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バーボチカの冒険 激震のフロンティア

炎の妖精王フレイヤ
 作戦会議が終わった後のこと。作戦に必要な材料を用意するためにバーボチカは、アフロディーテと共にある場所へ向かっていた。
 それは森の秘境の奥深くにあるという、異なる大陸へ転移するためのゲート。その先は生きながら燃え盛る植物が無数に生えた炎の大地であるという。
 そこにいるのは、スカジとアフロディーテの友である炎の妖精王『フレイヤ』。二人は彼女に協力を求めるため、その場所へと向かっていたのだ。



 妖精王の案内の下、燃え盛る花が連なる険しい山道をひたすら歩く二人。しばらくすると、目の前に巨大な樹が見えてきた。
 まるでこの世の終わりを連想させるような赤い空と黒い雲、そしてそこに浮かぶ巨大な青い炎。
 その樹の頂点に立つ、青いドレスを着た長く青い髪の女性こそが、妖精王フレイヤであった。

「やあ、アフロディーテ。どうしたんだい?」

 女性にしては低めの音域をした、豪快な声。しかしどこか気品を感じさせるものだった。
 アフロディーテとは顔見知りらしく、親しげに話しかけてくる。
 バーボチカはただ黙ってその様子を見ていた。彼女にとって、フレイヤは初めて見る存在だ。
 燃えさかる青い炎と同様に鮮やかな青い髪、整った目鼻立ちと鋭い瞳、全身から発する強い熱。彼女が炎の妖精王と言われる所以がそこにはあった。

「フレイヤ。あなたにお願いしたいことがあります」
「ふーん、なんだい?」
「私達は軍艦を破壊するためにあなたの爆薬を必要としています。どうか分けてもらえないでしょうか」

 アフロディーテの言葉に、フレイヤは笑みを浮かべた。

「ああ、そういう話? 別にいーけど」

 ほぼ即答の快諾。あまりにあっさりとした返答にバーボチカとアフロディーテは驚いた。
 しかし、よく考えてみれば当然の話かもしれない。妖精族は皆、同じ里で育った同胞に力を貸すことをためらわないからだ。

「――だけど条件がある」

 だがすぐに真剣な表情になった。ここからが本題ということだろう。
 アフロディーテは身構えたが、フレイヤの出した要求は意外なものであった。

「アフロディーテ、その爆薬ってその子のために使うんだろ?」

 即座にバーボチカを指さすフレイヤ。バーボチカは思わず身をこわばらせた。
 確かに彼女の言う通り、アフロディーテはバーボチカのために爆薬を求めている。
 妖精王は妖精の中で一番優しい心を持っている。だから、アフロディーテとスカジが彼女の故郷を救うために戦っていることを知っている。

「だったらその子の戦士としての才能、見せてみなよ」

 そして彼女は、バーボチカに力試しを提案したのだった。
 燃える花が咲き乱れる中、バーボチカへ試練が課された。





「まず初めに、力の試練だ」

 フレイヤは特段戦いを好む性格ではない。しかし、面白いものを見るのは大好きであった。
 バーボチカの目の前にいるのは炎のたてがみを持った獅子。この獅子はその見かけの通り炎を操る魔物である。炎を吐き、そして纏う。
 その炎に触れたものは、たちまち灰となる。直撃すれば命はない。そんな危険極まりない相手と戦うバーボチカであったが、彼女は全く臆することなく果敢に攻め立てている。

「――っ!」

 毒を塗ったナイフを握って、ファイアライオンの懐に飛び込んだ。
 そして渾身の一撃をその腹に叩き込む。ナイフには強力な出血毒が塗られている。
 ファイアライオンの動きが鈍くなったのを確認し、さらに追撃を加える。今度は心臓に狙いを定め、深々と突き刺した。



「まさか子供がこいつに一太刀浴びせるとはね」

 感心しているのか呆れているのかわからない調子でフレイヤは言った。
 バーボチカの連撃と出血毒により、この炎のたてがみをまとった獅子は打倒された。

「おめでとう。力の試練は合格だ」

 フレイヤは微笑みながらバーボチカに言った。彼女は試練を通じてバーボチカの力強さを確認し、自分の力をすがる資格があることを示したことに満足していた。

「次は知恵の試練だ。君の頭脳も見せてもらおう」

――フレイヤは即座に、次の試練を与えた。バーボチカの前に無数の薬壺を置いた彼女は、こう説いた。

「この壺の中にたった一つだけ、可燃性でない薬がある。それを選んでくれ」

 次もまた一筋縄ではいかない試練――だが、薬を扱うバーボチカは己の技術を研ぎ澄ませながらすべての薬の性質を調べ始めた。

「……これです」

――幸いにも、普段使っている薬と近い成分の薬があった。その薬は燃えないことを知っているバーボチカは、即座に見つけ出した。
 燃える薬のことは何も詳しくない。だがそれ故に、普段使っている薬と成分の相違が大きい。

