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二度も主を失った名馬

二度も主を失った名馬
 古の時代、中華の地にて二度も主を失った名馬がいた。
 彼の名は赤兎馬せきとば。汗血馬という品種の馬である。

 彼がはじめて心を許した主人は、彼に勝るとも劣らないほどに凶暴な大男だった。人間と馬という大きな違いはあれども、彼はその大男と確かに絆を紡いだ。
 赤兎せきとは彼の体重を全身で支え、彼はとんでもなく巨大な長槍と長弓を扱うという、共に怪力無双と呼ぶにふさわしい組み合わせであった。
――だが、その男はその凶暴さゆえに恐れられ多くの敵を作り、最終的には敵の総司令官の勅命で縛り首になって死んでしまった。
 彼がその景色を実際に見たわけではないが、心を許した友が帰って来ない日々が続くことで次第にその事実に気が付いた。

 ふたりめに心を許した主人も、前の主人に勝るとも劣らない武勇を持つ大男であった。
 その男が前の主人を縛り首にするよう進言した男の義兄弟であることを、赤兎せきとは知らなかったが、自分を従える力と技を兼ね備えた男がもう一人この世にいるとは思っていなかった彼は快くその大男を受け入れた。
――だがその男も、戦乱の中志半ばで散った。その男が最後の戦で執った作戦は、皮肉にも前の主人の命を奪った水攻めであった。

 名馬と呼ばれた彼であっても、人間の名前を理解するほどの知性はさすがに持っていなかった。
 だが、自分の主人の命を奪った相手くらいは、さすがに直感で理解できた。故に彼は、その男達から与えられた牧草を拒み、自ら衰弱して死ぬことを選んだ。
――この時点で三十年近くにもわたる長い戦いに耐え続けた彼は、既に寿命が近かったのだろう。彼から主人を奪った男達は、その死を惜しみはしたものの、深追いすることなく彼を弔ったという。
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