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薔薇園にて

薔薇園にて
「貴女。あの人勇者のことが好きなのでしょう?」

 春の陽気に夏の声が潜んでいるような、暑いくらいの午後。城の薔薇園に咲乱れる薔薇の香りを楽しむ十代の女性魔法使いルヴォーシュは、声の主の方を振り向いて、溜め息をつく。

「この陽気で、頭がおかしくなったの?」

 ルヴォーシュは、城の主であり戦友でもある同世代の女性僧侶ドープリヒに向かって、声に露骨な棘を含ませて返す。この地方では珍しい黄色い薔薇を一輪持って。

「そんな強がりを言って。わたしたちの休養の為、あの人と別れてからというもの、元気がないのが丸わかりですよ」

 ドープリヒはルヴォーシュの向かい側の椅子に座る。薔薇園に置かれたテーブルの上には、紅茶とささやかな焼き菓子。

「そんなことない。彼とは単なる旅仲間。今更そんな話をしたがるなんて、どうかしているわ」
「あら。あくまでもそう言い張るのですね」

 フフフとドープリヒは笑い返し、季節に似合わぬ長い袖に気をつけながらティーカップを手にする。

「恋する気持ちなんてすぐにわかりますよ。その薔薇を誰に渡したいのかも」
「――言い方に棘があるわね」
「それはお互い様では?」

 ドープリヒは薔薇園に視線を流す。ルヴォーシュは黄色い薔薇に視線を落としている。

「……そんなに、わかるもの?」
「そうですね。少なくとも、わたしには」

 ドープリヒは長い髪の中に籠る熱を払おうと髪をかきあげる。ルヴォーシュはテーブルに黄色い薔薇を置いてドープリヒを見る。

「どうすればいいのかな」
「本当にどすればいいのか、わたしが聞きたいくらいです」

 どんな困難にも涼しい顔を崩さないドープリヒが眉を顰めた。ルヴォーシュはそんな彼女を見て少しだけ怯むも、話を続けようとする。

「――打ち明けてもいい?」
「話を振ったのはわたしの方なのですから、貴女の告白を受けとめなければなりませんね」

 ドープリヒのぎこちない微笑みに、ルヴォーシュも不器用な笑みで返す。空の上では春の鳥たちが、恋の歌を呑気に囀っている。

「あたしね。たぶん、勇者のことが好きなんだと思う。一緒に戦っているとき、戦っていること忘れてしまうくらいに彼を見ていることがあるの。移動しているときも、竜に乗っている彼の横顔を見ていると胸が苦しくなる。ほんの些細な彼との会話が特別に感じるし、食事のときもできるだけ近くにいたいと思っている自分がいるの」
「そのくせ、あの人への言動はぶっきらぼうですよね」
「それは、仕方がないじゃない」

 ルヴォーシュは不満げな表情でドープリヒの顔を見る。ドープリヒは苦笑しながらも、受け流さずにルヴォーシュの目を見て話を続ける。

「そうですね。仕方がない、ですよね」
「恋が成就する魔法があればいいのに、と思う」
「そんな魔法があったとしても、わたしが使わせませんよ」

 ドープリヒはルヴォーシュの前に置かれた薔薇を掴む。

「貴女は黄色い薔薇の花言葉、ご存じなのかしら?」
「……あたしがそんな風流な女に見える?」

 そうですね。ドープリヒは独り言を呟いてから、視線をまた薔薇園に投げる。

「――嫉妬。黄色い薔薇の花言葉は、嫉妬なのです。貴女、本当は知っているのでしょう? そうでなければ、花に興味のない貴女が、わざわざこれを持っているなんて、考えられません」

 ドープリヒはルヴォーシュの顔を見ない。ルヴォーシュも同じように顔を薔薇の咲乱れる園に向けている。

「だったら、どうするの?」
「どうしましょうか」

 しばらく沈黙が続く。向かい合って座っているのに、顔と心は平行線を辿っている。

「彼と――別れてはくれない、よね?」
「これはまた、ストレートですね」
「もう隠しても仕方がないじゃない」
「わたしもそうは思うのですけど、いざ言われてみると、困ってしまいます」

 ようやく二人は顔を見合わせると、二人とも同じ顔をしていた。複雑な感情を抱えたまま、恋をしていることを隠せない微笑。

「あの人。貴女の事が好きだと言ってました。だけど、貴女に対してどうしていいのかわからなくて、ずっと何も出来なかったそうです」
「勇者のクセに意気地がないわね」
「そこは、わたしも同意見です」

 二人は笑う。空を舞っている鳥よりも澄んだ声で。

「チャンスだと思ったのです。貴女には申し訳ないけれど、今しかないと思って、あの人を引き寄せました」
「随分と大胆なのね」
「自分でもびっくりしました。でも当時のわたしこそ、この薔薇を貴女に投げつけたかった。はしたない気持ちをこめて」

 ドープリヒは黄色い薔薇を持って椅子から立ち上がる。

「休養明けの来週、あの人に聞いてみてはどうでしょうか。貴女のことを――まだ好きなのかを」
「もしも。もしも、今でもあたしのことが好きだと言ったら?」
「……そうですね。その時は、わたしの方から貴女にこの薔薇を差し上げましょうか」

 ルヴォーシュも立ち上がる。二人で春の空を見上げ、途方に暮れながらも、向こうにいる人に想いを馳せる。

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