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[総ルビ]海老郎の短編集

5.七月七日七夕の短冊に願いを込めて (2700文字)
●タイトル
七月しちがつ七日なのか七夕たなばた短冊たんざくねがいをめて

●あらすじ
文芸ぶんげい二人ふたりだけのだった。いままでただの部員ぶいん同士どうしとしてきよ関係かんけいつづけていた。
七夕たなばた短冊たんざくかざり、そのねがごとて、二人ふたりはそっとはじめてのキスをする。

●本編
 今日きょう七月しちがつ七日なのか七夕たなばただ。
 ぼくたちの地元じもとでも、商店街しょうてんがい七夕たなばたささかざりがされて、おまつりのようなかんじになる。

 この高校こうこうには敷地内しきちないたけだかささえていて、毎年まいとし七月しちがつになると剪定せんていというのか間伐かんばつねて、ささ各部活かくぶかつくばられる。
 もちろんわが文芸部ぶんげいぶもらいにいったので、こうして部室ぶしつすみ設置せっちされて、いまねがごと短冊たんざくをつける準備じゅんびいそがしいのだ。

「ねえねえ、はるちっちはなにねがいするの?」
「え、ぼくですか。ぼくはですね、まだ秘密ひみつです」

 ぼくこと「はるちっち」、すなわち河山かわやま春秋はるあきだ。

「ちぇ。いいじゃん、いけずぅ」
「ララちゃんこそ、どうなんですか」
わたしはね、いまくから、せたげる」

 文芸部ぶんげいぶぼくと、水島みずしまララちゃんの二人ふたりだけなのだ。というか実際じっさいのところは同好会どうこうかいなのだろう。
 人口じんこう減少げんしょうで、この学校がっこうクラスclassすうって、部活ぶかつ最小さいしょう限度げんど人数にんずうしかいない。それでもとして一応いちおうだがみとめられている。
 彼女かのじょとは中学ちゅうがくからかぞえて三年さんねんさんげつくさえんで、いまもとてもきよ関係かんけいつづけている。ただの部員ぶいん関係かんけいともいう。

「じゃじゃん」

 黄色きいろ短冊たんざくには『いつまでも文芸部ぶんげいぶつづきますように』とかれていた。

「えへへ、いいでしょ」

 彼女かのじょはそうはにかんで、ほおすこあかくして、それをいた。

「そうだね。いまいちねんぼくたちだけしかいないもんね」
「うん。でもそういう意味いみじゃないんだ。わっかんないかなー、はるちっち、ニブチンだからなぁ」
「え、どういう意味いみだろう」
「え? 本当ほんとうに、本当ほんとうかんないの?」
「ええ、うん。来年らいねんでなくてもいいけど新入生しんにゅうせいはいって、つづくようにって意味いみじゃないの?」
本当ほんとう文芸部ぶんげいぶいん?」

 そういうとララちゃんは可愛かわいくびをかしげる。

ぼくだって文芸部ぶんげいぶいんです」
「ですよね。なら自分じぶんかんがえてよ、わたし気持きもち。本当ほんとうの、こたえ」
本当ほんとうこたえ」
「そうだよ。えへへ」

 可愛かわいわらうララちゃんは本当ほんとうに、可愛かわいい。え、ぶん前後ぜんご一緒いっしょでおかしいって? いやだって可愛かわい以上いじょうでも以下いかでもない。ほかなんといえばいいのか、語彙ごいりょくがこい、こい、っておもっても、こないわ。

ぼく文芸部ぶんげいぶなのに、まともな感情かんじょう表現ひょうげんもできないや」
「なにそれ」
「あ、くちてた? いや、なんでもない」

 まさかきみ可愛かわい以上いじょうなんといえばいいかからないとか、本人ほんにん説明せつめいなんてできないよ。

「ふーん」

 ララちゃんはすこくびしたのほうからぼくかお見上みあげるみたいなかんじにして、せまってくる。

「ちょ、ちょっと」
「んんー」
かお
かおがどうしたの」
「ち、ちかい」
「わざとちかくでてるのよ」
「う」

 そういわれてしまうと、こまる。ぼくはそっとかおをそらす。

「ねえ、こっちいて」

 なぜかちょっと真剣しんけんそうな言葉ことばかおそむけていたものをもともどすと、ララちゃんのかおがすぐまえにあった。

「……」
「……」

 二人ふたりとも無言むごんだ。そして彼女かのじょはそっとをつぶって、あごをほんのすこしこちらへげる。
 こ、これは、もしや。

 どうてもキスkissかおだった。

 ぼく動転どうてんして、もうなになんだかからなくて、でもをつぶって、くちびるうように、そっとかおをむりやりうごかして。

 彼女かのじょと、そっとキスkissをした。

 くちびるどうしがうだけのやさしいキスkiss

「……」
「……」


「ぷはぁ」
「はあはあはあ」

 かるいっぷんくらいそのままだった二人ふたりは、どちらかともなくはなれて、いきをした。
 ベテランveteranならはなからいきったり、くちいきをしつつ、バードbirdキスkissみたいなかんじなのだろうけど、そんなことかんがえている余裕よゆうはなかった。

