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おにぎりの事情



「おはよ、黒川、腹へったぁ」

 クラスでも明るくて陽キャな白石くんは毎朝登校すると開口一番僕にそう言ってくるのだ。

「おはよう。今日も食べてこなかったの?」

「だからぁ、起きたばっかじゃ腹へらねえし。いつも教室に入ってきて、黒川の顔を見たら腹へるんだって」

「ぼ、僕はおいしくないよ」

「ハハッ、面白いなお前」

 こんな陽キャな白石くんがこんな地味な僕に話しかけてくるようになったのは席替えをして白石くんが僕の前の席になってからだった。

「おにぎり、食べる?」

「食う! やった!」

 僕はカバンからおにぎりを出して白石くんに渡した。

 白石くんは僕が作ったおにぎりを本当に嬉しそうにおいしそうに食べてくれる。

 その姿を見ていると僕もなんだか嬉しくなる。

 これが白石くんとの毎朝の日課となっていた。


 共働きしている両親に変わって家のことや僕と妹の面倒を見てくれたのはほとんどおばあちゃんだった気がする。

 ご飯を作っていたのはいつもおばあちゃんだったし、授業参観や運動会にもおばあちゃんが来てくれていた。

「お腹を空かせているのが一番いけないことなんだぞ」
「ご飯さえ食べてりゃ笑顔でいられるんだ」
「お腹へってたらろくなことしか考えられないからな」

 とにかくおばあちゃんはお腹を空かせていることがよくないと思い込んでいて、ご飯だけは必ず炊いてあった。

 常にご飯を目にしていたからなのか、僕は中学生になった頃から自分でおにぎりを握るようになった。

 学校から帰っておやつ代わりに作ってみると思ったよりおいしくてはまった。

 一口サイズにすると妹が喜んで食べてくれるのも嬉しかった。

 高校生になってからは毎朝好きな具を入れて自分と妹の朝ごはんとして作るようになった。

 少し早めに学校に行って自分で作ったおにぎりを食べるのが好きなのだ。

 そう言われてみれば、確かに白石くんの言うとおりかもしれない。

 起きた時はお腹はすいてないけれど、学校に着いた頃にはお腹ペコペコだ。

 席が前後になって、おにぎりを食べてる僕を見たら、そりゃあ白石くんもお腹へっちゃうよね。

「おっ、白石何食べてんの? おにぎり?」

 白石くんと仲良しの向井くんが近付いてきて言った。

「黒川にもらったの」

「いいなぁ、うまそう」

「あ、えっと、食べる? まだあるよ」

 僕はおそるおそるそう言ってカバンからまたおにぎりを取り出した。

「いいの!? 食べる!」

「はい、お口に合うかはわからないけど」

 僕は向井くんにもおにぎりを渡した。

「もしかしてこれ黒川が作ったの?」

「うん」

「はあ!?」

「えっ?」

 身をのり出して驚いていたのは白石くんで、それを見て僕も驚いていた。

「うそ、これ黒川が作ってたのか? ずっと?」

「うん、ずっと」

 僕が頷くと向井くんが「いただきます」と言っておにぎりを食べ始めた。

「おっ、なんだこれ、うめぇ!」

「ちょっと向井、それ返せ」

「はっ?」

 すると白石くんは向井くんからおにぎりを奪ってしまった。

「ちょ、何だよ白石」

 白石くんは向井くんの食べかけのおにぎりを急いで自分の口の中に入れた。

 いったいどうしちゃったんだろう、白石くん。

「もう、余計腹へったじゃん、購買行ってこようっと。あ、黒川、サンキューな」

 向井くんはちょっとすねながら走って行ってしまった。

「あ、うん」

 なんだか向井くんに悪いことしちゃったかな。

マジで、お前が作ってたのか」

 口いっぱいのおにぎりを飲み込むと白石くんが言った。

「そうだけど、なんかごめん」

 僕が握ったのはイヤだったのかもしれない。

「は? 何で謝るんだよ。俺は嬉しかった」

「え? は? 嬉し、かった?」

 なんだか白石くんは照れているかのように顔を赤くしていた。

「黒川の、手作りのおにぎり、おいしいし」

「あ、ありがとう」

「もしかしてさ、俺がシャケ好きなの知ってた?」

「ああ、前にシャケのおにぎりの時、白石くんが言ってたから。俺シャケが一番好きだって」

「はぁ~」

 白石くんはため息をつきながら前を向いてしまった。

「白石くん?」

「それで毎日俺のために作ってきてくれてたの?」

「まあ、そう、かな」

 自分の朝ごはんのついでだからとは言えそうになかった。

「なあ

 また白石くんが振り向いた。

「それ、俺以外の奴に作んないでって言ったらやっぱおかしいよな、ははっ」

「えっと僕のおにぎりを食べたがるの白石くんしかいないし、他にあげる友だちもいないし」

 おにぎりは余分に作ってあるけれど、白石くんくらいしか食べてくれる人がいないのは事実だ。

「そっか、よかった」

 白石くんが嬉しそうにしながら僕に笑いかけてくれる。

 なんだかよくわからないけど、とにかくもう一つあるおにぎりを食べようと手に持った。

 もうお腹がペコペコだ。

「おはよう、あー! 黒川くん、いつもおにぎり食べてるよね」

「あ、うん、おはよう」

 隣の席の小林さんが僕と白石くんを見ながら笑っている。

 小林さんも確か白石くんと仲良しのはずだ。

「なんかお腹すいたぁ。いいなぁおにぎりぃ」

「あ、えっと

 僕は一瞬白石くんを見て、それから小林さんに言った。

「ごめんなさい。本当はおにぎりあげたいんだけど、白石くんに俺以外の奴にやるなって言われたからあげられないんだ。ごめんね」

 僕はそう言って小林さんに頭を下げた。

「わっ! バカ! ちょっ、黒川ぁ!」

「何それ可愛いっあははっ、そっかぁ、そういうことね、白石」

 小林さんは白石くんを見ながら笑っていた。

「この前言ってた白石の好きな人。黒髪美人で華奢なのにいつもよく食べてて可愛いってはぁんなるほどなるほどぉ」

「お前っふざけんなよっ」

「大丈夫だって、全く気づいてないみたいだし。ふふ、こりゃ大変だね、白石も!」

 そう言って小林さんはカバンを置いてどこかに行ってしまった。

 白石くんもまた顔を赤くして前を向いてしまった。

 白石くん、好きな人がいるんだ。

 うまくいくといいな。

 あ、でもそうしたらもう白石くんは僕のおにぎり食べてくれなくなるのかな。

 それはちょっと寂しい気もするけれど。

「いただきます

 おばあちゃんが言っていたとおり、お腹がへっていたら余計なことを考えてしまう。

 僕は手に持っていたおにぎりを口に入れた。

 今日はなんだかよくわからない朝だった。


           完






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