設定を選択してください。

バーボチカの冒険 激震のフロンティア

戦いを終えて
「…………」

 とっさにかわしたバーボチカは、何とか難を逃れることができた。だがクラークの放った魔法の余波はすさまじく、射線上の物体全てが消失し、その遥か先の空に紅い光が輪を作り出していた。

「……ダイジョウブッカ?」

 戦士長達も全員無事だったようだが、戦地となったこの村には大きな爪痕を残す一撃だった。村人はほぼ全滅し数少ない生存者も完全に恐慌状態。再び村が作られるには、かなり遠い年月がかかるだろう。

「……私は大丈夫です。それよりも生存者の救護をお願いします」
「フン、ソンナモノハ、他の村ノ連中にやらせればイイ。早速来たみたいだゾ」

――響き渡る雑多な足音の数々。近くに集落をつくっていた他の地上魔物達が、あのすさまじい轟音を聞きつけて様子を見に来たのだ。

「…………」

 あくまでも地上魔物の死は自分達にとって他人事という姿勢に、異議を唱える気もなくすほどにバーボチカは辟易していた。彼らは一貫してメドゥーサの命令だけを守ればいいと考えている。島を守るために同胞でも何でもない地上魔物がいくら死のうと、同胞達の安寧とメドゥーサへの忠義さえ守り続けられるのなら、彼らにとっては何も興味がないことなのだ。

「……おい、あんたら。一体どうなっているんだ!」

 迫ってきたのはその中のリーダー格と思わしきオーガであった。

「オオ、アーチラート殿。久しいナア」

 戦士長はこの男と面識があったのか、不気味な程に冷静な挨拶をかわす。

「お前、ギルマンの戦士長のハイドラだな? ここで何があった? 答えろ!」
「ココデあったのハ、島を守ルための聖戦ナリ」

――うわべだけのきれいごとに対して、バーボチカはカッとなるのを必死で抑えた。

『戦士長、ご苦労だった』

 そして再び響き渡ったのは、憎き支配者の声であった。

「ヲヲッメドゥーササマッ!」

 今度彼女がテレパシーの媒体としたのは薄紫の毛が生えた鳥であった。

『今スカジが戻ってきた。お前もアーチラートとバーボチカを連れて直ちに私の下へ戻れ』
「ハハッ、承ッ知シマシタッ」
『そういうわけだ、アーチラート。貴様にはわらわから大事な話がある。命が惜しくば一人で来い。他の村人は誰も連れてくるな』



 それから洞窟に戻った一行。戦士長は慣れない地上を歩き、バーボチカとアーチラートの二人を主君の下へ連れていく。

「メドゥーサ様、タダイマ戻りましタ」
「よくやった。もう一度確認するがクラークは確かに討ち取ったのだな?」
「ハイ、メドゥーサ様。敵将クラーク・エジネットの戦死ハ、このメで確認しましタ」

 敵将打倒後、彼らはその死体を川に流すよう指示を受けていた。メデゥーサ直轄のこの島は、他の島以上に水地のギルマン達の連携が固い。
 残党狩りを命じられた者の一人が死体を見つけたことで、敵部隊が総崩れになったことを確認できたようである。
 その報告に合わせるように、別動隊のギルマン達は乱雑に切り取った大将首をメドゥーサにささげた。

「よいだろう。下がるがよい。後で褒美をやろう」
「ハハッありがたキ、幸セ」

 不気味なほどに一定した冷静さを見せてきた彼らも、主君に褒美をやると言われたら嬉しいのか、少なからず元気良い声を発して住処へと帰って行った。

「…………」

 一方でまだ何も説明を受けていないアーチラートは、何が起きているのかを全く把握できていないようだ。あまりにも怪訝な表情にバーボチカも、少なからず気持ちを汲むような顔をしている。

