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VRあるあるあるき

008.WIKIと通貨単位
 牛みたいな、どちらかというと水牛かもしれない家畜を眺めながら広い牧草の草原を歩き回る。
 このナイフ、どうも戦闘用にあまり見えない。
 このナイフで薬草を採ると、しっくりくる感じが、採取用ナイフなのではないかと思わせる。
 フレーバーテキストは「万能ナイフ。なんでもこなす、魔法の初心者御用達ナイフ」と書かれている。
 この説明は、意味がないときもあるし、意味があるときもある。
 どちらにせよ、世界観に合った雰囲気を出すもので、その異世界風味を「フレーバー」というわけだ。
 ナイフはさすがに普通だった。
 俺は別にRPGリプレイが書きたい訳じゃないので、数値とかは割愛させていただく。
 そういうのは攻略『WIKI』でも見てくれ。

 ただ、AIも開発に参加するデータ量が多い現在のゲームでは、固定の武器しかない世界もあるものの、このゲームのアイテム数は、世界最高を誇るらしい。
 開発陣とAIによる数の暴力だった。
 武器はどれがいいとか、全部データがWIKIに載りきれるわけもなく、攻略WIKIはあまり機能していない。
 おすすめも人によるとしか言えないし、クリックゲームではないので、使いこなせるかも、リアルスキルもある程度必要とされる。
 VRの泣き所でもある。
 当たり前だが、剣道経験者は剣が有利というのも、そこまでではないらしい。
 剣は両刃が基本で、竹刀は刀を模している。
 明らかに違う武器である。
 刺したり、引いたり、ぶつけて終わりでもない。
 世の中そんなものだ。
 重さも違うしなにより、イノシシ狩りに刀で戦う人がいるだろうか。
 鉄砲が標準で弓矢、槍などを使うだろう。
 剣と刀は対人戦闘用、戦争用なのだ。
 剣で魔物と戦うのは、剣を持っている特殊な魔族や幽霊騎士デュラハンや骸骨兵スケルトンとか限られる。
 釣りだって目標の魚に合わせて針などの仕掛けを変えるのが基本中の基本だ。
 敵に合わせて武器を変えるのが人間の器用さということになる。

 WIKIは集合知なので見える数値を並べるのには最適だった。
 しかし武器の良し悪し、訓練の仕方、武器の特性など、主観が混ざるような話を書くのに本当に向いていない。
 意見が対立すれば、編集合戦になり、凍結される。
 両論を併記すれば、よいのか悪いのか、読者に判断を委ねることになるが、初心者が正しく判断できるはずもない。
 主観いっぱいの個人のゲーム日記のほうがアフィ目的だったとしても参考になったりする。
 WIKIは本当に誰でも書けると、都合が悪いことは削除されたり、嘘情報が書かれる可能性もある。
 また、状況が変わっても古い記事を修正するのにためらいがあるので、変更されて不正確になった情報がそのまま掲載され続けることもザラにある。
 書くのは楽だかメンテナンスは、かなり大変だ。
 なにしろ他人が書いた情報なんて読むまで知らないから、直す必要がある場所の見当が付かないことが多い。
 また明らかに趣味の領域になると検証してくれる人がいなくてデータが更新されないというのも、あるあるだった。
 見る人は妄信していて、自分で確認しなかったり、間違いに気づいても直してくれない人も多い。
 良識ある編集者が増えればいいが、能力の足りないバカがデータを壊したりすることもある。
 相互支援という考え方がないプレイヤーも多いし、悪意がある人もいるという典型例になっていた。

 結局は、長時間プレイした実地の知識がものを言う世界になる。
 だから先行プレイヤーは、利益を独占してさらに強くなる、正の循環が起こる。
 後追いプレイヤーは偽情報や遅い情報を手に入れ、一生後追いからい上がるのは、なかなか難しい。
 しかし加速機能がないので2週間のハンデだ。
 是非追い付きたい。

「とまあWIKIはわりと便利だけど、最高ではないんだよ」

「なるほど。信頼性は自分でも確かめるのを、心掛けるようにします」

「そうそう、それがいい。WIKIも気が向いたら、編集してくれてもいいよ。どうせ匿名だ」

「はい。話、戻しますけど、武器何がいいんでしょうね」

「癒すの得意ならヒーラーがいいよ。一人で遊べないけど、女の子向きだから」

「暴力は確かに好きではないですけど、魔法とか、弓とかかっこよさそうです。姫騎士だって憧れですよね。ジャンヌダルクとか」

「あ、うん。姫騎士ね」

 俺は曖昧にうなずいた。
 姫騎士はエッチな大人の妄想の犠牲になりやすいだなんて、夢を壊すことは言えないな。
 巫女とかのヒーラーや聖女も同じか。
 というか女性の冒険者はどの職種でも似たり寄ったりだな。

