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バーボチカの冒険 激震のフロンティア

最後の戦い
 クラークを倒してつかの間の平和を手に入れた一行。しかし敵はもう次の攻撃の準備をしている。この平和は互いにとって、最後の戦いのための準備を進めるためのもの。偽物の平和であることは、間違いない。
 そして今日が、商会が軍団再編を終わらせ、ついに侵攻してくると予知された日。

「メドゥーサ様から伝令でス。迎撃部隊が敵艦隊への攻撃を開始しましタ」

 今二人は戦士長をはじめとしたギルマンの精鋭部隊と共に、地上の村にいた。
 ここはこの島にたった一つだけある地上魔物の住む村。

「これで少しでも数が減ってくれたらいいんだけどな」

 楽観的な期待をする地上魔物の指揮官、オーガのアーチラート。と言ってもそれは口先だけで、本心ではお互い多くの血が流れることを覚悟しているのだろう。
 それも全て、これから起こる戦乱の規模を彼だけがあらかじめ聞いているからだ。

「我々も力の限りを尽くス。だがお前達も自分の身を守れるようにしておくことダ」

 この島においてギルマンと地上魔物は不可侵協定を結んでいる。
 と言ってもその実態は力の強いギルマンが一方的に結んだもので、メドゥーサへの貢物の献上を条件に維持されている明確な搾取行為だ。
 地上魔物は滅ぼされるよりはマシと思っていて、このような有事の際は共同して島を守るように話が通っているから、搾取されていることを自覚しながら従っている。

「…………」

 対等に接する彼らをよそに、浮かない顔をしていたバーボチカ。実は地上魔物達は、アーチラートを除いてビーコンという魔法のことを何一つ教えられていない。ビーコンを受けた彼女自身も、彼らの将であるアーチラートも、共にメドゥーサから口止めを受けていた。
 この島の王は口止めの理由として「それが知れ渡れば無用な混乱を招く」と主張していた。実際それは一理あるとして、スカジも賛同している。
 だが彼女は王の真意を見抜いていた。それは主戦場を自らの住処から遠ざけ危険が迫るのを防ぐ囮として、地上魔物を利用するということ。
 あの女なら絶対そう考えている。これまで見てきた彼女の蛮行を顧みれば、嫌でもそう決めつけざるを得ない。
 それにメドゥーサはアーチラートへこういった。

『もし約束をたがえるならば、戦争が始まるより先に私自ら貴様らを滅ぼす』

 この脅しの言葉は、彼らにとってかつての戦争の恐怖を思い出す言葉であった。
 古来の時代、不可侵協定が結ばれる前までは地上魔物とギルマンは激しい戦争を繰り広げており、その当時は地上魔物の方がヒエラルキー的にやや優位であった。
 だがこの島にメドゥーサがやってきた時、ギルマンはあまりにも優れた彼女の魔道の才を見て、彼女を信仰すべき神とみなした。それが今も続く搾取への第一歩だった。
 強大な力を持った妖精であるメドゥーサがギルマンについたことで、地上魔物への攻撃は大魔法による戦争を超越した虐殺へと変わった。そしてその恐怖政治は今も続いている。
 私自ら、その言葉にアーチラートは恐怖し従う他なかった。

「バーボチカ、これが最後の戦いじゃ」
「……はい」

 スカジも当然、それを知っているようだ。そしてバーボチカが己の旧友への憎悪を強めていることも。

「あいつが気に入らんというのはわかる。わらわも気に入らん。じゃが邪念を抱いたまま戦場に立つのは己の身を危険にさらすこととなる。今は戦いだけに集中してくれ。お願いいじゃ」

 この島に侵略の火を招いたのは他ならぬ自分達。横暴なふるまいのせいで信じない者の方が多いだろうが、この戦争の一番の被害者はメドゥーサなのである。
 バーボチカはそれを理解しているからこそ、彼女の蛮行を許さないのかもしれないが。
 だが王の真意がどうであれ、前線で戦う兵達にできることは目の前の戦いに集中することだけである。仲間を守るために、そして自分自身が生き延びるために……





――響く轟音。ついに砲撃が始まった。辺りで立ち上る煙は森の樹々が焼けている証明。精度があまり良くないのか、村に直撃することはほとんどなく、村人達は全員無事のまま砲撃が止んだ。

「スカジ様、再び伝令が来ましタ」
「何があった?」
「攻撃を仕掛けた輸送艦六隻が轟沈。しかし残りの六隻には上陸されました。恐らくこのままビーコンを辿って我々の陣地に直行してきまス」

 やはり地上戦は避けられないようだ。

「ちなみに砲撃は海軍だけが行っていることを確認しましタ。恐らくもう砲弾が尽きたと思われまス」
「海軍に与えた被害は?」
「残念ですが三隻とも健在でス。撤退した攻撃隊によると熟練の魔女がいるそうでス。竜騎士と共に行動していテ、出撃した迎撃部隊の大半が奴一人のために戦死しましタ」
「…………」

 年々弱体化が続く海軍だが、それは組織としての話。兵員個人の中には陸軍にも負けない実力を持った者も当然いるだろう。

{{《!italic》《!green》「最後の手段としてシーサーペントと海竜を船に突撃させましたガ、船に張り付くまでの間に全滅させられましタ。兵員達はこの魔女を『紺碧の魔弾』と呼ビ、上陸を許せば三獣将を超える脅威になると恐れていまス」

 ただでさえ甚大な被害が予想される三獣将及び上陸部隊との戦いだ。そんな魔女に加勢されたらひとたまりもない。

「幸いにも海軍の動向は自分達が直接上陸することに消極的らしいでス。『紺碧の魔弾』も上陸するような動きは見せず、上陸部隊の支援に徹しているようでス」
「上陸してこないことを願うしかないのか……」
「ですが上陸しないことが確約されたわけではありませン。警戒を怠らないようお願い申し上げまス」

