イングリットには三分さんぶん以内いないにやらなければならないことがあった。
　それは次つぎの任務にんむのためのミーティングの準備じゅんびであった。

「コントロールパネル、正常せいじょう起動きどう……デミスタジアム、システム異常いじょうなし……スクリーン、準備じゅんび完了かんりょう」

　彼女かのじょが操作そうさしているのは、仮想かそう空間くうかんを生成せいせいする訓練くんれん装置そうち『デミスタジアム』である。このトリスト共和国きょうわこくにおいて、インフラに革命かくめいをもたらした発明はつめいとも呼よべるものであった。

　今いまイングリットは、このデミスタジアムの応用おうよう方法ほうほうの一ひとつ、スクリーンへの映写えいしゃによってミーティングを円滑えんかつに進すすめようとしていた。

　準備じゅんびはもうすぐ完了かんりょうする。停電ていでんでも起おきない限かぎりは、問題もんだいなくミーティングを開始かいしできることだろう。



「……それでは、団員だんいんの皆様みなさま。次つぎの任務にんむ『ホワイトエンペラー要塞ようさい攻略こうりゃく戦せん』にそなえたミーティングを始はじめます」

　彼女かのじょ、イングリット・アンテスは冒険者ぼうけんしゃキャラバン『星ほし空そらの旅たび団だんレグルス』の参謀さんぼうである。

　彼女かのじょ自身じしんは戦闘せんとう員いんではないものの、錬金術れんきんじゅつを用もちいた補給ほきゅう部隊ぶたいを指揮しきしており、参謀さんぼうでありながら戦闘せんとうと直接ちょくせつ関係かんけいのない雑用ざつようをほぼ一人ひとりでやっている働はたらき者ものである。

　団員だんいん達たちからも、参謀さんぼうでありながら横柄おうへいな態度たいどがなく、謙虚けんきょで礼儀正れいぎただしく、苦手にがてなことが多おおくてもそれらへ一生懸命いっしょうけんめい打うち込こむ姿勢しせいを高たかく信頼しんらいされている。

「ホワイトエンペラー要塞ようさいは、皆様みなさま知しっての通とおり、かつてのグレートトリスト島とう北部ほくぶにおける共和国きょうわこく陸軍りくぐんの主要しゅよう駐屯ちゅうとん地ちの一ひとつでした。ですが現在げんざいは、アビス帝国ていこくのリトルトリスト島とう占領せんりょうに便乗びんじょうした地上ちじょう魔物まものの武装ぶそう蜂起ほうきによって陥落かんらくし、現在げんざいは地上ちじょう魔物まものの軍勢ぐんぜいの最さい前線ぜんせん基地きちとなっています」

　イングリットが説明せつめいしたことのあらましはいずれも、現在げんざい18歳さいの成人せいじんしたてである彼女かのじょが生うまれるより先さきに起おきたことであった。

　そう、ここまでの説明せつめいはまだこのトリスト共和国きょうわこくの現代げんだい史しにおいて、常識じょうしき中ちゅうの常識じょうしきというべき情報じょうほうである。
　北部ほくぶを魔物まもの達たちに占領せんりょうされてから20年ねん以上いじょうたった今いまでも、奪還だっかんの兆きざしはいつまでも見みえていない。

「当とう要塞ようさいを攻撃こうげきするには、近隣きんりんにある砦とりでの征圧せいあつ及および近郊きんこうの魔物まものの殲滅せんめつが不可欠ふかけつです。私わたし達たちはギルドの命令めいれいより、第だい1砦とりでを攻撃こうげきするよう通達つうたつを受うけています」

　順調じゅんちょうにミーティングを進すすめていくイングリット。彼女かのじょのミーティングが好すかれる理由りゆうは、このひたすら謙虚けんきょな姿勢しせいにあった。

「……ふうん、だったら攻撃こうげき部隊ぶたいの主力しゅりょくは当然とうぜん俺おれと、Ａチームだな」

　そこに団長だんちょう、クラウディオ・スカラーの発言はつげんが飛とび出だした。

「……団長だんちょう、作戦さくせんがあるのですか？」
「簡単かんたんさ。俺おれとカズジイが周囲しゅういの魔物まものを掃討そうとう、Ａチームが砦とりでの征圧せいあつを担当たんとうすればいい」

　作戦さくせんと呼よぶには、単純たんじゅん明瞭めいりょうすぎる発言はつげんに、イングリットは戸惑とまどった。だがこの団長だんちょうがこのような発言はつげんをするのは、今いまに始はじまったことではなかった。

「ブライアン、例れいのゴーレムの準備じゅんびはできているんだろ？」

　団長だんちょうクラウディオが、Ａチームのメンバーの一人ひとりに声こえをかける。

「もちろんです。俺おれが造つくった『ゲンロウガー』があれば、第だい1砦とりでの征圧せいあつはおろか、行いき掛がけの駄賃だちんで他ほかの砦とりでも征圧せいあつできますよ」
「…………」

　無言むごんで次つぎの資料しりょうを用意よういするイングリット。ブライアンが開発かいはつした新しん兵器へいきの説明せつめいをするためだ。

「……ブライアンさんが作つくり上あげたゴーレム『ゲンロウガー』は先さきの『バーニングウォール城塞じょうさい攻略こうりゃく戦せん』で大だい戦果せんかを挙あげました。今回こんかいも問題もんだいなく、戦果せんかを挙あげてくれることを期待きたいしています」

　ゲンロウガー、それはAチームメンバーが三人にん乗のりで操縦そうじゅうする巨大きょだいゴーレム。
　ブライアンが操縦そうじゅう手しゅ、アレックスが副ふく操縦そうじゅう手しゅおよび副ふく砲手ほうしゅ、そしてリーダーのエミリーが砲手ほうしゅを担当たんとうする。

