■第だい２９話わ　エルフちゃんとエリカの退院たいいん

　十月じゅうがつ中旬ちゅうじゅん。だいぶ涼すずしくなってきた。
　ついにエリカの退院たいいん日びになったのだ。
　病院びょういんでは原因げんいん不明ふめいとされたものの、症状しょうじょうは回復かいふくしてきていた。リハビリで歩行ほこう訓練くんれんなども頑張がんばったエリカはついに退院たいいん可かのハンコを勝かち取とってきた。

「おめでとう、エリカ」
「うん、ありがとうお兄にいちゃん」
「おめでとうございますぅ、エリカちゃん。ララもうれしいですぅ」
「私わたしもララお姉ねえちゃんにそう言いってもらえるとうれしいですっ」

　お互たがいにおめでとうを言いう。
　もうベッドから完全かんぜんに起おき上あがっていて、パジャマではなく外出がいしゅつ用ようの普段着ふだんぎを着きている。
　この普段着ふだんぎもエリカは中学生ちゅうがくせいで体からだも最近さいきん大おおきくなってきたのでララちゃんと買かいに行いってきたものだ。

　いろいろ準備じゅんびを一通ひととおり終おわり、ついにその日ひを迎むかえたのだ。
　感激かんげきもひとしおだった。

「「「エリカちゃんおめでとう」」」

　三年さんねん以上いじょう病院びょういんでお世話せわになったナースのお姉ねえさんたちとも今日きょうでお別わかれだ。

「ありがとうございます」

　エリカが深々ふかぶかと頭あたまを下さげる。
　本当ほんとうにお世話せわになったのだろう。感謝かんしゃが姿勢しせいからにじみ出でている。
　エリカは基本的きほんてきに義理堅ぎりがたいというか真面目まじめだ。
　そういうところはハルカに似にている。

　バスだと急変きゅうへんしたりしたら困こまるので、こういう日ひはけちけちせずタクシーを呼よんであった。

「退院たいいんですか？」
「そうです」
「おめでとうございます」

　俺おれたちの荷物にもつが多おおいからか退院たいいんだと見抜みぬいた運転手うんてんしゅの洞察力どうさつりょくは相当そうとうのものだ。
　そろそろ初老しょろうかというおじいさんだけに苦労くろうもしてきたと見みえる。

「うちの孫娘まごむすめもずっと入院にゅういんしていてね」
「そうなのですか」
「原因げんいんも分わからなくて……倦怠感けんたいかんなどがひどく長時間ちょうじかん歩あるけないような症状しょうじょうでね、別段べつだんどこも悪わるくないというんだ」
「へぇ」

　あれエリカに症状しょうじょうが似にている。
　もしや、とは思おもったがさすがにすぐには言いい出だせない。

「あのっ、それ、私わたしの症状しょうじょうとそっくりで。実じつはよくなる方法ほうほうがあるんですけど」
「そうなのかい？」

　運転手うんてんしゅさんも疲つかれたような表情ひょうじょうだったが目めを一瞬いっしゅん開あけて驚おどろいた。

「国家こっか機密きみつなんですけど」
「国家こっか機密きみつ……」
「黙だまっていてくれるというのなら」
「ええ、そりゃあ黙だまってますよ。かわいいかわいい孫娘まごむすめが元気げんきになるなら、それくらい」
「こちらのお姉ねえさん、実じつはエルフで」
「はい、エルフって何なんだろうねぇ」
「ファンタジーとか知しりません？」
「そういうのさっぱりで」

　そうか、エルフって知しられていると思おもったけど、そもそも興味きょうみない人ひとはそれ以前いぜんに知しらないんだな。
　俺おれは一ひとつ考かんがえを改あらためる。

「ああ耳みみが長ながいのね、妖精ようせいさんだ」
「そうですそうです」

　おっと知識ちしきの一部いちぶと一致いっちしたらしい。妖精ようせいならあながち間違まちがいではない。

「それで嘘うそみたいな話はなしなんですけど魔法まほうが使つかえるんです」
「魔法まほう。そりゃ見みてみたいねぇ」
「これでどうでしょうですぅ」

　ララちゃんは指先ゆびさきに火ひをともす。

「ちょっとお客きゃくさん、タクシーの中なかは火気かき厳禁げんきんで。でもすごいねそれ」
「でしょう」

　こうして話はなしはとんとん拍子びょうしで進すすみ、後日ごじつお孫まごさんの容態ようだいを見みに行いくことが決きまった。
　電話でんわ番号ばんごうなどを交換こうかんしてタクシー料金りょうきんは要いらないというので、無料むりょうで乗のせてもらってしまった。

