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少女アリのお話

事件
 それは、じめじめとした夏の朝の事だった。石造りの街は夏の日差しで照らされると、建物も道も一斉に熱をためる。夜中に少しだけ降った雨がすぐ石の熱で気化し、もやがかった蒸し風呂の中に放り込まれたような、うっとうしい朝だった。

 薄暗い中、店を開くための準備を母とアリはしていた。朝の準備も早いため、同じように早くから準備を始める常連さんは数少ない。挨拶を交わしながらいつも通り作業をしていた。

「今日みたいな暑さの日は、あまり売れそうにもないわね。おまけを増やしてもいいから早く売り切って帰ろうか」

 常連のお客が買いに来ると、母リアは愛想よく肉を大きく切り分けサービスをした。お客さんは大喜びで「また来るよ」と帰っていった。そんなお客も少なくなってきた頃、売れ残った肉を同じように売れ残った野菜などと交換するため、少しの肉とアリを残しリアは店から離れた。売れ残りは皆で交換することで夕飯が潤うというもの。特に生肉は喜んで交換して貰えた。

 もしかして来るかもしれないお客を、アリは一人で待っていた。その時、

「「キャ――――」」

 という大声の叫びがいくつも聞こえた。

 あらゆる人が声の方に走った、アリも売り上げの袋を片手で持って店を飛び出した。
 人ごみをかき分け悲鳴の下に行くと、組長が大声を出しながらどこかのおばさんを殴り倒していた。
 その奥には、包丁で腹を刺された母さんが倒れていた。

「この泥棒猫が悪いんだよ! あたいの亭主に色目使って寝取ったんだよ」
 おばさんは大声で喚いていた。

 アリは母さんに駆け寄って、包丁を抜こうとした。

「やめな! 刃物に触るな! 血が噴き出す。衛兵と医者が来るまで動かすな!」
 組の若いのがアリの手を取り止めた。



「アリ。私のアリ……」
 母さんはアリの頬に手を伸ばした。

 アリは母さんに抱きついた。

「母さん。母さん!」

「アリ。大丈夫。こんなことじゃ母さん倒れないわ。安心しなさい」

 グスグスと泣くのをこらえてアリは母さんの顔を見た。

「あなたには生きるすべを教えたわ。大丈夫。アリ。あなたは大丈夫。だい……じょうぶ……よ。わたしの……ア……リ………………」

「母さん!」

 アリは母さんを抱きしめた。「ウゥゥゥ」とくぐもった音が喉を伝う。嗤うように見える、困ったような顔に表情が崩れていく。
 ポツリ、ポツリと、雨が落ちてきた。雨にうながされるように涙が頬を濡らした。

 そこで、アリの感情が動いた。

「うわぁぁぁぁぁぁ――――――!」

 ゲホゲホと息を詰まられながら喚いた。声は言葉にならない。ただ意味もない音だけが喚きとなって喉を潰す。
 母さんの体から力が抜け、ずっしりと重くなった体はアリの膝にうずもれた。

 急に強くなった雨が、アリと母さんの体を叩きつけるように降り注いだ。



 リアは人違いで刺された。刺したおばさんの亭主を組長がしばき上げた結果分かったのは、おっさんが浮気していたのは全くの別人で、嫉妬にとち狂ったおばはんが勝手に勘違いし起こした殺人だった。しかし、人の噂は勝手なもの。なまじリアが美しかったこともあり、真実をいくら流そうとしても勝手な陰口を止めることは出来なかった。

 人々のアリを見る目は冷たくなった。

 おばさんは死罪。旦那は罪はなし。リアは死に、アリは独りぼっちになった。
 元々リアとアリ二人の親子を気に入っていた組長が男気を出し「俺が引き取る」と交渉したが、所詮はならず者。子供のためにならないと引き離された。
 組長は、「困った時はいつでも俺を、組を頼れ」とアリに言い残すのが精一杯だった。

 そうして、アリは孤児として孤児院に連れていかれた。



 孤児院についたアリは、丸まると太った教会の神父から狭い部屋に連れていかれた。
 神父はアリに服を脱ぐように命じ、アリが拒否すると無理やり服をはぎ取られた。
 抵抗しながらも服をぬがされるアリ。首に下げていたネックレスがチャリンと床に落ちた。

「これは?」
「返せ! 母さんから貰った形見だ!」

 神父はネックレスをしげしげと見ると、「チッ、貴族案件か」とつぶやき、小汚い服をアリに放った。

「お前はこれから孤児として扱われる。その服を着るんだ」

 アリは素早く服を着て、神父に「ネックレスを返せ、泥棒」と、わめいた。

「ああ。これはしばらく調べさせてもらう。お前の父親が分かるかもしれない。しばらくしたらちゃんと返そう。教会に問題が起こらないためにだ。いいな」

 それでも返せと近づくアリを神父は思い切り蹴った。

「お前は孤児だ。我らの言う事を聞くように。どうされようが文句など言ってはならん。それが孤児の在り方だ」

 床でうずくまりながらゲホゲホとうごめくアリに向かって、神父は嫌なわらい顔をしていた。



 アリを引きずり、神父はアリを別の部屋に連れていった。ドアが開くとすえた匂いがアリの鼻を襲った。

 中を見ると、そこには十数人の孤児が固まるように身を寄せ合い、3つの固まりが出来ていた。

 孤児たちは、うつろな目でアリを見つめた。
 アリは神父に背中を押され、部屋の中に投げ飛ばされるように入れられると、ドアが閉まりガチャリとカギを掛けられた。

「新入りか? ようこそ地獄へ」

 孤児のリーダーがアリに声をかけた。

「これから俺の言う事を聞いてもらう。いいな」

 虚ろな目をしたリーダーがアリを突き飛ばして言った。

「何でよ! なんであんたの言う事を聞かなきゃなんないのよ」
「生意気だな。そら、引ん剝け」

 リーダーが声をかけると、孤児たちが一斉にアリに襲い掛かった。
 しかしアリは下町の朝市育ち。ならず者の組長とも仲のいいアリは喧嘩の仕方から泥棒、スリの相手の仕方も小さい頃から教えられていた。ケンカなど日常茶飯事。普段からロクなものを食べさせて貰えない孤児などすぐに叩きのめした。

「こちとりゃ、ゴーン組で世話んなってる肉屋のアリだ! 文句あんなら、いつでも相手してやらあ」

 仲間が次々とやられ、リーダー1人が残った。

「何だよ、痛めつけてなかったのかよ神父め」

 いつもは神父に肉体も精神もボロボロにされてからここに押し込められる新人。そこに止めを刺して心を折る役のリーダー。それが役割のはずだった。

 アリはペンダントのおかげで、守られた。

 リーダーをボコボコにし、アリは孤児の裏のリーダーになった。
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