを睨みつけた。それは、今まで誰にも見せたことのない、凶悪な眼光だった。

「そもそもフジノ、貴方が余計なことをしたせいで……!!」
「な、何……?」

 ギルバーツも見やる中、フジノは目にウルウルと涙を浮かべて、とうとう、わっと泣き出してしまった。

「……も、申し訳ありませんっ!! 申し訳ありませんっ!!」
「……お前まさか、マーカスに喋ったのか!?」
「本当に申し訳ありませんっ!! 成人したマーカス坊ちゃん我が子を見て、気持ちを抑えることができなくて……!!」

(……ああ、そうか)

 これで俺は合点がいった。ずっと気になってた、マーカスの最後の言葉。

 ――――――親がいるからこその不幸。それは、このことだったのだ。自分が貴族の血を一滴も退いていないこと、愛人の子供であること。それに何より、それを隠されていたこと――――――。そういった感情が、あの言葉には籠っていたんだろう。

「……マーカス様が豹変されたのも、その頃ですな。私も、もしやとは思っていましたが……口止めされていたため、問うことができませんでした」
「セバスチャン……何ということだ……!!」
「……なるほど、その歪んだ感情の行き先が、この【隠し部屋】だったわけか」
「おそらくここでしか、マーカス様は本当の自分をさらけ出せなかったのでしょうな。誰も信用できない孤独から」

 そして己の出生の真相を知ったマーカスは、ダリアにとっては許しがたい暴挙に出た。

「――――――あの子は私への怒りから、この新館を建てたのよ。お父様の遺産を使い潰してね」
「先代侯爵の遺産? それって……」
「ええ、宝石よ! 父がずっと魔術研究のために集めていた宝石を、あの子は片っ端から売り飛ばして、屋敷の建設費に充ててしまったの!」

 当然、ダリアは激昂し、マーカスを問い詰めた。祖父の遺産をこんな無駄に使おうとするなど、何事だと。

 その時にマーカスから言われたのが、彼の出生についてである。知るはずのない秘密を話すマーカスに、ダリアは酷く動揺した。

そして。

「――――――アンタも爺さんも、俺とは血も繋がってない! 家族なんかじゃ、ないじゃないかっ!!」

 そう言い放たれ、止めることもできず、結局新館は建てられてしまった。

 皆が建築を祝う中、ダリアだけは一人、怒りと憎しみが込み上げていた。

 ――――――絶対に許さない。

 ――――――必ずや、必ずや思い知らせてやる……!!
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