設定を選択してください。

ひみつと汗と

ひみつ



 校庭の片隅にポツンとある鍵のかかった小さな小屋。

 もうすぐ夏休みに入るというある日の放課後、私は海斗に呼び出されてその場所に行った。

 小屋の前で待っていてくれた海斗は何故か鍵を持っていて、慣れた手付きで扉を開け「入って」と言った。

 私は恐る恐る中に入った。

 もとは掃除用具置き場なのだろうか、二畳くらいの広さでとにかく狭い真四角の空間にベンチがコの字型に置かれていた。

 頭上の棚には漫画や雑誌、サッカーボールに洋服やら、色々な物が散乱していた。

「リカ、適当に座って」

 私は言われるがまま目の前のベンチに座った。

 暑さと緊張で汗がにじみ出る。

「俺の秘密の部屋」

 海斗は嬉しそうに私に言った。

「こんな所があったんだ」

「誰も使ってなさそうだったから俺が鍵を付けたの。いいでしょ?」

「そんな事していいの?」

「今のところはね。バレてない」

「ふーん」

 普段どおりの海斗は平然な顔をしてベンチに座った。

 膝と膝が当たりそうになる。

 きっと私だけが海斗と二人きりの空間に緊張して胸がドキドキしているのだろう。


 ――海斗とは小学生の頃からの友達だ。

 海斗の恋愛相談にのることはよくあること。

 現に今も私の友達と付き合っている海斗。

 きっと今日呼び出されたのも彼女との事で何か話があるのだろう。

 私の気も知らないで海斗は度々こういう事をする。

 恋人でもないのに一緒に帰ろうと言ったり、遊びに行こうと言ったり。

 私がどれだけ海斗のことを好きかも知らないで――


「ここに人を入れたの、リカがはじめてだよ」

「へえ」

「いい場所でしょ?」

「うん、まあ」

 心の中で喜んでいる私がいる。

 海斗の秘密の部屋に初めて入ったのは他の誰でもなく私なんだ。

 たったそれだけで海斗の特別になれた気がする。

「リカ、顔赤くない?」

「ん、この部屋暑い

「はは、狭いもんね」

 なんとか緊張をごまかす。

 首すじに汗が流れてくるのを感じた。

「で? どうしたの、海斗」

「ん、いや、実はあいつと別れたんだよね」

「は?」

 私は正直驚いた。

 あんなに仲が良かった二人がいつの間に?

「それでさ、あいつにあげようと思ってた誕生日プレゼント、リカもらってくれないかな」

「はあ?」

 そういえばあのは昨日が誕生日だった。

 要するに、誕生日プレゼントを買ったはいいけれど別れてしまったから私にそれをあげると、そういうことだろう。

「どうして、別れたの?」

「いや、なんとなく?」

「なにそれ」

「なんか俺、誰と付き合ってもなんか無理だなって思っちゃうんだよね」

意味わかんないけど」

 海斗はポケットから指輪を取り出した。

「これなんだけど、俺が持ってても仕方ないからリカにあげる」

「あ、ありがとう」

 私はそっと受け取った。

 本当はあの娘が貰うはずだった指輪。

 あの娘のために買った指輪。

 複雑な想いでその指輪を眺めていた。

「ほら、貸して」

「あっ」

 私の手から指輪を取り返すと、海斗は私の右手にその指輪をはめてくれた。

「あは、リカには大きいや。ブカブカだ」

「本当だ。ふふ」

 小さな赤い石が付いた可愛い指輪が私の指でくるくると回っている。

「駄目だな。それおもちゃで安物だからさ、あれだったら捨てて」

「大丈夫、持ってるよ。ありがとう」

 私は海斗にお礼を言った。

「にしても暑いな」

 海斗はドアを開けた。

 生暖かい空気と遠くからかすかに聴こえてくる人の声が、急に私を現実の世界へと引き戻した。

 二人きりの空間が二人きりではなくなってしまったような気がして少しがっかりした。

 海斗が私の顔を見た。

「あは、リカすごい汗

 私の頬につたってきた汗を海斗は突然指で拭いた。

「ちょっと、海斗! 汚いよ」

 不意打ちだ。

 私は突然の海斗の行動に動揺を隠しきれなかった。

「別に汚くないよ」

 私はポケットからタオルを出して海斗の手をつかんで拭いた。

 もう、心臓に悪い。

 ドキドキがピークに達そうとしていた。

 海斗の顔を見た。

 目があった。

 海斗は私を見てニコニコしている。

 限界だった。

 つかんでいた海斗の手を離して私は立ち上がった。

「じ、じゃあそろそろ行くね。これ、ありがとね」

 私は右手を海斗に向けて指輪を見せた。

「おう、またな」

 海斗が手を振る。

 私は歩き出す。

「あ、リカ」

 名前を呼ばれて振り返った。

「ここのこと、秘密な」

 海斗の笑顔が眩しかった。

「うん」

 頷いてから私はまた歩き出す。

 胸がドキドキして苦しかった。

 海斗が好き。

 小学生からの片想い。

 きっと高校を卒業して大人になっても叶わないだろう恋。

 海斗にとっての私は友達以外の何者でもない。

 彼女にあげるはずの指輪を私にくれるって

 それでも嬉しいと喜んでいる私はおかしいだろうか。

 (でも、私だけが知っている秘密の部屋)

 自分の顔に自然と笑みがこぼれてくるのがわかった。

「暑っつい」

 持っていたタオルでおでこの汗を拭いた。

 その手には指輪がはめられている。

 私のための物ではない、ブカブカの指輪。

 それでも私は嬉しくて、いつまでもいつまでもその指輪を眺めていた。


          完





最新話です





トップページに戻る


このお話にはまだ感想がありません。

感想を書くためにはログインが必要です。


感想を読む

Share on Twitter X(ツイッター)で共有する