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少女アリのお話

いつもの日常
 ヒラタの町。そこは港町サカの近くの長閑な伯爵領。その下町にアリという小さな女の子がいた。
 アリは母親と2人暮らしだった。

 アリの母親は、朝市で生肉を売る仕事をしていた。市場でものを売るには商業ギルドの許可と、裏を束ねている組へのみかじめ料が必要。

 生肉の販売許可は、加工肉の販売許可の10分の1。金のない初心者がついつい飛びつくハイリスクなもの。

 朝市の売り上げは、天気ひとつで大きく変わる。加工品なら明日に持ち越せるが生肉は無理。利ザヤも大きいのだが、外すと明日の仕入れにも困る危険な商品。
 だから、何も分からない初心者が飛びつき失敗して破綻するか、儲けた金で早々と安定した商品の販売権を買って肉の販売権を返すか。そんな危険な商売が生肉販売。

 アリの母親は、その中で成功している珍しい生肉販売のスペシャリストだった。



 アリの母親は、夕方になる前にアリをつれて冒険者ギルドへ肉を仕入れに行く。きれいな独り身の母と小さいアリは、どこに行ってもみんなから優しくしてもらえた。母は子持ちとは思えないきれいな人だったので、下心を持つ者も少なくなかった。しかし、母はそんなことはお構いなしに商売とアリだけを大切にしていた。

「やあ、リア。きょうもいい肉が入ってるぜ」
「ありがとよ。う~ん。ボアか。ボアはいいんだがこいつは一昨日のだね。そこに転がってるヤツ今日はさばかないのかい?」

「これかあ。今から捌けってか? しゃあねえ。アリ様のご注文だ。お前ら捌くぞ」
「「え~」」
「どうせ夕方には買い付けに来る奴らが増える。こいつくらい半分は売り切れるだろう? 明日は天気もよさそうだから、加工所のやつらにも売り捌けばいいさ」
「「へーい」」

 ボアが捌かれる姿を見ながら、満足そうにする母。アリは捌かれているボアを楽しそうに見ている。母は、職員と話を始めた。話がうまくいったのか、機嫌よさげに職員に酒を手渡した。

「ありがとうな。ああ、これ仕事終わったら皆で飲んでくれ。いつも世話になっているし、礼だ」

 こうして誰よりも早く仕入れに行く母は、ギルドの中で一番いい肉の一番おいしい部位を仕入れた。その代わりではないが、母はたまに職員たちに酒を渡していた。
 男勝りの言葉遣いの母を、アリはカッコいいと思いながら見ていた。



 アリの母の肉が売れるのは、仕入れがいいだけじゃない。家に帰った母は、買って来た塊肉をそのまま焼く。表面に焼き色がつく程度に。

 素人は朝すぐに売りたい気持ちが強くなるから、夕方買ってきた肉を売り物用サイズに切って一晩置いておく。朝は慌ただしくなるから。しかしそれでは表面の色が悪くなるし、鮮度も落ちる。表面を焼いて雑菌を殺し、すぐに水に漬け冷やしておくと、肉の中は翌日でも新鮮なまま。

 アリの母は、焼けた表面を切り落とし、空気にさらされてない肉の断面を客に見えるように並べる。客の要望に合わせてその場で肉を切る技術と、的確な保存法で市場の客からの信頼が厚い。肉はリアの店でしか買わないという客も多い。そのおかげで、リスクの高い生肉販売を何年も続けることが出来ているのだ。



 週に一度、みかじめ料を払いに組の事務所に行く。もちろんアリを連れて。

「やあリア。相当儲けているようだな」
「おかげさまでね」
「もう少し多く売らねえのかい? いつも早じまいじゃないか」
「やめとくれよ。生肉が売れ残ったらどんだけひどいことになるか分かるだろ」
「お前の店の肉が売れ残るとは思わねえがな」
「他の肉屋潰して恨み買いたくないんでね。新人潰しちゃあんたらも困るだろう?」
「そうなんだがなあ」
「はい今週分だ。受け取れ」

渡された金額を確認し、満足そうにする組長。

「おお。相変わらず安定してるな」
「それから、これは差し入れ。酒とつまみだ」

 焼いて切り落とした売り物にならない肉の表面の切り落としで作ったつまみと酒を渡した。

「ああ、いつもすまんな。あんたらぐらいだよ、差し入れまでしてくれるのは」
「持ちつ持たれつだろ。あたしら女だけだ。何かあったら頼りにしてるんだからさ。よろしく頼むよ」
「ああ。売り上げトップクラスの美人母子。しっかり守らせてもらうさ」

 母は、いたるところに差し入れを欠かさない。それが身を守る最善の方法。母はアリにその姿を見せ、またアリをそう言った人に認識させるため、いつも連れ歩いては交渉の現場を見せていた。



 母は家では優しい言葉遣いになる。アリは外でのカッコいい母も、家での優しい母も好きだった。

 母はアリに絵本を読んでくれた。家には絵本や本が何冊か置いてあった。貧乏な家に本は似つかわしくないのが本などの贅沢品。それでも母は、小さいアリに字を教え、簡単な計算を教えた。丁寧な言葉遣いも、下町の粗雑な言葉遣いも。

「いいアリ。世の中にはねいろんな人、いろんな職業、いろんな立場の人がいるのよ。だから、人に合わせて言葉遣いと態度は変えなさい。それから、字を読めると働ける場所が増えるわ。計算できると良い所で働けるのよ。いつも清潔な服を着なさい。見た目と知力は磨けば磨くほど輝くわ」

 やがてアリは『語学基礎』という本や、『計算基礎』という本が読めるようになった。



 七歳になったアリは、母からプレゼントをもらった。母がいつも首から掛けていたネックレス。チェーンの先に円形のコインを何倍も大きくしたようなプレートがついている。そこに複雑な模様が描かれ、魔石が組み込まれていた。

「これは母さんが父さんから貰った大切なペンダントよ。無くさないようにいつも首から下げて服の中に隠しておきなさい。あなたの身を守るお守りになるわ」

 母が大事にしているペンダント! アリは飛び上がって喜んだ。大人になった気分だった。首から下げてじっと胸元を見つめると、クルクルと回った。スカートが舞い、ペンダントがふわりと浮いた。

「ねえ、似合ってる?」
「ええ、ステキよアリ」

 そう言われて照れながらクルクルクルクル回り続けた。

 毎朝目が覚めるとアリは、キラキラと光るプレートと魔石を丁寧に磨いては「これは大事な宝物。私のお守り」と言いながら首にかけるのが習慣になった。



 七歳になったアリはもう一人前の店番。包丁の扱いはまだまだだが、ギルドの仕入れやみかじめ料の払いは任されるようになった。

「おっちゃん、今週のみかじめ持ってきた」
「おう、いつも元気だなアリ」
「母さんから差し入れも預かって来たから」

「おう! いつもすまんな。そうだ。珍しい菓子を貰ったんだ。食うか?」
「ほんとに! 食べる食べる」

「はは! まだまだ子供だな」
「子供じゃない!」
「ははは。ほらよ、リアの分も入っている。持ってけ」

 笑いながら菓子を手渡す組長。こわもての組長もアリは孫のように扱った。

 裏稼業との付き合い方、客のあしらい方、肉の処理、包丁の扱い方、まだまだ覚えることは多いが、アリは小さい頃から母について回っていたのでそれなりにはこなせるようになっていた。

母の役に立つ! アリはその一心で今日も頑張って手伝いをした。
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