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バーボチカの冒険 激震のフロンティア

出会いと別れ
 そこに再び、泣きながらの怒号が響いた。バーボチカがかばってくれたから、彼女も戦う決意をしたのだ。

「……あなた、それが育ての親に対して利く口なの?」
「うるさい、お前なんて親じゃない! いつもいつも痛くて辛い修行ばっかりで、自由にお外に出れない森の中に閉じ込めて!」

 フィーアの怒りの涙が止まらない。今まで溜め込んでいたものが一気にあふれ出している。

――自由になりたい。外の世界に出てみたい。友達を作りたい。おしゃれをして遊びに行きたい。もっといろんなことを知りたい。
――そして何より、こんな女を喜ばすためよりも、皆の役に立つために魔法の勉強をしたい。

「あの時はすごい魔法使いにしてくれるって言ってくれたからついてきたけど、こんな辛い思いをすると知っていたなら教会の外に出なければよかった!!

 そう、彼女は親のいない孤児なのだ。仮にここから逃げ出せたとしても、頼りになる身よりが全くない。過酷な修行を魔物に囲まれた天然の檻の中で強要される生活を過ごすしかない。

「今のだって、言うことを聞かない相手を暴力と恐怖でしか従えられない証拠じゃないか! お前の言うことなんか、もう聞くもんか!」

 引き取ってもらえた先で、こんな過酷な生活が待っているなど思わずについていった。その判断を今、強く悔いていた。その言葉を師匠は黙ったまま聞いていた。だが、その表情はとても険しい。

――このままではいけない。バーボチカはそれを察した。

 彼女の目から見て、今の師匠は怒りに我を忘れている。普段から高圧的で威圧的、自分の思い通りにならないものは全て力で従えてきたのだろう。少なくともフィーアの証言を聞く限りでは。

「彼女らの言う通りです。明らかにあなたが間違っています」

 そこにアフロディーテが介入した。

「あなたは……?」
「私はアフロディーテ。この森の妖精王です」
「あ、アフロディーテ様!?」

 その名を聞き、途端に腰が引ける師匠。それは彼女の偉大さを知っていて敬愛しているからだ。

アフロディーテ様ほどの方が、なぜこの子をかばうのです!?」

 偉大なる妖精王の制止を不服と感じる師匠。その態度を見て、バーボチカが呆れ果てる。何もかもが身勝手な人だと。その行動はあまりにも情けなく思えた。そんな彼女を諭すようにアフロディーテが語り掛ける。

「確かに事情を知らない私達が彼女をかばうことは、彼女の技術を伸ばす妨げになってしまうかもしれません。ですが彼女の強い拒絶の意思を見るに、あなたは愛情を与えることを怠っています」

 フィーアの感情が爆発する。――そうだ、その通りだ。フィーアが心の底から同意する。
 アフロディーテの言葉に師匠の顔が青ざめる。その表情は図星を突かれた事を示していた。

「ですが、これだけ優れた魔力量を持った子供ならッ!」

 彼女はフィーアに魔法の才を見出した。故にその才を最も早く引き出せるように厳しく接してきた。
 その言葉にバーボチカが首を横に振る。
 魔力量と魔法の才能は全くの別物。どれだけ才能があったとしても、本人がやる気を持たなくては何も始まらない。

「今大事なのは技術論ではありません。あなたのやり方でも彼女は優れた魔法使いになれると思います」

 現にアフロディーテは、即座に否定した。

「ならばなぜ!?」

 一歩も譲らない師匠に、毅然として反論を続けるアフロディーテ。それは愛を最も大事なものであるという信条があるからだ。

「私が危惧しているのは、この子があなたの目指す強さを手に入れた後です」

 もしフィーアが今のまま、師匠の望むような強さを手に入れてしまったら。

「――考えてみなさい。愛情を知らないで力だけを与えられた子供が、人のために己の力を使うと思いますか?」
「…………!?」

 その一言にドキリときて何も言い返さなくなる師匠。
 きっとアフロディーテの言う通り、彼女はとんでもない力を持ちながら思いやりを持たぬ強者を生み出してしまう。

 そうなればもう誰にも止められない。なぜならそれが起こすものはいつだって悲劇だから。憎しみに駆られるだけの破壊や、己の利を満たすためだけに人を欺く悪意。彼らは罪悪感を感じず衝動だけでそれを行う。どちらも愛情を知らないがために起こされる悲劇なのだ。

 そして自分の与えた力がそんなことに使われるというのは、師匠として残すべきでない最も恥ずべき汚点。

「もちろんあなたのように非情に徹することも時には必要です。優しさだけでは手にすることができないものの方が、この世界にははるかに多い」

 アフロディーテは、彼女を師匠の理想とするものだけしか持たない魔法使いにだけにはしたくなかった。

「――そうだとしても、いやそうだからこそ優しさを忘れないで後継ぎを育ててほしいのです」

 フィーアの目から流れる涙は止まらない。悲しみが止まらない。その涙は、自分が幸せになれないことを悲しんでいるからではない。フィーアが今まで感じてきた辛い修行の数々。そして、師匠への憎しみ。

――それを打ち消せるのは、他ならぬ師匠の今後の努力でしかない。

「……確かに、あなたの言う通りです。申し訳ございません」

 ここに来て彼女はようやく、非礼を認めた。

「……ごめんなさいね。焦るあまり、あなたの気持ちを考えてあげられなくて」

 間違いなく遅すぎる謝罪であろう。だが歩み寄る師匠を、フィーアは警戒しながらも受け入れた。

「……フィーアちゃん、仲直りできてよかったね」
「…………」

 まだ心では信じていないのか、黙ったままでいるフィーア。

「安心なさい。これからは時々私が使いを送ります。口先だけの反省と思ったらいつでも私が迎えにきてあげますからね」

 安心づけるための遠回しな警告。それでもアフロディーテは、師匠がやり直すことを信じていた。
 そして、二人の本当の試練はこれから始まるのだ。

「……みんな、ありがとう」
「お礼を言わないといけないのは私だよ。フィーアちゃんがいなかったらあのまま連れ去られていたから」

――決して一人で勝てた戦いではない。どちらかが欠けていたらあのオーガの好きなようにされていた。

「さあ帰るわよ」
「……さよなら、みんな」

 帰って行く二人。失った信頼を取り戻すのには長い時間がかかるだろう。だけど過ちに気づくことができたならまだやり直せるはずだ。
 師匠の改心がかりそめでなければ、いつか少女の氷塊と化した心が溶ける日が来るだろう。

――なお、後にこの少女が後世まで名を継がれるこの大陸で最も偉大な魔法使いとなるのだが、この時では誰もそれを知る由もなかった。
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