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黄金の魔女フィーア (旧版)

小さい観測者
「そういえばフィーアさん、なんで前はドゥーエちゃんを連れて行かなかったんだい?」

 私の膝に座るドゥーエを見ながらティファレトさんが聞いた。
 この子は私にとって大切な相棒だ。今回は連れて行かない理由がないけど、前は違う。

「あの頃は家を守りにつかせていたの。今は数自体が増えているし、代わりの指揮官型も用意しているから、この子がいなくても大丈夫だけどね」
「なるほど」

 ……ティファレトさんにはこう説明したけど、半分は嘘だ。あの頃のドゥーエは私以上に人嫌いな子だった。仮にあの時一緒に連れて行っていたら、戦いが始まるより先にアレックス達を外敵と認識していただろう。

 戦場の中なら万が一仲間殺しをしたとしても、魔物にやられたと嘘の報告をして誤魔化せるかもしれない。しかし出発前の馬車で動き出したらまずい。私共々罪人として牢に入れられることになる。

「さーてドゥーエちゃん、久しぶりにあったんだからお話しないかい?」

 その一言にドキリとくるミレーヌ。

「ええーやめておきなよ。この子私にもなつかないのよ? お母さんが一番大事にしている私ですら!!」
「なーに大丈夫だ。彼女は私のことを信じてくれているからな」

 引き留めるミレーヌに、信じるティファレトさん。

『帰り道は……あんたが代わりにお母様を守りなさいよぉ……』

 ティファレトさんはあの時の言葉をまだ覚えてくれているのだろう。長く会っていないドゥーエが覚えているのだろうか。

「……何の話?」

 まさかの返事。そのまま膝を降りて彼の方へ。正面から対面した。

「ええーうそ!?」
「よし、ではこれから向かう私の故郷の話をしようか!」

――ミレーヌの不憫な絶叫をよそに話を始めたティファレトさん。そこから先はいつもの故郷の話……

「――私の母さんは魔道の才能はもちろんだが、武術にも優れる人でね!」

――を、建前としたお母さんの自慢だった。

「……ねーフィーア」
「……なに?」
「暇だからチェスでもやろー」
「……そうね」

 これが二重にミレーヌを苛立たせたのは、もはや言うまでもない。気の毒だから遊びに付き合ってあげることにした。




「このマサムネは母さんから継承されたものだが、実は母さんは刀より槍と弓の方が得意なんだ! しかしかつての戦いではあえてマサムネを使い魔物に挑んだ! それは一族に伝わる宝刀を最前線で使うことで仲間の士気と結束を強めるため!!」
「…………」

 聞いていて疲れるような自慢話ばかりなのに、なぜかドゥーエは真面目に聞いている。私ですら億劫になった大演説を、メモまで取って――私は不思議で仕方なかった。

「――以上のことから! 私は母さんを愛している!! 母さんは私が心から愛する唯一の女性だ!!!!」

 上機嫌なシメ。その頃には暇つぶしの方は三回目のチェックメイトを迎えた。

《!green》「……ああ、また負けたよ。やっぱフィーアは強いね」
《/green》

 そろそろチェスにも飽きてきたわね。こうなると知っていたら別のゲームも用意しておけばよかったわ。遊びに出かけたわけでは決してないけど。

「…………」

 ドゥーエは意外にも最後まで黙って聞いていた。今もメモを書きながら彼と向かい合っている。

「どうだい、ドゥーエちゃん。面白かったかい?」

――不安なのはここからだ。正直な子だから、素直につまらないとか言いそうで怖い。管理している私としてはできれば聞いて欲しくない質問だ。
――なんて考えていると、不意にドゥーエが立ち上がった。

「……ツメが甘い」
「え?」
「あなたのツメが甘い理由が全てわかった」
「なんだと!?」

 うわ、最悪……ツメが甘いってどういうこと? 安直に面白くないっていうより失礼な言葉が飛び出した。しかもその意図が全くわからない。あの大演説から、なぜこのような感想が?

「……ほーら言わんこっちゃない。あの子ならやってくれると信じてたわ」

 それを聞いて途端に上機嫌に笑うミレーヌ。まるで望みが叶ったと言わんばかりに。

「どういうことだい、それは!?」

 やっぱり怒っている。優しい人ほど怒ると怖いのに……

「十六回」

 ポツリと言った数字に首を傾げるティファレトさん。

「十六回もあったのよ」

 ……一体何が?私もミレーヌも意味がわからず、思わず互いに顔を合わせた。
それを察したのか、ドゥーエが静かに口を開く。

「あなたを殺すチャンスが」
「!?」

 うわ、何物騒なことを言っているのよ。

「ドゥーエ、いい加減にしなさい! 失礼が過ぎるわよ!!」
「いや待ってくれフィーアさん。今はそのまま聞かせてほしい」

 止めようとしたら、あろうことかティファレトさん自身に制止された。

「……いいの?」
「ああ。どうやら今からする話は、話の内容に対する不満ではなさそうだからな」

 ……そういう理由なのか。本当に真摯な人だ。

「ドゥーエちゃん、続きを聞かせてくれ」

 促され、ドゥーエが語りだす。
 その内容はとてもシンプルだった。



「――あなたは話に熱心になるがあまり、目線の注意が乱れる回数が多かった」

「――あんなに夢中だったらナイフで不意打ちすることも、毒入りの飲み物を作って飲ませることもいくらでもできる」

「――あなたが不注意なまま族長になったら、魔物達にとっては都合がいいでしょうね。闇討ちするチャンスが普通の人よりも多いのだから」



 それが、彼女の語った言葉であった。

――そういう目線で見ていたのか。おそらくあの熱心に書いていたメモは、彼が作った隙の詳細を書いていたのだろう。

「…………」
「あなたが不注意なまま族長になったら、魔物達にとっては都合がいいでしょうね。闇討ちするチャンスが普通の人よりも多いのだから」

 確かに言葉は乱暴だけど、ティファレトさんが直さないといけない課題を的確に指摘しているわ。

「…………」

 ミレーヌはあまりにも斜め上な言葉に、逆に絶句していた。さっきまでは嬉しそうだったのに。

「……確かに君の言う通りだ。反省しよう」

 ティファレトさんも神妙に聞き入れていた。
――この人はもう大丈夫だろう。私が心配するまでもなく、彼は自分の欠点に気づいている。それに、きっと良い方向に変わっていくだろう。

「それにしてもよかったよ。彼女と違って話題に不満があるわけではないんだな。母さんに甘やかされているとか言われると思ったよ」

 前向きな人だ。おかげで助かったわ。――でも、ドゥーエはどうしてそこまで気づけたのだろうか。
 私は全く想像できなかった。まさかこの子がこんなことにまで洞察力を向けているとは思わなかったから。

「……ねーフィーア。まだ着かないの?」

 二人が仲良くしているのが気に入らなくて、ミレーヌが急ぐようせかしてきた。

「まだ半日はかかると思うわ」
「えーそんなにー……?」
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