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特二!

-自転車乗りと人質-
「君は~覚えているかしら~野ざらしに~した自転車を~
  ハンドルさばきの下手なボク~いつも~悲しみまっしぐら~♪」
「なんだよ、その昭和クサい歌」
 自転車のブレーキをゆっくりとかけ、林田 武は、不満げに振り向いた。後ろでは、深迫 美雪が、荷台に両手をかけ、しっかりと抑えている。
「え? ああ、こんなフォークソングがあったんだよ、昭和に」
「不吉な歌、やめてくれる? ただでさえ怖いのに」
 『警視庁特殊能力対策二課』所属の深迫 美雪は、いま元・ひきこもりの少年の久しぶりの自転車乗りに付き合っている。当然のように、少年・武も特殊能力を有していて、美雪は事件関連で出会った武のアフターケアと称して、自転車の練習を手伝っている。
「失敬な。この曲はね、自転車のふらつきと、青年時代の恋心のふらつきをかけた・・・」
「ふらつく言うな!」
 そう、武はひきこもり生活が長期にわたったため、残念な事に、自転車に乗れなくなっていたのだ。だが、軽く日焼けし始めた武の肌をみて、美雪は内心喜んでいた。まあ、出会い初っ端に、パワーで壁にたたきつけられた事を思うと、言葉は乱暴でもかなり武は心を開いてくれていると、感じられるのだ。
「パトカーの音がする」
「はい?」
「武くん、はい、まっすぐ。まーっ直ぐ行くよー」
「いやいやいやいや・・・」
 美雪は強い力で荷台を押すと、半ば、無理やり事件のあったと思われる方向へと武を誘導し始めた。火事のサイレンじゃない。パトカーのサイレンが、閑静な住宅街に響く。
 やがて、怒号の飛ぶ現場がほど近い事が二人にもわかった。
「あっちいけ、こらぁ!!」
 子どもが、人質に取られている。包丁を持った男が、アパートの外階段を、子ども連れで降りてくる。男が顔見知りなのか、子どもは気丈にも泣かない。
「武くん、ちょっと待ってて」
「って、おい」

 美雪は、警戒して近づけない警察官に、手帳を見せると、両手をあげ、声をあげた。
「何の要求か知らないけどー! とりあえず落ち着いてください」
「なんだ、お前??」
「警視庁の者です。って、今は非番ですが。人質を解放して、私と交換してください。
子どもを人質にとるのは、法律で重罪とされます」
 むろん、そんな法律は、ない。美雪の能力は、ハイ・ジャンプ。5mは一気に跳べるが、この際その能力は役に立たない。武は、自転車を持ったまま、美雪を見守っていた。
「子どもを放してください。私が人質になれば、交渉は有利になります。拳銃も持っていません。非番ですので。子どもと交換です」
「よ・・・よし、いいだろう。お前、こっち来い」
「深迫さん!」
「武くん、あと、よろしくね」
 少しずつ、美雪が男に近づいていく。『あと、よろしく』?? 武は、頭の中で色々な事を思いめぐらせた。どういう意味だ?? 二課に通報しろってことか? いや、違う。じゃあ、一体、何をよろしくされたんだ??
 とん、と背中を押されて、子どもが解放される。瞬間、武の中で何かが閃いた。
「深迫さん!!」
 武は見えない右手で、子どもを掴むと、見えない左手で、自転車を男目がけて放り投げた。
美雪は武の声と同時に、ハイ・ジャンプをかまし、アパートの屋根に降りた。
 武が子どもを抱き寄せると、美雪が屋根から叫んだ。
「確保ー!!」
 それまで唖然としていた警官隊が、わっと男に押し寄せる。子どもは、武の腕の中で、ようやく泣き出した。
「武くん、ナイス“ビッグ・ハンド”-!!」
 武の能力は、見えない“大きな手”。一種の念動力である。大きな手で押しつぶされる感覚を、身をもって体験したことのある、美雪ならではの機転だった。
「僕が気づかなかったら、どうしてたんですかー?」
「武くん、頭いいから、気づいてくれるって、思ってたー」
「どうやって降りるんですかー?」
「んー、そこまで考えてなかったー」
 あははと美雪は笑い飛ばした。
 この事件を機に、武は能力学校に進学を決め、後に特殊能力対策二課の課員となる。コードネームは、もちろん“ビッグ・ハンド”である。
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