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ゆかなちゃんと・・・シリーズ

ゆかなちゃんと南半球
「ソーンが反乱を起こした! 南半球にセンサーの空白地帯がある。生きていればそこへ逃げ込んだと思われる。逮捕に迎え!!」
 長いバスタオルのマントを華麗に翻すと、ゆかな扮するナソート将軍は、下手へと去った。祖父・恭一郎はふむふむと頷いた。佐緒里は、居たたまれない気持ちで、台所から、お茶を運んできた。
「途中で止めないと、一時間半続きますよ、この劇」
「いやぁ、ゆかなさんの記憶力は全くスゴイね」
 そりゃあ、DVDがゆがむまで、何度も繰り返し、朝晩観れば佐緒里だって覚えてしまった。ゆかなは、そのミュージカルがいたくお気に入りで、すべての登場人物のセリフを暗記し、その動きもほぼコピーしている。できないのは、ダンスくらいのものだ。
 最後にヒロインが死に、やっとゆかなの劇が終わった。恭一郎は惜しみない拍手を送った。
「ゆかなさんは、誰が一番好きかな?」
「ナソート将軍」
 ココアを飲み、喉を湿らせながら、ゆかなが答える。ばりばりの悪役じゃないですかー。と、佐緒里が内心ぶち倒れる。
「では、ナソート将軍。南半球にセンサーの空白地帯があって、森の人々が暮らしているのは、どこでしょうか?」
「どこ?」
 ゆかなはバスタオルマントを翻すと、とことこと、テレビ台の脇にある地球儀をとりに行った。
「南半球は、この赤道という部分から、この地球儀では、下部分に当たる、ここから、ここまでの部分の事だよ」
「お義父さん」
 ゆかな、もとい、ナソート将軍は、首を傾げながら、一帯をくまなく調べている。
「ミュージカルなんで、設定なんて合って、ないに等しいですよ」
 佐緒里は、やんわりと恭一郎を止めた。恭一郎は歴史学者で、大学で教鞭をとっている。
「いや、それでも、脚本家の頭の中には、何かモデルが存在するはずだよ。佐緒里さん、何か思い当たる節はないですか?」
「そうですね・・・・・・」
 佐緒里はお茶を飲みながら、ふーむと首をかしげた。
「例えば、衣装の感じは? ソンブレロを被っていれば。南アメリカのイメージ。とか」
「あ、あれです。『大草原の小さな家』」
「ほう、西部開拓時代ですか」
「衣装の感じは、布が多くて、くたっとした感じ。強いて言えば、女性のドレスが、『大草原の小さな家』の人に似てる。テンガロンハットまでは被っていないけど。」
「と、すると・・・・・・」
 恭一郎は、地球儀をくるくると回した。
「大規模な植物の群落だ! というセリフからも、相当広い土地と考えられますね。そして、西部開拓時代のようなドレス。もしかすると、開拓時代のオーストラリア辺りかな?」
 ゆかな・ナソート将軍が、おおっと声をあげる。
「オーストラリア・・・・・・」
「モデルは、そうかもしれないね」
 恭一郎は、いつもそう締めくくる。決めつけた言葉を使わない人だ。歴史学者というのは、そういうものなのかもしれない。
「生きていればどんな状態でも構わん。味方と思うな!!」
 そのセリフやめて~と佐緒里は内心崩れ落ちた。
「ゆかなさんは、悪役がお好きなんですね」
「うん、カッコいいもん」
 地球儀をぐりぐり回しながら、ゆかなは何度もオーストラリア大陸の場所で止めた。今、彼女の頭の中では、“エア・ビークル”という、劇中にセリフだけで出てくる未来の乗り物に乗って、オーストラリアへ逃げるヒーローとヒロインが居るのだろう。
「南半球には、夏にサンタさんが来るって、ゆかなさんは知ってるかな?」
「知らない!」
 南半球には、ゆかなの夢が詰まっている。

セリフ出典;『テンダー・グリーン』
    作・正塚 晴彦
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