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ゆかなちゃんと・・・シリーズ

ゆかなちゃんとエプロン
 幼稚園で、ゆかなが泣き止まない。
そんな一報を受けて、母・佐緒里と、ゆかなを驚かせようと待ち構えていた、祖父・恭一郎は、車を走らせた。
 体に怪我があるわけではない事、お昼ご飯前に、新しく入園してきた、年少さんのお世話をしていた事、とにかく泣くばかりで、手がつけられない事が、電話で伝えられていた。ゆかなは、幼稚園で泣いた事がない。それどころか、あまり大きく感情を出さない為か、一時は発達障害さえ疑われた。(ただ単に、おとなしく、自分の世界を持っているだけだと、佐緒里は知っていたが)とにかく、佐緒里は車を幼稚園の駐車場に止めた。佐緒里に続き、恭一郎も降りてくる。
「ほら、ゆかなちゃん、ママよ、ママがきたわよ」
 年配の保育士が、ゆかなを抱っこしているが、ゆかなはそっくり返って泣いている。
「ゆかな」
「ゆかなさん」
 恭一郎は、いつも孫のことを“ゆかなさん”と呼ぶ。保育士がきょとんとして、恭一郎を見た。
「祖父の恭一郎です。孫がお世話になっています」
「いいえ、こちらこそ。今日はご機嫌が悪いみたいで・・・・・・」
「ゆかなさん、どうしたんですか?」
 恭一郎は保育士からゆかなを受け取ると、しゃがみこんで、そう聞いた。
「エプロン」
「エプロン??」
 佐緒里も一緒に、しゃがみこむ。真っ白なエプロン。ドラえもんのアップリケのついた、ゆかな自慢のエプロン。
「ああ・・・・・・」
「お義父さん?」
 恭一郎は、ゆかなをぎゅっと抱きしめた。
「エプロンの裾が汚れてしまっているね。悲しかったね。お母さんに、すぐにお洗濯してもらいましょう」
「エプロン?!」
 保育士が頓狂な声を上げる。ゆかなは、恭一郎の首にかじりついた。ゆかなのエプロンには、小さな小さな、モミジみたいな泥手の型がついていた。
「どうか、それしきの事と笑わないでやってください。この子にとって、真白なエプロンは、きっと誇りと同じなのです。彼女は、今日、初めてエプロンを他人に汚された。故意ではないにせよ、それはゆかなを傷つけてしまったのです」
 年のわりに背の高い恭一郎は、ゆかなを抱き上げると、保育士に一礼し、車のほうへと向かった。佐緒里は、挨拶もそこそこに、ゆかなの荷物を持ってきてくれた担任に『またご連絡致します』と言って、恭一郎を追った。
「ゆかなさんは、“漂白剤”を知っているかな?」
「ひょーはくざい?」
「強い、強いお薬なので、危ないですが、お母さんとお祖父さんと一緒にこのまま買いに行きましょう。佐緒里さん、近くにドラッグストアは・・・・・・」
「あります」
 佐緒里は車を走らせた。それにしても、エプロンが汚れているなんて、恭一郎はよく見つけたなと、佐緒里は感心した。そしてそれが、ゆかなのプライドなのだと言うのだ。確かに、恭一郎に言い当てられて、ゆかなは落ち着いた。チャイルドシートの中で、まだ不満顔だが。
「ゆかなさんは、エプロンを大事にしているのですね」
「・・・・・・うん」
「小さいさんと遊んであげたのですか?」
「・・・・・・もう、遊ばない」
 恭一郎は、その小さな小さなモミジのような泥手の型を撫でた。
「ご覧、ゆかなさん。まるでモミジのようですよ。小さいさんは、まだまだ、こんなに可愛らしい手をしているのですね」
 ゆかなが、浮かない顔でその型を見つめる。恭一郎は、自分の手を並べ、さらにゆかなの手も並べさせた。
「年中さんのゆかなさんは、もうこんなに大きい手。お祖父さんは、もっと大きな手ですね。大丈夫。ゆかなさんは、小さいさんが、わざと汚したんじゃないって、もう知っていますね?」
 ゆかなは答えない。
「今は、それでいいですよ。でも、一つ。一つだけ、覚えよう。“元の真白なエプロンに戻ったら、許してあげましょう”」
「エプロンは、真っ白じゃなきゃ、ダメなの」
「そんな事ないですよ、ゆかなさん。お絵描きをする時を思い出してごらん。真っ白の上に、たくさんの色を載せていく。楽しい作業じゃないですか」
「お絵描きは・・・・・・好き」
「それと同じですよ。汚れたら、お母さんに、漂白剤で真っ白にしてもらいましょう」
 責任重大だと、運転しながら、佐緒里は思った。恭一郎の手に自分の手を合わせ、ゆかなは少しだけ、納得したようにうなずいた。
「ゆかなさんは、いい子ですね」
「もう、年中さんですからなぁ」
 ゆかなは、誇らしげに鼻を膨らませた。
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