「ただ、今回こんかいの戦たたかいにおいては、砦とりで及および要塞ようさい本体ほんたいを物理的ぶつりてきに破壊はかいするのは、やむを得えない場面ばめんだけにしてほしいと軍ぐんから要請ようせいが来きています」

――イングリットがこの作戦さくせんにおいて一番いちばん懸念けねんしているのは、Aチームメンバー達たち、特とくに武装ぶそうを担当たんとうするアレックスとエミリーが頭あたまに血ちが上のぼった拍子ひょうしに、要塞ようさいを物理的ぶつりてきに破壊はかいしてしまわないか。
　ゲンロウガーが破壊はかいされるような心配しんぱいは、実じつのところ全まったくしていない。

「ああー、確たしかに前まえ、ゲンロウフレアーで要塞ようさいを火ひの海うみにしてしまったもんなあ……」

　ブライアンがエミリーの顔かおを見みながら、文句もんくを言いう。

「ちょっとあんた！　あの時ときは敵てきの守備しゅびに竜りゅうがいたから仕方しかたがなかったでしょ！！」

　ゲンロウフレアーは、エミリーの得意とくいとする炎ほのお魔法まほうをゲンロウガーを経由けいゆして増幅ぞうふくさせる、彼かれらの最強さいきょうの必殺技ひっさつわざである。

　ただ状況じょうきょう的てきにやむを得えなかったとはいえ、バーニングウォール城塞じょうさいを皮肉ひにくにもその名なの通とおり火ひの海うみにしてしまい、レグルスが正規せいき軍ぐんから大目玉おおめだまを食くらう原因げんいんとなった技わざでもある。

　軍ぐんが占領せんりょうした城塞じょうさいを再さい使用しようできる状態じょうたいまで工事こうじをするのにかなりの時間じかんを要ようしたこともあって、今回こんかいはこの技わざを使用しようせずに要塞ようさいを攻略こうりゃくするように、命令めいれいが下くだったのである。

「……お二人ふたり共ども、ミーティングに関係かんけいない私語しごは後あとでお願ねがいします。ところで、団長だんちょう」

　冷静れいせいに注意ちゅういし、話はなしを戻もどすイングリット。彼女かのじょはもう一ひとつの懸念けねん事項じこうを質問しつもんする。

「なんだ？」
「カズヒラ副長ふくちょうの補佐ほさがあるとはいえど、お二人ふたりだけで周辺しゅうへんの魔物まものを殲滅せんめつするのはいささか無理むりがあるのでは……？」

　イングリットの言いう通とおり、彼かれの作戦さくせんはたった二人ふたりでやりきるには孤軍こぐん奮闘ふんとうと大差たいさない無謀むぼうな作戦さくせんであった。

「……確たしかに、そうだなあ。ならイングリット」
「……はい」
「配置はいちに関かんしては、Aチームと俺おれとじいさんを必かならず攻せめに回まわしてくれ」
「それは、存ぞんじ上あげていますが」
「残のこりの配置はいちは、じいさんと一緒いっしょに君きみが考かんがえてくれ」
「…………」
「さあさ、みんな！　ミーティングが終おわったら、時間じかんいっぱいまで実戦じっせん訓練くんれんだ！」
『『『イエッサー！！』』』

　事実上じじつじょうの独断どくだんにより、ミーティングの席せきは解散かいさんすることとなった。




――熱心ねっしんに訓練くんれんに打うち込こむ血ちの気けの濃こい男衆おとこしゅう達たちをよそに、イングリットは団長だんちょうの指示しじ通どおり配置はいちをどう割わり振ふるか考かんがえていた。

「……しかしカズヒラさん、これでいいのでしょうか？」
「なんじゃ？　ワシから見みるとお前まえさんはとても良よく働はたらいているように見みえるぞ」

――その問といにイングリットは、即座そくざに「そうではありません」と言いい返かえした。

「皆様みなさまが団長だんちょうにリーダーの地位ちいを譲ゆずったのは、リーダーとしての経験けいけんを積つませるためと聞ききました。だったら私わたしが手伝てつだったら意味いみがなくなるのではと思おもうのです」
「……確たしかに、坊ぼっちゃんにも苦手にがてなことはある。今いまワシとお前まえさんがやっている仕事しごとを将来しょうらい手伝てつだいなしでできるようになってもらわなければ、ワシもお兄様にいさまも困こまりますな」

――実みを言いうとこの星ほし空そらの旅たび団だんレグルスは、団長だんちょうクラウディオの兄あに『ユークリッド・スカラー』が個人こじん保有ほゆうするキャラバンである。

　軍ぐんの手伝てつだいをしているのも、ユークリッドにとって軍ぐんが自分じぶんの発明はつめい品ひんを一番いちばん多おおく買かい取とってくれる一番ばんの太ふとし客きゃくだからである。

「……じゃがなあ、イングリット」
「…………」
「お前まえさんは、前線ぜんせんで戦たたかう坊ぼっちゃんを実際じっさいに観みたことがないじゃろう？」

　当然とうぜんの事実じじつであった。イングリットはあくまで補給ほきゅう部隊ぶたいを率ひきいる参謀さんぼうである。

「坊ぼっちゃんは確たしかに勉強べんきょう嫌きらいな子こじゃが、前線ぜんせんでの陣頭指揮じんとうしきにおいては既すでに才能さいのうを開ひらいておる。余計よけいな心配しんぱいはするな」

――納得なっとくできるかどうかはさておき、イングリットにできることは

「自分じぶんの仕事しごとを納得なっとくできるまで忠実ちゅうじつにするだけ」

であった。