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オオカミとメカ

アネットの新しい鎧探し
 アネットには三分以内にやらなければならないことがあった。
 装備の調達のために、自らの所属する駐屯地近辺の防具屋に、直属の上官ベアトリクス・イーダ・シェーンハイト少佐に連れて来てもらったのは良かった。
 だがどの鎧も、彼女にとってよさげなものばかりであり、それを三分以内で選ばねばならなかったのだ。

「アネット、早くしなさい。さもないと置いていくわよ!」

 少佐の命令とはいえ、どれも目移りしそうな鎧の数々を見て、どれか一つを選ばねばならないのは、欲張りな彼女にとっては耐えきれないことだった。
 アイアンクロス大隊を象徴する【黒い鎧】の異名を持つ彼女だったが、先日の戦いで鎧を破損してしまい、新しい鎧を買いに行くことになった。
 既に展示スペースで数十分以上悩んでおり、その姿は多くの武功を挙げてきた軍人には似つかわしくない、年齢相応な16歳の無垢な少女そのままであった。
 現に同僚のシルヴィア少尉は隣の武器屋に先に行っている。彼女はもちろんのこと、ベアトリクス少佐も知る予知はないが、既に新しい剣を購入していた。

――目を輝かせるアネットと、業を煮やしながら待つベアトリクス少佐。そんな彼らの近くに、所属の異なる軍人が現れた。

「――主人、発注しておいた新しい鎧を取りに来たぞ」
「――!?」
《!left_red》「えっ」《/red》

 そこに現れたのは、海軍所属のミハイル准将。トリスト共和国海軍最強の竜騎士と名高い戦士であった。

「――イーダ、お前も来ていたのか」

 お互い動揺しないはずがなかった。なぜならミハイル准将とベアトリクス少佐は、同じ軍拡推進派同士でありながら政治思想のわずかな差異で政治的対立している将校である。
 無論お互いの部下には「同じ軍拡推進派なのだから、協力し合いましょう」と進言する者もいる。特にミハイル准将の部下にはそういった部下が多かった。だがミハイル准将はともかくベアトリクス少佐は全く聞く耳を持たずにそれらの進言を全て蹴っており、両者の溝は着々と開いている最中である。

「ここは子供の遊び場じゃないぞ。この小娘を連れて早く帰ることだな」

 アネットの視線を快く思わなかったのか、冷酷に告げる准将。

「――お言葉ですが准将。彼女は年齢上まだ未成年であるものの、有能な我が隊の兵士です。たとえ准将ほどの方が相手でも、彼女をこれ以上侮辱するなら然るべき対応をとりますよ?」
「……ふん、好きにしろ」

 陸軍海軍という、大きな違いはあれども、相手は将官である。それでもベアトリクスは恐れず立ち向かう。

「……アネット、早くしなさい。これ以上は待てないわよ」

 ミハイルが現れたことで、前にも増して機嫌を大きく損ねた口調で命ずるベアトリクスを前に、アネットは急ぎつつも慎重に選定を考え始めた。
 だが、その時――

「――よく見たらこの小娘、この間の会食パーティーの時の娘か?」

 ミハイルが、彼女の素性に気が付いた。

「ギクッ(バレちゃった?)」

 彼が現れて以来、アネットも表情をこわばらせていた。実は彼女は、過去の会食パーティーで彼をはじめとした将官の将校達激怒させたことがあったのだ。

「食器の使い方くらい覚えたか? 俺で良ければ、今度直々にテストしてやるぞ」

 冷静な嫌味を前に、わずかながら逃げるように離れていくアネット。前にアイアンクロス大隊が軍主催の会食パーティーに出席した際、アネットは不慣れなテーブルマナーの数々が原因で大隊丸ごと会食パーティーへの出席を禁じられた過去がある。
 特に決定打になったのは、うっかりミハイル准将の軍服に料理のソースをこぼしてしまったことであった。

「ミハイル准将、これ以上はまかりなりませんよ。女性士官に不純な誘いを持ちかけるなど、所属は違えど一歩誤れば軍法会議に――」
「そんなことお前に言われなくてもわかっている。冗談だ」

 ミハイルは店の主人から鎧を受け取り、部下に運ばせた。

「――それともう一つ」

 完全にあわあわとしているアネットに、ミハイルが追い打ちをかけるように告げる。

「今度からでいいから、鎧のような大事なものを買う時は、予備も含めてあらかじめ発注しておけ」
「――えっ」
「これはおもちゃじゃない。展示スペースの前で目を輝かせているなど、共和国軍人にふさわしくない幼稚な子供がすることだ」

 手慣れた手つきで支払いを済ませながら、ミハイルは冷静に告げる。

「イーダ、お前もお前で、こんなことで時間を無駄遣いするくらいなら、この子が欲しがった鎧を全部買ってやればいいだろう」
「――ック!!」

 まるでアネットのせいで余計な説教をされた、と言わんばかりの表情を見せる、ベアトリクス少佐。

「今なら俺が代わりに払ってやるから、早くこの子をつれて駐屯地に帰れ」
「……ッチ、わかったわよ」

 政敵相手とはいえ、将官の前でためらうことなく舌打ちをする彼女。

「約束通り、領収書にはあんたの名前で提出するからね! 覚えてなさい!!」

――苛烈ながらもいつも冷静な彼女が、珍しく激昂した瞬間であった。
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