「ワァオ、さすがだね。ちょっと簡単すぎたかな?」

 フレイヤも驚嘆する、その知恵。だが、フレイヤはまだ自信満々であった。

「――でも、次はきっと、君には難しいよ?」



――次にフレイヤが課したのは、勇気の試練であった。

「最後の試練は、君の心の強さを試すものだ」

 フレイヤは言いながら、遠くの空に視線を向けた。何も見えない空虚な場所に向かって、彼女は手を差した。

「ここには、見えないけれども力強い存在がいる。それは君の内に秘められた力と向き合うことで、本当の勇気を見せる試練なんだ」

 バーボチカはその言葉を聞きながら、空に何かが存在するような錯覚に襲われた。しかし、目の前には何も見えない。彼女は心を落ち着け、自分の内にある何かに意識を向けるよう努めた。
――目をつぶった途端、何者かの咆哮が響き渡った。

「!!」

 目を開けた先にいるのは、巨大な蛇のような姿をした、赤黒い龍。

「この大蛇の名は、ファフナー。彼の頭の上からずっと先にある尻尾まで行くことができたら、君に爆薬をあげるよ」

 ファフナー、それは無限の大蛇とも呼ばれる存在。今もなお全世界を飛び回っているという――人の力では決して届かない場所へ辿り着く、試練。

「……わかりました」

 バーボチカは短く頷いた。アフロディーテとスカジの協力を経て見つけたこの場所で、勇気を示す時が来たのだった。

 ファフナーの背の上は、険しい道のりであった。山のように巨大な大蛇の体は、その体の上を歩けるほどの頑強さ。
 大蛇の体ははるか遠く先まで続いているように見える。一体どれだけの長さがあるのだろうか。
 大蛇は激しく暴れ、体を振り回すことでバーボチカを近づけまいとする。しかしそれでも彼女は進むのをやめなかった。
 一瞬たりとも休まずに蛇の背を駆け抜け、そしてついに、尻尾に到達した。

『よくここまで来たね』

 フレイヤの声が聞こえた。

『私が試練を与えたものでここまでこれたものは、この世界に一人たりともいない。君自身がその力を証明したのだよ』

 フレイヤは嬉しそうに言った。
 バーボチカの目の前には、既にファフナーはいなかった。大蛇がうねる音だけがひたすら聞こえた後に、彼女はいつの間にかフレイヤとアフロディーテの元にいた。
 そして彼女は自らの勇気を認められたのだ。

「おめでとう、バーボチカ。約束通り君に爆薬をあげよう」

 フレイヤは約束通り爆薬をバーボチカに手渡した。彼女は誇らしげに試練を成し遂げたバーボチカを見る。

「ありがとうございます。フレイヤ。おかげで上手く行きそうです」
「いいっていいって。これくらい。むしろ私の方からありがとうって言いたいくらいだよ」

 フレイヤに別れを告げ、バーボチカとアフロディーテは森に帰って行ったのであった。










「……ふうー。なかなか面白いものが見れたなあ」

 無謀な試練の数々にひたむきに挑んだバーボチカとの別れ、名残惜しみながらも手を振って見送った彼女は、己の玉座に座りそう説いた。

「あの子はきっと、将来大物になるぞお……ひっひっひ」

 上機嫌に笑う炎の妖精王は、誰よりも遊びが好きであった。

「――フレイヤ。貴様」

――だがその時。

「――!?」

 背後から聞こえた、かつての同胞の声。生まれて感じたことがないほどの、激烈な殺気と共に聞こえたそれに振り向くと、そこには黒い衣服を着た妖精がいた。

「め、メドゥーサ……!?」
「何か嫌な予感がしたと思えば、貴様。スカジに余計な手助けをしたようだな」

 このメドゥーサと呼ばれた妖精もまた、強い力を持つ存在である。
 だが彼女は、妖精王とは呼ばれない。

「……脅かさないでくれよ。それの何がいけないのさ」
「その言い草、既に手遅れのようだな」
「あのねえ、手遅れってどういう意味? 確かに君がスカジのことが嫌いなのは知っているけど――」

 おどけた口調で応じている最中であった――メドゥーサは即座に、水の魔法を放ったのである。

「――!?」

 恐ろしい不意打ちに、慌ててかわすフレイヤ。

「な、なにをするのさ!?」
「今この場では、奴よりお前の方が嫌いな気分になった。そうとだけ言っておこう」

 メドゥーサは事情を全く説明しないまま、彼女から背を向けて去って行く。

「……おい待てよ! 喧嘩するなら、正面からやらないかい!?」
「…………」

 メドゥーサが失せようとしたその時、フレイヤが啖呵を切った。

「……炎しか使えないお前ごときが、私に勝てると思っているのか、フレイヤ?」

 メドゥーサは、彼女達の里で唯一生まれた闇の妖精族。通常の妖精族は、己の司る元素しか扱えないが、闇の妖精族だけは違う。
 闇の妖精族だけは特定の元素にこだわりを持たず全ての元素の魔法を極める才覚を持つのだ。
 その中でもメドゥーサは、炎に有利な水と土を得意としていた。

「そんなもの、やってみなけりゃわかんないじゃん!」
「……よかろう。そこまで望むならば、スカジより先に、貴様からトドメを刺してやる」

 両者の激突に、この炎の国は燃え上がるように激震した。
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