「では、またお電話でんわで」
「はいっ」
「退院たいいんおめでとう」
「ありがとうございます」

　さて俺おれたちは自分じぶんたちのことをしよう。

「……ただいま」
「おかえり！！」
「おかえりなさい」

　妹いもうとが震ふるえながら家いえの玄関げんかんを潜くぐる。
　そうして俺おれたちが待まつ上あがり框かまちへと一歩いっぽ、進すすんでくる。
　俺おれに飛とび込こんでギュッと抱だき着ついてくる。

「お兄にいちゃん、お兄にいちゃん、お兄にいちゃん……」
「どうした？」
「私わたし、家いえに帰かえってこれた。もうずっと病院びょういん生活せいかつだと諦あきらめてたのに」
「ああ」
「全部ぜんぶララお姉ねえちゃんのおかげで」
「そうだな」
「お兄にいちゃんにもハルカちゃんにも迷惑めいわくばかりかけて」
「それはいいんだ。兄妹きょうだいだろ」
「うわあああああああああああああああん」

　大粒おおつぶの涙なみだが両目りょうめからこれでもかとぽろぽろ零こぼれ落おちてくる。

「ひぐ、ひぐひぐ、わあああああん、ひぐっ」

　全然ぜんぜん泣なき止やまない。
　そりゃあずっと病院びょういんで我慢がまんしてきた。
　泣なかないように。いくら寂さびしくても俺おれたちを引ひき留とめないで、一人ひとりきりのベッドの上うえで戦たたかってきたのだ。辛つらかっただろう。

「ああ、泣ないていいんだ。ここは家いえだからな。もう我慢がまんしなくていい」
「ひぐっ、ひぐっひぐっ、お兄にいちゃん……ありがとう」

　妹いもうとが泣なきやむまでにはだいぶかかった。
　顔かおをぐりぐりしてくるので俺おれの胸むねは涙なみだでべとべどだ。
　かわいい妹いもうとが退院祝たいいんいわいで泣ないてしまうくらいなら、これくらい安やすいものだ。
　俺おれは妹いもうとの頭あたまを撫なで続つづけた。

　ララちゃんも後うしろでめそめそしている。
　魔力まりょく障害しょうがいで死しんでしまうというのはララちゃんの言げんだけに、その重おもみを知しっているのも彼女かのじょだけだ。
　俺おれたちはちょっと調子ちょうしが悪わるいのが重おもいだけだと思おもい込こんでいた。
　そのうち治なおる。大人おとなになればきっと、と思おもっていた。
　楽観視らっかんししないと不安ふあんな将来しょうらいのことなんて考かんがえられなかったから。

　でもそれは不治ふじの病やまいで、十八歳じゅうはっさいくらいまでに魔力まりょくの流ながれを正常せいじょうにコントロールできるようにならないと死しんでしまうらしいのだ。
　日本にほんでも突然死とつぜんしとか不明ふめい死しというのはある。ただそういうのは原因げんいんが分わからないので、重要視じゅうようしされてこなかったのだ。
　ララちゃんがいなかったら……。

「退院たいいんおめでとう」
「ありがとう、お兄にいちゃんっ、ちゅっ」

　妹いもうとからも感謝かんしゃのキスをほっぺに貰もらってしまった。
　真まっ赤かになって妹いもうとが二階にかいに走はしっていく。
　俺おれは驚おどろいた。あの体力たいりょくがなかった妹いもうとが走はしって階段かいだんを上のぼっていく姿すがたが見みられるとは思おもわなかった。
　こうして毎週まいしゅうの病院びょういんへのお見舞みまい通がよいは終おわりを告つげた。両親りょうしんの念願ねんがんがかなった瞬間しゅんかんでもあった。
　通院つういんはこれからもすることになっているが、二週間にしゅうかんに一回いっかいでいいそうだ。