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ゆかなちゃんと・・・シリーズ

ゆかなちゃんと100年
 ホチキスで90枚の紙を9回止めた。
「で、もう一回、一月から書いてー」
 佐緒里は、娘のゆかなの質問に、多少面食らいつつ、我ながら妙案を思いついたものだと感心した。
「おかーさん、100年ってなに?」
 何処で聞いて来たのか。幼稚園とは、まったく知識の宝庫である。ゆかなの疑問は、毎日尽きない。
「うーん。今、お母さんが、27歳だから、その73年後?」
「ゆかなは?」
「ゆかなは・・・97年後かなぁ」
「でも、それは100年“後”でしょ? そうじゃなくって、その前の、“100年”が知りたいの」
「はあ・・・」
 参った。正直参った。100年先でも、100年前でもなく、ゆかなは、“100年”という概念を知りたいというわけだ。
「100年前は、お祖父ちゃんやお祖母ちゃんが、若かった時って、先生が言ってた。
 でも、ゆかなは、“100年”が何か知りたいの」
 とても哲学的なお子さんで。幼稚園の先生の帰り際の言葉が、皮肉だった事を、佐緒里は帰る道々、ゆかなから話しを聞いて、知ったのである。
 佐緒里は、ノートをゆかなに持ってこさせた。
「ゆかなは、数字、もう書けるよね」
「うん」
「1ってかいて。で、こう書くと、1月って意味になるの。1月は知ってる?」
「お正月のある月」
「そう。で、次が」
「2月!」
 この要領で、佐緒里は12月までをノートに書かせた。
「これが、1年です」
「うん。6月に、ゆかなは4っつになるから、1年はわかった」
「で、次」
 また、1月から12月までを書かせる。佐緒里はそれを10回繰り返した。
「これを、ホチキスで、止めます」
「それで?」
「これが、10年です」
「10年・・・・・・」
「あと、これを10回繰り返すと、100年になります。やる?」
「やる」
 おそるべし、幼児の執念。まあいい。今日は洗濯をサボろうと、佐緒里は決心した。ここまで来たら、とことんまで付き合いましょう。
「1月ー、2月ー」
 よく考えたら、ゆかなはまだこのホチキスの束にすら辿り着いていないのだ。にも関わらず、ゆかなの知識欲は旺盛である。自分の小さい時はどうだったろうか。佐緒里は、ひたすら砂場の穴掘りに夢中だったような気がする。
 地球の裏側まで掘るのだと張り切り、夕方まで掘り続け、結局はコンクリートに阻まれて終わった。あとは、鬼ごっことか、縄跳びとか・・・・・・・。
「おかーさん、ホチキス」
「ああ、はいはい」
 かちゃんと音がして、10年が刻まれる。
「これで何年?」
「20年です」
 ゆかなは、そう、何というか。インドアなのだ。日がな1日人形遊びに親しみ、お友だちが来ない限り、滅多に外にでない。そして、こういう事に夢中になる。もしかしたら、父方の血かもしれない。
 佐緒里の夫の父、つまり義理父は、学者である。歴史学者なので、義実家に行くと、本が山と積んである。なので、まだひらがなを習っていないのに、ゆかなはひらがなをある程度読めるし、辞書の引き方も知っている。
「おかーさん、ホチキス」
「はいな」
 かちゃんと、10年が刻まれる。
「1月は、別の呼び名があるのを知っているかね?」
「なに?」
「睦月」
「どんな字? むつき」
「まだひらがなでいいよ。今度は、それで書いてみよう」
 要は、佐緒里の方が飽きてきたのである。
「睦月、如月・・・・・・」
 幼稚園のママ友に、習い事をさせてみないかとお誘いを受けた事を思い出した。今の所、予定はないが、ゆかなの場合、学習塾なんかの方が楽しいのだろうか。佐緒里は、プールに通っていた。スイミングが大好きで、結局高校まで水泳漬けだったのだ。
「おかーさん」
「ホチキスですね。はい」
 かちゃん、30年。
 ゆかなはこれを根気強く、10回続けた。
「できた・・・・・・」
 なにがしかの達成感が、ゆかなを満たしていた。
「この束が、100年」
「ゆかなは?」
「最初の束の、3っつ目です」
「ひゃー。おかーさんは??」
「3つ目の束の、7つ目です」
 ゆかなは、また、『ひゃー』と言った。
「お祖父ちゃんは? 100?」
「お祖父ちゃん・・・・・・おいくつだっけ??」
 と、そこへ電話が鳴った。折よく、義実家からだった。今度の日曜、遊びに行っていいかとの打診だった。
「大丈夫ですが、お義父さん、多分、100年攻撃に合いますよ」
「100年攻撃?」
 佐緒里はかいつまんで義父に説明した。義父は鷹揚に笑って、『それは大変でしたね』と言った。
「佐緒里さんは、頭の良い人だね」
「いいえ、ほんの小手先技です」
「私は、“100年”という“概念”までは説明できる自信はないなぁ。よし、今度学生に考えさせよう」
 学生さん、ごめんなさい。佐緒里は心から学生に同情した。
「おじいちゃんに、見せる」
 ゆかなは、鼻の穴を膨らませ、大事そうに“100年”を抱え、宝箱に収納した。
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