 VRの利点がひとつ思い付いた。
 PCやスマホでは、相手が画面の前で何をしているか分からない。
 全裸かもしれないし、コーヒー休憩中かもしれないのだ。
 画面前にいないのを「AFK」という。Away From Keyboard。キーボードから離れているという意味だ。
 VRゲームは自意識でゲーム中に自分の体を動かすことが基本できないので、そういうことが不可能だ。
 目の前の人間が「中身いません」「放置」というわけにいかないので、スムーズにゲームを進行できる。
 PCゲームでは人数が増えると休憩タイムが間延びしたりして、待ってるのがしんどくなることもあった。
 画面の向こうへの不信感というのは、なかなか見えないだけに、言いにくいこともある。

「魔法耐性には弓で、普段は魔法少女でもすれば?」

「魔法少女……」

「魔女って年まで行ってないよね?」

「まあ、そうですね。少女でもあんまりないですけど」

「魔法使いでもいいけど、童貞臭がちょっとね」

「あはは、知ってる知ってる30歳になるとっていうのでしょ」

「おっおう」

「そんなの気にしませんから。それよりは心の問題ですよ」

「そうかな」

「はい。キツく当たる人は、ちょっとね」

「そうだよな」

「馴れ馴れしすぎるのも、引いちゃいますね」

「う、うん」

 今の俺は、馴れ馴れしくはないのだろうか。
 こんなに草むしりしながら、しゃべっている。
 遠回しに、俺のこと言われてるんではと、気になってしまう。

 薬草は本当にタンポポみたいな気軽さでその辺に生えていて、採っては移動を繰り返した。

 俺は空気くらい読めるので、このあとは会話を減らして収穫作業をした。


「そろそろいいかな」

「たくさん採れましたね」

「うん」

 アイテムボックスの中は薬草だらけだ。
 あとでそのまま使う応急処置も、教えてもらおう。

 南門周辺にストーカーがいないか確認しながら、マーブル薬草店に入る。

「いらっしゃいませ」

「薬草採ってきました」

 俺はたくさんある薬草をまとめて取り出して提出した。
 量りで重さを計量された。

「えーと全部で1.2kgですね。36,000ラリルです」

「ありがとう」

 36kラリルだ。
 この国での『通貨単位』はラリル。
 千をキロのk。百万をメガのM。十億をギガのGで表すのがゲーム系のお約束「あるある」だ。
 これは国際単位系、SI単位系という世界標準になっている。
 理系では知っていて当たり前で、一般用語でいう補助単位。SI単位系用語ではSI接頭辞という。
 数値は3桁のカンマで表記されるから、そのほうが分かりやすいんだ。
 最初見ると面食らうけど、コンピューター系のByteとかでは一般的だから、すぐ慣れる。
 キロメートル、メガパスカル、ギガバイトみたいに言うでしょ。アレと同じだ。
 何億とかいちいち頭の中で換算なんてしない。
 ただ頭にあるのはGは0が9個という事実だけだ。
 逆に「360億ラリルでお願いします」とか言われると、頭の中で36Gラリルに変換する処理が必要で面倒くさい。
 ちなみにゲームによっては、たまに様々な理由で変な単位を使う集団もいる。「万だからM」とかそういうローカルルールだ。
 そういう村でしか通用しないルールは他のゲームのユーザーから教養がないとしてバカにされるのが、お約束となる。
 ついでに言えば、MとGは大文字でkは小文字が正式な表記で、文字チャット時代にm、g、Kを使うと、バカだなぁと内心思ってるユーザーも少なからずいた。
 国際単位系では大文字小文字を区別する。小文字のmはミリで千分の一だ。ミリメートルのミリである。
 このゲームでも掲示板とかに値段を書くときに、内心でバカにされたくなければ、ちゃんとした表記にするほうが、取引の際に見下されにくい。
 バカにされたら足元を見られる可能性も上がるし、詐欺師もバカのほうが相手をしやすいから、変な顧客に当たりやすくなる可能性が少しだけ増える。

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