「……」
「……、ぽ」

 彼女かのじょはほっぺたに両手りょうててて「ぽ」とくちした。

「ぷ、なにそれ」

「いやだってはるちっちとキスkissなんて、ずかし」
「おまえから、してきだんだろ」
「いーや。はるちっちからだった。わたしは『ち』だったもん」
「うう」

 たしかに最後さいごかおうごかしてくっつけたのはぼくだ。けをみとめるしかない。

「どう?」
「どうとは?」
短冊たんざく意味いみかった?」
「わっかんねーな」
「この、にぶちんちん!」

 いや実際じっさいにはかっていた。後輩こうはいはいってつづいてほしいって意味いみではないことぐらい。
 ぼくと、ずっと、一緒いっしょにいたいとおもってくれているってことだってことぐらい。
 ぼくだって文芸部ぶんげいぶいんだ。それぐらいの「作者さくしゃ気持きもちをこたえなさい」くらいかる。
 それも、ずっと一緒いっしょにいるララちゃんのことなんて、からないわけがない。

 でも、そういうのはずかしいわけで、ごまかしたいにまってる。

「それで、はるちっちはなんてくの」
「あーそうだったね」

 ぼくうわそらで、かんがえた。
 ねがごとはまだかなっていないことをくものだ。「大好だいすきなひと彼女かのじょになりますように」みたいなことをいてみて、さぶってみようとおもっていた。でも、その必要ひつようはもうなさそうだ。

 ぼくは、目標もくひょうひとつをいま達成たっせいしたようなものだ。

 油性ゆせいペンpenって、水色みずいろ短冊たんざくねがごといた。

世界せかい平和へいわでありますように ――春秋はるあき

「なにこれ、ひっどーい」
「いいじゃんか」
ぼくねがいは、もう半分はんぶんかなったみたいなものだし」
「そうなの? え、本当ほんとうなんねがいだったの?」
秘密ひみつ
「えーずるくない? ずるいよね、ずるい、めっちゃずるい」

 彼女かのじょはまた興奮こうふんしてかおをぐいぐいちかづけてくる。

かった、かったから、はなれて」
「うん」

 彼女かのじょひとみおおきくひらいて、ぼく凝視ぎょうししてくる。口元くちもと笑顔えがおだ。

「あの、彼女かのじょができますようにって」
「あーあああああ、そーなんだ。ふーん。で彼女かのじょどこ? どこにできたの?」
「いや、まだいないけど」
「そうなんだ、じゃあ、あの、ね、えへへへへ。ひひひ。わたし彼女かのじょになってあげるっ」
「お、おう、よろしくおねがいします」
「え、あれ? あれれ。そこは『なんだおまえか』とか否定ひていするところじゃん? なにわたし彼女かのじょになってほしいの?」
彼女かのじょになってください」
本当ほんとうに、こんなわたしだけど、彼女かのじょにして、その、彼女かのじょにしてくれるの?」
「うん。おねがいします」
「はいっ、こちらこそよろしくおねがいします」

 ララちゃんが、うれしそうに、あたまげてれいをして、そしてガバっていてくる。
 いきなりこんなにスキンskinシップshipなんて普段ふだんしてこないので、動転どうてんして、なになんだか、え、なに、結局けっきょくどうなってんの。

 彼女かのじょ子猫こねこみたいに、ぼくにくっついてスリスリしてくる。なんかいいにおいがする。
 まるでツンデレみたいだ。
 いままでは、彼女かのじょではなかったから遠慮えんりょしていたのだろう。そのギャップgapがすごいかもしれない。

「えへへへへ」
「ああ、もういいかな? かな?」
「あ、あああああああ、ごめん、はなれるね」

 彼女かのじょのほうも動転どうてんしていたらしい、さけんだあとはちいさいこえあやまってきた。
 そしてずかしそうに、もじもじとしている。
 なんだこれちょう可愛かわいい。

 ぼくはそれをながめて、なんだかしあわせをかみしめる。

「ねえねえ、はるちっち、夏休なつやすまえまでに文芸部ぶんげいぶ作品さくひんつくらないといけないってってた?」
「げ、なんだそれ、らない」

 こうして二人ふたり現実げんじつもどされ、ああでもない、こうでもないと、小説しょうせつ執筆しっぴつはじめるのだった。

(了)
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