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バーボチカの冒険 激震のフロンティア

三人目の王の寵愛
「ところで小娘、一つ提案なのだが」
「……なんですか?」

 気を良くした暴君の声色は、クラークとの戦いでバーボチカを騙した時とまるで同じであった。

「こんな女よりも私の配下にならないか?」

 そして出てきたのは、無神経な押しつけがましい褒美の提案であった。

「…………」
「今ならこの魚共を束ねる司祭の地位をお前にやろう。喜べ。そうなればお前はこの島で……いや、この近海全てで私の次に偉い女になるのだぞ」

 末恐ろしいことに、提案の内容は自分に忠誠を誓うかどうかがまだ不確定なバーボチカを支配階級に祭り上げるというものであった。

「どうだ? 悪い提案ではあるま――」
「――嫌です」

 だが提案に対して割り込んだのは即答の拒否だった。この女王は突飛な言葉に面食らった。

「……なぜだ? これほど良い条件はあるまい。お前ならこの海の支配者となれる器があるのだぞ」

 その様は断られることすら思っていなかったようだ。

「そのようなものに、私は興味ありません。そこのお魚さん達と違って、あなたに捧げるような忠義なんて私は持っていませんから」
「……なぜだっ!」

 ついに発せられた逆上の言葉。だが――

「あなたからはスカジ様やアフロディーテ様から感じる優しさを感じません。みんなから慕われる王様になるために一番必要なものの一つを、あなただけが持っていない」

――毅然として述べられたのは従わない理由であった。一歩間違えれば逆恨みで殺されかねない危険な綱渡り。特にこの女の前では尚更そうであった。

「それを持っていないから、あなたはお金勲章でしか人を従えられないのですよ」
「…………」
「いい加減にシロッ!」

 そこに割り込んだ戦士長。飛び上がるように水面からあがり、即座にバーボチカへ掴みかかった。

「黙って聞いていれば、キサマ! 非礼ガスギルゾ! 第一メドゥーサ様ハお前の言うヨウナーー」
「よせ、戦士長」
「エッ!?」
「その娘の言う通りだ。私が悪かった」

――それを止めたのは、暴君が生まれて初めて発した謝罪の言葉だった。

「――メドゥーサ様!?」
「そなたも私に忠義を誓う者だろう? ならば私の顔に免じて放してやってくれ」
「……承知、シマシタ」


 主君の予想外の心変わりに、戦士長は戸惑いながらも従うしかなかった。

「……お前の言う通りだ、小娘。この女はともかく、アフロディーテは優しい子だ。あの日里を出ていく直前まで、たった一人で引き留めてくれたのもあの子だったからな」

 話したのはもう一人の妖精王、アフロディーテとのことであった。悠久の時を生きてきた彼女らの思い出は、バーボチカが知りえない情報であったが、その話の内容はアフロディーテの人柄を知っていれば誰もが納得する内容だ。

「お前の言う通りだ。私はあの子のような立派な王ではない。わかった。無理強いはしない」
「……わかってくれたならそれでいいです。それに私は偉くなりたいなんて思ったことは一度もありません」
「ほう?」
「この戦いが終わって島に帰ったら今まで通りの生活に戻ります。それが私の求める、ただ一つの幸せです」
――あの日島から旅立つまで、この少女はただの狩人であった。商会の魔の手から故郷を守れれば多くは望まない。今まで通りのんびり狩りをして過ごせれば満足であった。

「……なるほど。それならお前に司祭の地位は初めから向いていなかったようだな。いいだろう。ならお前の島を守るために全力を尽くそう。お前が受け取ってくれるような褒美はもうこれしか思いつかないが、それでいいか?」
「はい、よろしくお願いします」
「どうしたのじゃ、メドゥーサ。さっきからバーボチカにだけやけに優しいではないか。この子のことがそんなに気に入ったのか?」
「当然だろう。思いあがったお前と比べたらこの娘は常に誠実だ」

 この傲慢な支配者も気に入った相手には甘いようである。

「……ありがとうございます」
「ところでスカジ、他に情報はないのか?」
「一応いい知らせが一つある。陸軍はこの作戦に一切関与しないらしい。最強戦力の竜騎士団とは戦わずに済みそうじゃ」
「そうか」
「ちょっと待て!? もしかしてこの島で戦争が始まるのか!?」

――これまでのやり取りを黙って聞いていたアーチラートも、時間をかけてようやく事情を辛うじて把握したようだ。

「……ああ、そうだ。島の王である私が命ずる。貴様らも島を守るために戦え」
「そんな!?」
「でなければ一人残らず死ぬぞ?」

――残念ながら、これは脅しではない。いくら権限が弱体化していようとも、相手は世界最強の独裁国家に仕える海軍だ。戦火の前では自分自身で身を守らなければ死ぬ。どんなに不服だとしても、従うしかない。

「……わかり、ました」
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