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勇気ある戦い

第三十八話 コレクターゴン、登場
「国民は憤っておる。血税を宇宙開発に使うなどけしからん、他にやることが山程ある、と」
「お蔭で僕らへの補助金も先細りです」
「十年前には世界初有人火星探査に日本人一名を加えると発表されたのに、飛行士養成の予算不足で辞退するとは……」

 痛みの目立つ研究室で僕と博士は向かい合っている。棚には工学系の専門書が隙間無く埋まっている。が、よく見ると最新の本は並んでいない。
 机は書類が積み上がって山となっている。その僅かな隙間にタブレットが一枚。画面には文書が映っている。
『飛行士代替提案:火星地表の岩石収集を補助する機器の製作および提供
上記についてのコンペを実施する』

「結局、我が国が出せるものはこれが精一杯ということか」
 肩を落とす博士に僕は声を上げた。
「博士! 日本の技術力を世界に見せつけてやりましょう。細かいものや有りものでの創意工夫は日本のお家芸のはず。僕らの手で、世界をあっと驚かせるマシンをつくって見せましょうよ!」
 僕は博士とがっちり握手した。

 メインは博士だがデザインは僕が任された。世界の度肝を抜く斬新なデザインは若者の発想が肝。そう推してくれた。むろん、僕は燃えた。
 真っ先に優先されるのは載積限界ペイロード。劣悪な火星環境は作業回数が制限される。一度にどれだけ多くのサンプルを集められるかが勝負だ。
 僕はサイコロ型の格納室を考案し、機器の中心に据えることとした。
 サンプルの探索機能も重要だ。光学映像の他に各種放射線。多彩な走査を行う部位は、やはり高い位置におくべきだ。僕はこの部位をサイコロの上部に据えた。大口径レンズを六個の各種カメラで囲む正六角形の対物センサー。天辺には指示通信を受ける集光型アンテナを付ける。むろん、回転式。
 取り込むためのアームも忘れてはいけない。参考モデルはシオマネキ。片方のハサミが大きな蟹だ。格納庫へ石を運ぶために腕部分を長くとる。ハサミ部分を大きくして挟力きょうりょくに余裕を持たせる。バランスをとって反対側にも小型のマニピュレータを付けておこう。小さめのサンプルはこちらでも収集できる。
 格納庫も再考した。大型ハサミで運び入れるのだからと開口部を大きくする。正六面体のまるまる一面。開閉は自動シャッターでいい。

 出来上がったデザイン案を博士に見せた。
「ダルマに長いハサミを持たせたみたいな形だな。まあ理屈には合ってる。だがこいつ、脚はついとらんのか?」
「足なんて飾りです。政府の人えらいひとにはわからんのです」
 僕の返しに博士は顔をしかめた。
「そういうわけにはいかんじゃろう。移動手段は必要じゃ。毎度作業員が手で運ぶわけにもいかん」
「キャタピラでもつけておきますか」
「平坦な場所とは限らん。そうじゃ、これを組み合わせるといい」
 博士が出してきたのは、介護用補助機器のチラシだった。二本脚のついた椅子。華奢に見えるが、人を載せるくらいだから荷重限界は高そうだ。
「でこぼこな地表を移動するなら二足歩行が一番じゃ。これと組み合わせてみるとよい。既製品利用なら工期も短縮できるし、なにより安い」
 脚のついたダルマか。悪くない。僕は博士のアドバイスを取り入れることにした。

 晴れて国内コンペを通過した僕らのマシンは、無事NASAに送られた。
 マシンの命名も僕がした。
 『収集する』と、我が国に古来から伝わる畏怖する動物の接尾語とを組み合わせた名前。
 コレクターゴン。

 僕と博士は壇上で大スクリーンを見つめていた。火星地表からの実況中継。我が国発の自律型サンプル収集ロボット『コレクターゴン』の初仕事を観覧するパブリック・ビューイングだ。
 四十秒かけて届いた現地の映像は、着陸船から僕らのコレクターゴンが現れるところだった。人サイズの脚付ダルマが短いタラップを降りてくる。階段を降りる姿が危なっかしい。
 地面に着いたコレクターゴンはふらふらと歩き出す。撮影している飛行士も一緒に動いてるようだ。角張った体を揺らつかせながらも、でこぼこな地表を着実に歩んでいる。
 やらせのように積み上がった小山の前でコレクターゴンは動きを止めた。頭上の受信アンテナだけが回っている。沈黙の数十秒。観衆も、博士も僕も、固唾を飲んでいる。
 と、おもむろに右手のハサミを持ち上げた。取りやすいところにある岩石に狙いをつけて、ハサミが伸びていく。映像の真ん中で、腹のシャッターが開き始めた。
 器用な手つきで岩石サンプルを挟み、持ち上げる。そのままゆっくりと動かして、ぽっかり開いた腹腔に落とした。
 おおーっ、という歓声が場内いっぱいに広がり。拍手が沸き起こった。
「ご覧ください! 我が国でつくられた自律型サンプル収集ロボット『コレクターゴン』が、たった今、見事に初仕事をこなしました!」
 司会者の声に歓声が被さってくるのを聴きながら、僕と博士は握手した。そう。僕らはやり遂げたのだ。
 だが僕の耳は、隣に座るアイドルのつぶやきを聞き逃さなかった。

「石拾いとか、人がやればいんじゃね?」

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