●２０. デコア王国おうこく王都おうとへ

　朝あさ。宿やどの少すこし固かたい白しろパンをまた食たべる。そして乗合のりあい馬車ばしゃの集合しゅうごう場所ばしょの商人しょうにんギルド前まえに行いく。

　俺おれたちの他ほかに客きゃくはおじさんが一人ひとりいるだけだった。

「よろしくお願ねがいします」
「若わかいの。よろしく頼たのむ」
「人数にんずうが少すくないけど大丈夫だいじょうぶでしょうか」
「なに、王都おうとへ行いく途中とちゅうで拾ひろっていくから問題もんだいないのさ」

　俺おれたちは馬車ばしゃで出発しゅっぱつした。穀倉こくそう地帯ちたいを駆かけ足あしの馬車ばしゃで進すすむ。

「若わかいの。あんた良よくそこの悪魔あくまを奴隷どれいにしたのう」
「悪魔あくまですか？」
「そうじゃ。怖こわい怖こわい。すごい甲斐性かいしょうなのか。命知いのちしらずのあほうなのか」

　おじさんは『セルフィールの白しろい悪魔あくま』について語かたってくれた。
　デコア王国おうこくはたびたび、獣人じゅうじん族ぞくから土地とちを奪うばい返かえそうと戦争せんそうを仕掛しかけてきた。
　しかしセルフィール王家おうけの白しろいウサギの悪魔あくまの前まえにことごとく惨敗ざんぱいし、兵へいを引ひくしかなかった。
　六十ろくじゅう年ねん前まえの前回ぜんかいの戦争せんそうでも川かわを渡わたろうとした船ふねのうち十数じゅうすう隻せきを、一人ひとりの白しろいウサギの魔術まじゅつ師しによって一瞬いっしゅんで燃もやされ、多おおくの犠牲ぎせいを出だした。
　獣人じゅうじん族ぞくのウサギの王家おうけは悪魔あくまに魂たましいを売うり自みずからも悪魔あくまになった魔女まじょの末裔まつえいだと噂うわさされている。

「私わたしは悪魔あくまじゃないウサ。こんなに可愛かわいいウサ」
「確たしかに顔かおは可愛かわいいのう。娘むすめにしたいくらいじゃ。しかしその体からだには人ひと族ぞくを焼やき殺ころした残虐ざんぎゃくな魔術まじゅつ師しの血ちが流ながれておるのじゃ」
「なるほど」
「この国くにの者ものなら知しらない人ひとはいない。皆みな笑顔えがおでもその裏うらでは怖こわがっているだろうさ」
「なんか納得なっとくできないウサ」

　俺おれたちは適当てきとうな話はなしをしたり、いっせのーせとか指ゆびスマと呼よばれる、出だす指ゆびの数かずで勝かち負まけが決きまるゲームなどをして過すごす。

　次つぎの村々むらむらを経由けいゆして四日よっかで次つぎの町まちまで来きた。
　新あらたに馬車ばしゃに乗のろうとした若わかい夫婦ふうふがいたが、アリスを見みてやっぱりやめると言いい出だした。
　俺おれが奴隷どれいなので命令めいれいできるから安心あんしんだと説明せつめいしてやると、渋しぶい顔かおをしたが結局けっきょくその夫婦ふうふは一緒いっしょに乗のっていくことにした。
　最初さいしょは怖こわがってほとんど黙だまって離はなれて座すわっていた夫婦ふうふも、俺おれたちがジャーキーをかじったり、皆みなで遊あそんだり喋しゃべって笑わらったりしているのを見みている内うちに、恐怖心きょうふしんはなくなっていったようだった。

「おとぎ話ばなし通どおりの格好かっこうをした魔術まじゅつ師しがいれば、話はなしは本当ほんとうだったと信しんじるほかありません」
「まあそうですね」
「でも無邪気むじゃきに笑わらう所ところを見みれば、血ちの通かよった私わたしたち人間にんげんとさほど変かわらないと、思おもうようになりました」
「分わかってもらえて俺おれとしても嬉うれしいよ」