 海軍と商会の認識の違い、今の報告にそれが現れていた。彼女らは両者の思惑を想像でしか知ることができないが、この上陸に消極的な動きは確かに両者の関係の冷え込みを現していたのである。

――それからすぐに、村へ近寄る足音が聞こえた。それは間違いなく馬の蹄であった。

「森林で騎兵を使うのか……」

 歩兵相手には圧倒的な優位をもたらす騎兵。
 しかし森のような閉所で扱うのには本来向いていない兵科だ。その上離島に輸送するのは面倒極まりない。
 だがそれを承知した上で投入したということは、相手に対抗手段がないとみなしたということだろう。
――そして、それは本当にその通りであった。

「行けぇぇー!!」

 ついに現れた商会の兵団。その先陣を切るのは倉庫で出会ったノッポの男。三獣将、狂犬のジョージだ。

「…………」

 砲撃が止んでから、あらかじめ樹の上でずっと待機していたバーボチカ。現れた騎兵を一人一人、弓で射抜いていく。
――響き渡る両陣営の雄叫びと断末魔。騎兵相手に村人達は押されているが、バーボチカの堅実な援護とスカジの圧倒的な力によってなんとか拮抗を維持していた。

「そこだな、降りてこい小娘!」

 その中でジョージが、バーボチカの樹に肉薄した。彼の狙いはバーボチカただ一人。他の兵は迎え撃った魔物達と応戦しているが、彼だけは目もくれずにここまで来た。

「降りぬなら叩き落してくれる! クラークの仇だ、死ねぇ!!」

 手に持ったハルベルト、それは指揮官の証。その斧の部分を突進しながら叩きつけた。

「…………」

 切り倒される前に他の樹へ飛び移り逃げるが、ジョージはすぐ体制を立て直す。

「逃がさん!」

 次の突進。だが足場を壊される前にバーボチカは反撃に動く。馬にめがけて矢を放った。

「ぬおっ」

 姿勢が崩れて落馬したジョージ。遅れて馬が劇毒により死亡した。

「今だッ!」

 チャンスを逃がさない。ファフナーの牙を構え飛びかかる、急降下攻撃だ。

「くそ!」

 だがジョージもただではやられない。手を構え魔法を放つ。防御のための障壁を展開した。

「うわっ!」

 無防備に突っ込んだため、はじかれて吹っ飛ばされてしまう。

「今だお前達! この娘を殺れ!!」

 指揮をしながらのジョージの追撃。輝く魔法の弾丸を放ち、バーボチカを撃つ。

「…………ッ!」

 猛攻の前に逃げる。どうやらジョージは神聖魔法の使い手でもあるようだ。

「こいつさえ殺れば全滅してもお釣りが来るぞ! さあ!!」

 無数の弾丸の放ちながらの指揮。しかし兵達は従う気配がない。

「……くそ、さすがに無理か」

 いや、従える状況ではないというのが正しかった。乱戦の中、相手が思ったよりも手強くて正面を見るだけでも精いっぱいなのだ。背を向ければ殺される、それがわかり切っていることなら加勢する暇などないだろう。

「まあいい。だったら俺一人でケリをつける!!」

 諦めて一騎打ちに徹する敵将。ハルベルトを構えた突進だ。ナイフのリーチで勝てる相手ではない。力任せに振り回すだけでも近寄れなくなる。

「仕留めさせてもらうぞ、紅い蝶!!」

――そこでバーボチカは、賭けに出た。

「なっ?」

 あろうことか、アフロディーテから譲り受けた大事なアーティファクトを、敵めがけて投げつけたのだ。

「ハッ、そんな軽い攻撃――」

 あざけりながら刃を盾にして防ごうとしたジョージ――それが次の瞬間、仇となった。

「何っ!?」

 投げられたファフナーの牙が、ハルベルトをチーズのように切り裂き破片へと変えた。それがそのまま彼の顔面へ襲い掛かる。
――再びできた最大のチャンス。無論今度こそ逃がさなかった。予備のナイフを抜き、武器を失った相手に襲い掛かる。

「終わりです!」

 喉にめがけて飛びかかる刺突。一撃で貫かれた相手は、バーボチカの体重に押されて仰向けに倒れる――確かに彼は、死んでいた。

「……はっ、なんだこいつらは!?」

 そのとたんに、敵を見てうろたえだす騎兵達。まるでここに来るまでの記憶が飛んだかのように。
 少しでも怯めば、命とりになるのが戦場――魔物達は即座にたたみかける。これが形勢逆転をもたらしたのは、もはや言うまでもないこと。

「……こ、これは一体?」

 急激な戦局の変動に、優位に立っているのにも関わらず戸惑うバーボチカ。

「おやおや、思ったより番が早く回ってきましたねえ」
「…………ッ!?」



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●作者コメント 本文で語らなかった設定の補足

竜騎士団は我々の世界の軍隊における空軍に当たる組織ですが、それ単体では軍隊と呼べるほど規模の大きい組織ではありません。
結成当時のメンバーが陸軍出身の者が大半だったため、組織としては陸軍の部隊の一つになっています。
ちなみに騎士団を作れるほどの人員がいないだけで、海軍にも竜騎士という兵科の兵士は少数ですが在籍しています。
だから「陸軍が来ないから最強戦力の竜騎士団と戦わずに済む」というスカジの発言は矛盾していないのです。
ちょっと無理のある言い訳かもしれませんけどね(汗)
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