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深緑の魔法使い

07 星座
 馬車はすぐに見つかった。というのも、セドの頼み方が上手いのと、ノエラに貰ったペンダントがあったお陰だ。
 商人の名は、ゾレンといった。何十年もシオドルとソルホを往復しているベテランだ。

「お二人は、ご夫婦ですかい?」

 馬を駆りながら、ゾレンが聞いてきた。

「いえ、違います。彼はあたしの護衛です」
「そうかい。あまり仲がいいもんでさ、てっきりそう思っちまったよ」

 仲がいい。傍目には、そう見えるらしい。確かに、この何日かは一緒に夜を過ごしたが、ほとんどは他の旅人と雑魚寝だった。何も起きちゃいない。

「マヤ、本当に夫婦になるか?」
「何言ってんのよ、バカじゃない?」
「ほれ、やっぱり仲いいじゃねえか」

 ゾレンは、今のやり取りのどこを聞いて、そう思ったのだろうか。あたしは聞かないことにした。



 最初の一日は、穏やかに過ぎた。あたしたち三人は、他愛もない話をしながら、ごく気楽な旅をしていた。二日目の夕方までは。

「ニャアアア!」

 けたたましい声で、使い魔の黒猫が鳴きだした。

「ゾレンさん、馬車を止めて下さい!」
「何事かね!」

 慌てて馬車を降りて辺りを見渡すと、前の方から、馬に乗った三人組が近づいてきたのが見えた。黒猫が反応したということは、危険だ。

「セド、きっと危ない奴らだわ」
「そうみたいだな」

 見ると、先頭にいる男はナタを持っている。他の男も、何かしら武器を持っているようだ。セドが男たちの方に駆けだした。

「お前さんたち、ソルホに行く馬車だな?」

 セドは答えない。商品を狙う盗人だとわかっているからだ。

「悪いが、ちょっとばかし品を分けてはくれないかな?」
「こ、断る!」

 ゾレンは震えながら馬車を守ろうと立ち上がった。すると、男たちは武器を振りかざしてきた。

「ゾレンさん!伏せていてください!」

 セドはそう叫び、ナイフを取り出した。あたしも念のために、魔法の詠唱に入った。
 一本目のナイフは、ナタによってカキンと振り落とされた。続く二本目は、空を切ってしまった。

「ちっ!」

 男たちとの距離が、段々狭まってくる。あたしは意を決して、炎の魔法を繰り出す。

「はあっ!」

 手のひらから発した火の玉は、後方にいた男の一人に直撃した。男たちはどよめいた。

「魔法使いがいるだと?」
「こいつはやべえよ、撤退しようぜ!」

 男たちはくるりと向きを変え、そのまま行ってしまった。あたしは力が抜け、その場にへたり込んだ。

「マヤ、大丈夫か?」
「うん、平気」

 セドが差し出した手を取り、あたしは立ち上がった。けれど、まだ自分の身体が震えているのがわかる。使ってしまった。普通の人間に、攻撃魔法を。

「お、お二人のお陰で助かりましたよ!」

 見ると、ゾレンも身体を震わせている。馬も興奮していることだし、あたしたちはしばらくその場にとどまった。

「この辺りには、よく物盗りがいるんですか?」

 セドが訪ねた。

「いんや、珍しいな。わしも長いこと商人をやっているが、危ない目に遭ったのはひどく久しぶりですわ。お二人がいなかったら、今頃どうなっていたやら」

 震えがようやく止まった。あたしは黒猫を抱き寄せ、喉を撫でてやった。

「それにしても、凄いなマヤ!あんな魔法使えるだなんて、知らなかったぞ!」
「あたしも、人に向けて使ったのは初めてだよ。命中するとは思ってなかった」
「あいつら、マヤの存在にびびって逃げ出したようなもんだからな」
「魔法使いさんを乗せて、本当に良かったさ」

 これだけ褒められると、さすがのあたしも照れる。その夜は、見張りを厳重にすることにし、一人が眠ってあとの二人が起きていることにした。



「マヤさん、交代ですぜ」
「はい、ゾレンさん」

 あたしは馬車からもそもそと這い出し、セドの元へ向かった。

「よう、マヤ。よく眠れたか?このまま朝まで起きることになるけど」
「ええ。ダメだったら、昼間に寝ればいいしね」

 馬を駆る必要があるため、ゾレンの持ち時間はなるべく短くしていた。

「それよりマヤ、大丈夫だったか」
「何のこと?」
「魔法で人間を攻撃するの、初めてだったんだろ。ほら、俺はそういうの慣れてるけどさ。震えてたから」

 あたしは思わず目を伏せた。セドにはきちんと見られていたのだ。
 旅に出る前、あたしは荒事に巻き込まれることを多少は覚悟していた。レドリシアで襲われたときも、さほど恐いとは思わなかった。
 しかし、自分が他人を害することについては、覚悟が足りなかった。そういう場合もあるはずだと、予想できたはずなのに。

「正直言って、気分のいいものじゃなかったわ。でももう大丈夫。ありがとうね」
「それならよかった。そうだマヤ、上を見てみろよ」

 その日はよく晴れていて、満天の星空が見えた。じっと見ていると、吸い込まれてしまいそうなくらい。

「あれ、何の星座かな?」

 セドが、一際大きく輝く星の一群を指して言った。この世界にも、星座というものはあるらしい。

「あたしには、魚に見えるわ」
「そうか、魚か」

 セドは空ではなく、もっと遠いどこかを見つめているかのようだった。

「俺、ずっとマヤの側にいるから。マヤを守るから」
「当然よ。賃金、払ってるんだからね」

 まるで恋人みたいなセドの言葉に、どうしてあたしは可愛くない返事をしてしまったのだろう。セドはプッと吹きだして、それからしばらくは、黙って星空を見上げていた。
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