　夫婦ふうふの女性じょせいが気きを緩ゆるめて言いった。
　麦むぎやジャガイモの畑はたけを延々えんえん眺ながめながら進すすむ。

　さらに二日ふつか、王都おうとアルバーン方面ほうめんへ進すすんだ所ところまで来きた。
　馬うまがいななき、馬車ばしゃが急きゅうに止とまった。俺おれたちは心配しんぱいになって御者台ぎょしゃだいの隙間すきまから前まえを確認かくにんする。
　そこには騎兵隊きへいたいが道みちをふさぎ、その後うしろに別べつの幌ほろ馬ば車くるまが止とまっている。
　どうやら盗賊とうぞくではないようだ。
　全員ぜんいん降おりて様子ようすを見みる。御者ぎょしゃが騎兵隊きへいたいの人ひとの所ところへ行いって声こえをかける。

「どうしたんですかい？」
「白しろいウサギと獣人じゅうじん、黒髪くろかみの人ひと族ぞくはいるか？」

　俺おれたちの事ことだ。見みればすぐ分わかるはずだ。自分じぶんで名乗なのり出でる。

「うむ。お前まえたちを拘束こうそくする。王命おうめいだ。従したがわないならどうなるか分わからんと思おもえ」

　俺おれたちは相談そうだんする。今いまの力ちからならここは突破とっぱ可能かのうだ。しかし今いまいる位置いちが悪わるい。国くにの中なかほどで、ここで倒たおしても追おっ手てを振ふりきれない。鳥とり人ひと族ぞくなどの伝令でんれいが先回さきまわりすれば、挟はさみ撃うちに遭あう。なにより川がわを渡わたれない。

「従したがいます。手荒てあらな真似まねはしないでください。うちの魔法使まほうつかいは荒あらっぽいんです」

　俺おれが若干じゃっかん嘘うそを交まじえつつ脅おどしにならない程度ていどにプレッシャーをかける。
　四人よにんとも手てに魔法まほう手錠てじょうを着つけられてしまった。これは手てを拘束こうそくするだけでなく魔法まほうの発動はつどうを阻害そがいするらしい。
　幌馬車ほろばしゃの荷台にだいの中なかの檻おりに入いれられて幕まくを下おろされた。

　そのまま連行れんこうされる。途中とちゅう、トイレ以外いがいは檻おりの中なかだった。夜よるも馬車ばしゃの中なかだ。幸さいわいなことに寒さむくないのがありがたい。
　そのまま三日みっか間かん過すごして、王都おうとアルバーンに到着とうちゃくした。連行れんこう先さきはよく分わからないが王城おうじょうの地下牢ちかろうのようだ。牢ろうのご飯はんはオートミールのようなものだった。

　翌日よくじつ。牢番ろうばんが来きて牢ろうから出だされ手錠てじょうを外はずされた。

「王様おうさまがお会あいになる。くれぐれも粗相そそうのないように」

　牢番ろうばんに代かわりメイドに案内あんないされて俺おれたちは城しろの中なかを進すすんだ。

　アリスのお城しろより大おおきい謁見えっけん室しつに通とおされた。左右さゆうには剣けんや槍やりを持もった近衛兵このえへいが並ならんでいる。
　中央ちゅうおうの道みちの先さきに椅子いすから立たち上あがっている王様おうさまがいた。
　一八〇ひゃくはちじゅっセンチぐらいで中肉ちゅうにく。緑みどりベースで金刺きんしを施ほどこした派手はでな服ふくを着きている。赤あかで軽かるくウェーブのかかった少すこし長ながめの髪かみだ。顔かおは四角しかくい感かんじの顔かおだ。俺おれ的てきにはフツメンだ。腰こしにはサーベルを下さげている。

「いやあ、すまんすまん。手て違ちがいがあって、迎むかえに行いかせたのだが捕つかまえてしまった」
「誤解ごかいが解とけたのなら結構けっこうです」
「それにしてもアリス王女おうじょ様さまだそうだが。高貴こうきな魔女まじょが愉快ゆかいな格好かっこうをしておるな」
「貴国きこくの制度せいどのおかげで忠誠ちゅうせいを誓ちかえたウサ。お目めにかかれて光栄こうえいウサ」

　アリスがスカートの袖そでを広ひろげて頭あたまを再ふたたび下さげる。

「それとお父様とうさまから親書しんしょを預あずかってきているウサ」
「どれ、直接ちょくせつ持もってくるように」

　アリスが前まえに出でて王様おうさまに親書しんしょを直接ちょくせつ渡わたして列れつに戻もどってくる。王様おうさまは内容ないようをその場ばで読よんだ。

「なかなか興味深きょうみぶかい親書しんしょだったぞ。ホクトは異世界いせかいから来きたとか。あとこれに便乗びんじょうして正式せいしきな国交こっこうを樹立じゅりつして、奴隷どれい以外いがいの獣人じゅうじんも入国にゅうこくを認みとめてほしいと書かいてあったぞ」
「親書しんしょの内容ないようについては私わたしは知しらされてないウサ。好すきにすると良よいウサ」

