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黄金の魔女フィーア (旧版)

地上階でも……
「…………」

 言われるがままに、全ての部屋の引き出しとクローゼットを調べるテオドール。今調べているのが最後の部屋だった。

「どーお? 何かあった?」
「……いいや、さっぱりだ」
「……ということは、結局何も見つからなかったねー」

 後ろから聞こえるガッカリするような声。もっともテオドールは別に落胆などしていない
 彼は報酬金目当てで仕事を受けているだけである。生きて帰れたらそれで金が貰えるのだから。だから彼はこの結果に全く不満はない。

「さ、終わったから降りるよ。先頭頼むわよ」
「……ああ」

――何事もなく戻れた彼ら。何よりのことである。しかしテオドールは心の中で強い疑問を抱いていた。

 率直に言って、この屋敷は何かおかしい。火事場泥棒が金品を持ち去ったかのように何もない。
 しかし本当にその通りなのだろうか? もしそうなら犯行の後にどうやって逃げる? 彼が感じた疑問はこの二つ。

 魔物の巣窟と化したこの村から逃げおおせるのは無理がある。すぐそばにはあの巨大な魔物がいた。運良くテリトリーを抜けたとしても、ゾンビの大群が待っている。大方食い殺されるのがオチだろう。
――今はこれまでの人生で最も危険な局面である。彼はそれを理解していた。

 これだけ疑問に思うことがあるのだ。この村には何か大きな陰謀がある。この疑問への答えはそうだとしか考えられない。

「クソ……どうなってやがんだよ……」
「え、テオドール? どうしたの?」
「…………」

 これを聞いて、仕事のことは真剣に考えているんだな、とテオドールは感心した。

「ああ、それッスか。この騒ぎがなんで起きたのかを考えていたんスよ」

 階段を降りたところで立ち止まり、説明をするテオドール。己が感じた違和感を一つ残さず言葉にした。

「――というわけッス。おかしいと思わないッスか?」
「……確かに。自然災害ならフワフワのベッドが残っているはずがないわよねえ」

 どうやらミレーヌも理解できたようである。注目するところがベッドなのは気になるが、それでも彼は主張が伝わったことに満足した。

「とにかく、このことはフィーアさんとティファレトさんにも話した方がいいッス」
「そうね。合流を急ぎましょ」

――その時、金切り声が響いた。

「…………!?」

 間違いなくそれは、エミリーの声であった。

「ねえ、何かあったのかな?」

 当然のことである。

「……たく、今にこうなると思ってたんだよ。早く助けに行きましょう」
「待って、奥から何か聞こえるよ?」

――聞こえるのは足音。聞こえる音は一人分だけ。しかも走っているような音でもない。
 あの三人が別行動をしているとしても、あんなことがあったならエミリーを助けに行っているはず。となると、この足音はあの三人ではない。
――待っていたら足音の正体が来た。二メートルを超える身長の胴体が太った男。頭髪はないが精悍な顔をし、肌は浅黒い。トロールである。

「……誰だあんたは?」

 警戒心をむき出しにし、問いかける。
 彼はトロール戦ったことがあるのだ。その時は大変苦しい戦いになったことをよく覚えている。

 トロールはこう見えても人並みに賢い。戦い方は怪力を生かした勇ましいものだが、その中で彼らはいかに効率よく重い一撃を放つかを考えているのだ。
 専門的な学問ではさすがに人間に劣るが、戦闘に支障をきたす程愚鈍ではない。
 知性と怪力の両立、それがいかに恐ろしいことであるか。少なくともテオドールはよく理解していた。見方次第では橋で戦った魔物より恐ろしい存在であると。

「…………」

 無言で構えるトロール。対話に応じる気はない。それを察したテオドールも剣を取る。

「答える気はないんスね」

 返事なし。本気で殺すつもりのようだ。
 相手の構えたのはウォーハンマー。長柄の先には両口型の鉄塊がついている。その重量から繰り出される一撃がどれ程重いかは、もはや説明不要
 二人はお互い重量武器を得意とする戦士。どちらかが隙を見せれば一瞬で決着がつく。

「生憎だが死んでもらうぞ、小僧

 緊迫した空気の中、言葉を発するトロール。

「悪いけど死ぬのはあんただ。俺には生きなきゃいけない理由がある」

 負けずと言い返すテオドール。

「そうか。まあそうだろうな」

 彼が言い返した途端、トロールの精悍な顔が微妙に笑ったような気がした。
 一方でミレーヌはその間に後ろへ下がる。このまま近くにいれば巻き込まれる。しかも彼女の魔法は遠距離型。距離が近ければその利点も生きない。
――二人の距離はすでに五メートルを切っている。その気になればお互いしかけられる距離だが、テオドールは動かない。彼が警戒しているのは自分の攻撃をかわされた後のことだ。

『行くぞ!!』
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