「おお、バーボチカ。戻ったのか」

 メドゥーサの話が終わったところで、スカジが喜び戦士を凱旋した。

「妖精王様!」

 クラークとの戦いで彼女は何度も死を覚悟した。再会が叶わなくなる可能性を少しでも意識した後だから、思わず感動の涙を発して抱き合う。

「……ところでスカジよ。それよりこやつらはなんだ?」

 その感動に水を差すように発せられた、怒気の言葉。杖を向けた先にいたのは商会の兵士達。

「見ての通り捕虜じゃよ」

 説明を受けたメデゥーサは、途端に気分を害したような冷たい顔を見せる。

「目障りだ。殺せ」

――下したのは、身勝手な審判。

「ちょっと待て、いきなりそれはないじゃろ」
「黙れ。私の島を汚した無礼者共だぞ。早く殺せ。もたもたするなら私自らが処刑するぞ?」

 杖を振り上げ怒りを示す。

「いーや、こやつらからは情報を聞き出す。それが終わったらわらわの島に――」

 主張が終わるよりも先に、また魔法で石を投げつけるメドゥーサ。相変わらず、当たるより先にかわされたが。

「……ッ!」
「やはりお前から始末した方が良さそうだな」

 ついに黙ってにらむだけになったスカジ。あまりのもひどい狼藉の数々に、怒りすら飛び越して呆れていた。
 メドゥーサはスカジよりもはるかに魔法の才に優れた大妖精。氷魔法の扱いだけなら自分が勝てると知っているが、相手は様々な系統の魔法を極めている。応用力においては何一つスカジに勝てる要素はない。バーボチカを守りながら戦うのには分が悪い相手だ。

「メドゥーサさん、いくらなんでもひどすぎます! 妖精王様、もう怒る気すらなくしていますよ!!」
「小娘、お前は黙っていろ」

 バーボチカが諫めるが、この独裁者は聞く耳を持つはずがなかった。

「ここは私の島だ。私の島のルールは私が決める。相手が他の島の王だろうが関係ない。私の島に来たからには私に従え。それが出来ないというなら今すぐ失せろ」

――まくし立てと呼ぶには、明らかに冷静すぎる口調で飛び出した数多の暴言。これにより、バーボチカもスカジと同じ境地へたどり着くこととなるのは、もはや説明するまでもない。

「……メドゥーサ様」

――しかしそこに一人のギルマンが現れる。戦士長は話を横から聞いたのか、水面から他の者に増して精悍な顔を浮かべて異議を唱えた。

「僭越ですガ、私も彼らヲ今すグ殺すのハ反対でス」
「なにい?」

 全く想定していなかった異議に戸惑うメドゥーサ。

「戦士長、それはどういう意味だ? 納得できるように説明しろ」

 自分のしていることが信頼していた部下にすら反対されるほどの愚案だと、彼女自身は自覚していないのか、不愉快そうに問う支配者。だが戦士長は何一つ臆することはなかった。

「メドゥーサ様がお怒りになられるお気持ちハ、わかりマス。デスガ、情報を聞き出すことは彼らの言うトオリ、非常に有意義なことでありまス」

――その様はバーボチカにとって、まさしく予想外であった。

「我々も全力を挙げテ、沿岸部で諜報を行っていまス。デスガ、地上のことを知りたいのナラバ、ヤハリ地上の者を尋問するのガ一番確実デス」

 それも、彼らにしては珍しく肯定的な方向で。先の戦いで彼らはメドゥーサの命を守ることに盲目的であったが、主君の間違った提案には進言をすることができるのだと。

「……ふむ、そうだな」

 それも、この暴君でも納得するような諭すような言葉で。感情が希薄な種族であるからこそ、彼らは議論の場では決して感情的にならない。

「ソレガ終わってかラ、罰を下すノモ、決して遅くないト私は考えまス」
「……確かに、お前の言う通りだな。よかろう」

 この暴君が素直に進言を聞いたのを見て、二人はびっくりした。この暴君には部下の筋が通った進言を聞くことができるくらいの器はかろうじてあったのだ。信頼関係のあることが前提だとしても。

「情報を吐かせろ」

 この場で殺されるのを免れた五人が、わずかに安堵した。

次の話を表示


トップページに戻る この作品ページに戻る


このお話にはまだ感想がありません。

感想を書くためにはログインが必要です。


感想を読む

Share on Twitter X(ツイッター)で共有する