　王様おうさまから情報じょうほう提供ていきょうを受うける。異世界いせかい召喚しょうかんについて伝説でんせつでは人ひと族ぞくではなく神かみによる召喚しょうかんが神話しんわの時代じだいにあった。召喚しょうかんは勇者ゆうしゃを呼よび出だすものである。勇者ゆうしゃは魔王まおう討伐とうばつの鍵かぎになる。などと王様おうさまは語かたった。勇者ゆうしゃについてはさらに東ひがし隣どなりの帝国ていこくが詳くわしいはずだという。どれも王家おうけの秘伝ひでんだそうだ。

「忠誠ちゅうせい奴隷どれいにしたのは正解せいかいであったな。もし一般いっぱん奴隷どれいであったのなら、わしはホクトをここで殺ころし、アリスたち獣人じゅうじんを己おのれの奴隷どれいにしたであろう」
「怖こわいことをおっしゃいます」
「なに彼女かのじょらの忠誠ちゅうせいを引ひき出だせるだけの力ちからがおぬしにあったということだ」
「はい」
「わしもあと十じゅう年ねん若わかければ、可愛かわいい子こを侍はべらせてハーレムにしたのだがな。ここだけの話はなし、王妃おうひが怖こわいのでできんのだ」

　最後さいごには情なさけないことを言いい出だした。ただのおやじである。
　俺おれたちはこの日ひは王城おうじょうにお世話せわになることになった。夕ゆうご飯はんは王城おうじょうで頂いただき泊とまる。それまで自由じゆう時間じかんだ。

　メイドに街まちの情報じょうほうを教おしえてもらい、街まちを見みて回まわる。
　王城おうじょうからほど近ちかい公園こうえんのような場所ばしょの所ところに露店街ろてんがいがあった。道みちの左右さゆうにフリーマーケットのようにゴザを敷しいて商品しょうひんを並ならべている。
　服ふく、野菜やさい、装備そうび品ひん、アクセサリーなどが多おおい。

「一袋ひとふくろいかがですか、ミルク飴あめです。甘あまくて美味おいしいですよ」

　十五じゅうご歳さいぐらいの緑髪みどりがみの少女しょうじょが売うり子こをしていた。後うしろには売うれていないミルク飴あめの袋ふくろがたくさん残のこっている。

「試食ししょくできる？」
「はい、おひとつどうぞ」

　俺おれは一ひとつ貰もらって食たべた。見みた目めは一いっセンチほどの丸まるくて乳白色にゅうはくしょくの飴あめだ。日本にほんで食たべたものとほぼ変かわらない。ミルクの濃厚のうこうさとほどよい甘あまさが美味おいしい。

「一袋ひとふくろください」
「ありがとうございます」

　おれは硬貨こうかを一枚いちまい渡わたして五〇ごじゅうポルンを支払しはらう。さっそく女子じょし三人さんにんに一ひとつずつ配くばる。

「かんだらダメだぞ。口くちの中なかで転ころがすんだ」

「美味おいしいです」
「うまいにゃ」
「甘あまいウサ」

　三人さんにんとも美味おいしそうに飴あめをなめる。

「ホクト、旅たびの間あいだいつでも食たべたいにゃ。あと二ふた袋ふくろは買かうべきにゃ」
「そうか？　そんなに高たかくないしじゃあ買かおうか」

　俺おれは追加ついかで二ふた袋ふくろを購入こうにゅうした。ピーテが三み袋ふくろまとめて持もってくれる。
　女子じょし三人さんにんは二ふたつ目めの飴あめを美味おいしそうになめている。
　周まわりの人ひとたちも試食ししょくを貰もらいはじめ、次々つぎつぎに購入こうにゅうしていく。
　いつしか人ひとだかりができて、人ひとが人ひとを呼よび、次々つぎつぎに飴あめが売うれていく。
　そう、俺おれたちはこんな場所ばしょでも目立めだつのだ。

「なんか、人ひとだかりになってしまいましたね」
「今いまのうちに向むこうに行いこうか」

　俺おれたちはそっと飴屋あめやさんを後あとにした。