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黄金の魔女フィーア (旧版)

獄炎の魔女
「ヒエエエー!!」

 振り向いたら一匹のゴブリンがいた。武器も持たず私の方へ来る。まるで逃げてきたみたいだ。

「タス、タスケテッ!!」

 泣きながらの懇願。敵である私にすがりつく。一体何があったの?

「ウッギャアー!!」

 状況を聞こうとしたら、ドゥーエがナイフを突き立て引きはがした。

「…………」

 引きはがしてすぐ、胴にめがけて何度もナイフを突き立てる。一片の慈悲もない。ゴブリンは苦しんでいたが、次第にその声も聞こえなくなった。

「……お前のような下等生物が、お母様に触るな」

 ……この子の困ることはもう一つあるのよ。それは敵を認識したら勝手に殺してしまうこと。おかげで何が起こったのかを聞けなかったわ。
 ……まあ今回は目をつむりましょうか。助けた後で裏切る可能性もあるから、一概にも間違ってるとは言えない。

「……フィーアさん。何か倉庫の奥から光が見えるぞ」

 倉庫の奥……そう言えばまだ調べていなかったわね。見えるのはオレンジ色の光。まるで炎が揺らめいているように見える。
――この光は破壊の前触れだった。爆音と共に一気に炎が噴き出す。倉庫の奥は炎に包まれた。

「……!?」
「何だあれは!?」
「まずいわね、何か来るわよ!!」

 炎の発生源に人影が見える。現れたのは死んだはずのエミリー。目は赤く光り、両腕は燃え上がり焼きただれていた。

「……まずい、アンデッド化している!!」

 間に合わなかった。私は浄化魔法を使えないから、こうなったらもう破壊するしかない。

「ゴアァー!!」

 金切り声と共に放たれる炎。逃げるしかない。全員がバラバラの方向へ。背には燃え上がる爆炎が迫っている。
 第二波だ。狙われたのは私。滑り込むように物陰へ逃げ、やり過ごす――間に合ってよかったわ。
 間違いない。この炎は魔法によるものね。上質なアンデッドとは、魔法を使うことができるアンデッドか。噂では魔法使いの死体に魔力を注ぐことで生前より強力な魔法を使えるようにする方法があるそうだけど……?

「アアーオオー!!」

 金切り声と共にまた炎の音。また私を狙ったのか。

「ギィィィアァァー!!」

 ゴブリンが助けを求めたのは暴走した彼女に仲間を殺されたからだろう。そう考えたら一匹しか来なかったのも納得だ。敵に助けを求めたことにも説明がつく。
――さて、どうすればいいかしら。あの火力では近づけない。正面から挑めば炎の餌食。だからと言って逃げ続けることもできない。あの火力は放置したら甚大な被害が出る。私達が殲滅しなければならない。
 射程は彼女の方が長い。仲間とも離れている。こんな状況でどうやって彼女を倒す……?

「はあああぁぁぁぁー!!」

――今のはドゥーエの声!? エミリーに向かって飛び出したの!?

「ダメよ、下がりなさい! 彼女はあなた一人の手に負える相手じゃないわ!!」
「やあぁぁー!!」

 ……なんで、なんで言うことを聞かないの!? これ以上は本当に危険なのに。もしかして、自分を犠牲にしてでも彼女を倒すつもりなのかしら……!?

「ゴアァー!!」

 案の定標的にされている。視線の方向が完全にあの子の方だ。

「キィエアァー!!」

――エミリーが走る。燃え上がる拳が振り下ろされた。
 それでもドゥーエは構わず進む。横にそれ、反対の腕にナイフを突き立てる。

「ゴアッ!?」

 だけどエミリーがダメージに反応して振り向く。

「キィエアァー!!」

 強烈な横振り。衝撃に吹き飛ばされると共に、ドゥーエの顔が焼け焦げる。これがアンデッドの動きなのだろうか……信じられない程に速い。

「フィィィアァァァー!!」

 ……私の名を叫んだ?

「オマエガッ、オマエガイナケレバァァァッ!!」

 憎しみの言葉を吐き出し、ドゥーエを殴り伏せる。どうやら私だと誤認しているようだ。

「フィーアさん、大丈夫か!?」

 そこにティファレトさんが来た。どうやらドゥーエに注意が向いているおかげでここまで来れたようね。

「……何とか」
「なら作戦開始だ、いいかな!?」
「……ええ」

 ……本当は助けに行きたい。けど無策で挑めば私も殺される。そうなれば事態の更なる悪化を招く。

「これは私の個人的な見識だが、彼女は消耗戦に弱い。今ドゥーエちゃんが白兵戦を挑んでいる間に何度もチャンスがあるのに、魔法を使っていない」

 ……というよりは、一方的にいたぶられているのだけど。でも耐え難い苦しみを与える手段を持っているのにそれを使わないのはおかしい。
 その理由は魔力切れによるものなのか……温存している可能性もあるけど。

「もう一つ。彼女の炎は強力だが、彼女自身はそれへの耐性を持っていない。あの焼けただれた腕が証拠だ」

 確かに、炎を使うために生み出されたなら、自身の炎でダメージを受けないように調整しなければならない。それがされていないということは、炎を使うことに特化した想定をされていないのか。
 あるいは注いだ魔力が多すぎて、強化しすぎたのかもしれない。

「アアーオオー!!」

――エミリーはまだドゥーエを殴り続けている。動かなくなったのにも関わらず、やめようとしない。
 これも生前の記憶が歪んで残ってしまったがためなのだろうか。
 だけど、それだけ集中しているならチャンスにできる。満足するまでは振り向かないはずだ。一度だけ自由に攻撃できる。

「……ティファレトさん、あなたはここにいて。彼女は私が責任もって倒す」
「……何か思いついたのか?」
「ええ。あなたの言葉がヒントになったわ」

 待っていて、今解放してあげるわ。
 一歩一歩、足音を立てないように近寄る。燃え上がる炎の音がかき消してくれたのか、エミリーは全く気が付かない。
 ……よし、ここまで来ればいけるわ。

「エミリー」
「アァオゥッ?」

 声をかけたらさすがに振り向いた。

「たあっ!!」

 今よ、ここでビンを投げつける!!

「オォッ!?」

 腕でガードすると同時に、ビンが割れる。
――その瞬間、エミリーの炎がより強く燃え上がる。自身すら焼き焦がすほどに。

「アアァァァー!!」

 全身が燃え上がり苦しむエミリー。投げつけたのはランタン用のアルコール。炎への耐性がないのなら、これが一番確実。
――地面に伏してなお、私をにらんでいる。恨みまでは消せない……かしら。だけど私への怒りが今の彼女の原動力ならば、私が責任もって救うべきだ。この死が報われるものと信じたい。

「アアアオォォー……!!」

 もう大丈夫よ、これが最後の苦しみだから。さようなら、エミリー……
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