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バーボチカの冒険 激震のフロンティア

英雄少女、敗走●
「あなたを刺したナイフに毒を塗りました。少量でも致死量になる出血性の劇毒です」

――バーボチカは、殺人鬼を打倒した。間違いなく、征伐したはずであった。

「……ジェフ君、敵は討ちましたよ。安らかに眠ってください」

 冷酷な殺人鬼の死に、とうとう皆が安堵した。そして一斉に落ち着きを取り戻す。ジェフは還ってこないが、これ以上殺戮の連鎖が続くことはないであろう。
――全員がそう、確信していたはずだった。

「……おかしい、なぜ毒が効いたのじゃ?」

 この状況でたった一人だけ、動揺の顔を見せたものがいた。
それは、さっきまで一番冷静に状況を見ていたはずの、妖精王スカジであった。

「……え?」

 スカジの動揺の言葉を、バーボチカは聞き逃さなかった。

「さ、こんな奴はさっさと海に捨てちまおう」

 だが船員の一人である大男が、話を聞かないままドミニクの死体に近寄る。死体を海に沈めようと持ち上げようとした。

「――いかん、そやつに触るな!!」

――響き渡ったのは、氷が破裂するかのような大声での忠告。その瞬間、ドミニクが起き上がった。

「――!?」

 研ぎ澄まされた赤黒い爪、それが大男の首を切り裂く。血しぶきが飛び散り、男の体が倒れ伏しズドンと大音が鳴った。

「アッハッハッハッハ!」

 倒れた男の死体に蹴りを放つ。首元を荒く引きちぎり分断した。

「こんな安直な死んだふりに引っかかってくれるなんて、笑っちゃうなぁー」

 姿勢を正した彼の喉元、そこには不自然に等間隔な傷が五つあった。薄っすらとだがまだ血が出ている。

「残念でしたぁ、ヴァンパイアに毒は効かないよぉーん」

 ドミニクはまるでおもちゃを与えられた子供のように無邪気に笑った。
 バーボチカは信じられないといった表情をしている。
 そう、この傷は自らの爪で喉を切り裂いたもの。毒の作用を聞いた上でとっさに思いついたらしい。

「や、やっぱりか……!!」

 先ほどまでの苦しみようは全て演技だったというのか。スカジはヴァンパイアのことを知っていたから却って妙だと気がつけただろうが、バーボチカのみならず船員達すら全員本当に苦しんでいると確信するほどの演技。

 しかも己の身に傷をつけてまで出血毒の症状を再現して。本人は安直と言うが、これのどこが安直なのか。少なくともこれまでの自覚無き自供を連打するうかつさと比べたら明らかに会心の演技であった。

「スカジさんとバーボチカちゃんは生かしてあげようかな、とも思ったけど、僕の粛清を邪魔するなら許さないよ。君達も死んじゃえ」

 残忍な言葉。逆恨みに任せるがまま飛びかかってきた。そこにいるのはもはや人間ではない。仲間であったはずの者達を平気で殺せる無慈悲な殺人鬼だ。

「危ない!」

 すんでのところでかわしたスカジ。だが武器の用意ができていない今は逃げるしかない。そこを奴は再び追う。二度目に突き出した凶刃は正確に獲物を捉えた。

「ぐわっ」
「もーらった」

 首元へ向かう致命の牙。万事休す、か。

「させるかぁ!!」
「――!?」

 その時動いたのはアレクシア。抜いたサーベルでドミニクの首元を狙う。
 とっさの判断で慌てて防ぐドミニク。二枚の刃がぶつかり金属音が響いた。

「さっきは疑ってすまなかった! こいつはあたしらが食い止める!」
「おお、姉御!!」
「あんたらは逃げな!」

 号令を受け、一斉に武器を構えた海賊団。一気にドミニクへ突撃していく。まるであらぬ疑念を向けたことを行動でわびるように。

「チィッ、数ばっかりの海賊がぁ……上等だよ、全員食ってやる!」

 跳躍しマストの上に陣取るドミニク。地上で白兵戦は危険と判断したのか、ヴァンパイアの能力を使って一気に片付ける気だ。

「かたじけない!」

 座り込んだままのバーボチカの手を引いて船室へ逃げるスカジ。

「あ、待って妖精王様!」
「……辛いのはわかる。じゃがわらわらには奴よりも先に討たねばならぬ敵がいる。例え彼らを見捨ててでも成し遂げなくてはいかんのじゃ」
「でも、でも――」

 だが、そこでバーボチカの意識が途切れた。スカジが後頭部を魔力の衝撃波で殴りつけたからだ。
 そのまま彼女は倒れたバーボチカを抱きかかえる。
 助力を無駄にしないため、スカジは全力で急いだ。たどりついた先で脱出用の氷のボートを進水させ、海賊船を離れる。
――それに遅れて、魔法が発した無数の衝撃音が聞こえた。



「……たく、なんなんだい、あんたって奴は。今までも腕が立つ奴と思っていたけど……まさか……あれでも本気を出していなかったのかい」

 今甲板にある命はたった二つだけになった。満身創痍の船長と上機嫌な侵略者、両者がにらみ合う。

「船長さーん、今日までずっと僕を飼ってくれてありがとう。おかげで今、とっても美味しいご飯にありつけたよ」

 今貪っているのは副船長。他に手を付けたのも全員女船員だった。

「アンタ、本当に女好きだねえ……貴重な食い物なのに好き嫌いするんじゃないよ。食い物を粗末にするとか、ジェフがあの世で泣いてるぞ……」
「ええーなんでぇ? せっかく女の子がこんなにたくさんいるのに、我慢してまずい男の血を吸えって言うのぉ?」

 ヴァンパイアの血の好み、そんなもの常人にわかるはずもない。成分が同じならみんな同じ味になるはずなのだが。

「世の中悪い奴は男の方が多いからねえ。君達みたいな犯罪者だけを選んで食べようとしたらまずいご飯しか食べられないんだよ。今日くらい贅沢させてよぉ」

 指についた血まで丁寧に舐めとるドミニク。仕留めた獲物の血で前髪は赤く染まり、笑顔はいつも以上に悪意に染まり切っていた。

「……ね~え、言い返さなくていいのぉ? そろそろ君もトドメさして食べちゃうよぉ?」
「アタシも……焼きが回ったねえ。あんたが裏で、こんなことを考えている奴とは思わなかったよ」

――アレクシアは船員を皆殺しにされ、一騎打ちになった状況でようやく、ドミニクの素性に気が付いた。

「――ちまたで白い死神って言われてる、帝国軍の兵士がいるって聞いたけど、それがまさか……あんただったとはねえ……」

――彼女はドミニクを、白い死神と呼んだ。

「ごめんよお、みんなぁ……アタシみたいな出来損ないの船長について行ったが、ために……」

 仲間への謝罪の言葉――それをドミニクの剣が遮った。
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