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猫と兎

12 実家
 忘年会が続いたせいで、好きな店に飲みに行くことが減り、夕美ともその後会っていなかった。連絡先を知らないから、呼び出すこともできない。高校生のときも、アドレス交換はしていなかったが、毎日のように会っていたから必要なかったのだ。
 そして今年も、実家に同窓会の通知が届いた。年明けにやるらしい。欠席の返事くらい出さないと失礼だ、と波流に叱られたので、母親に頼んで返信しておいてもらった。

 クリスマスは独り身の同期たちと馬鹿騒ぎし、大晦日に実家に帰り、正月は両親と妹と一緒に初詣に行った。弟は彼女と過ごすと言い、帰ってこなかった。僕は旅行に行くわけでもないのに有給を使い、正月休みを長く取っていた。たまには実家でゴロゴロしたかったのだ。

「志貴より理貴りきの方が先に結婚しそうねえ」

 夕食後、茶の間のこたつでテレビを見ていると、母親がそう言いだす。

「うんうん。理貴にぃの彼女、年上のお嬢さんだし、ゴールは早いかもよ?」

 妹の真希まきがすぐさま加勢してきて、僕はうんざりする。父親は飲み会でいないので、状況は圧倒的に不利だ。それでなくても、我が家の女二人のパワーは強すぎるのだが。

「真希こそ、どうなんだよ」

 僕は精一杯の抵抗を試みる。

「志貴にぃには言わないもん。ね、お母さん?」
「ねー」
「なんだよ二人とも。彼氏はいるってことか?」
「だって志貴にぃ、誰を連れてきても絶対反対しそうだもん。結婚決まるまでは紹介してあげない」
「おい、そんなところまで話が進んでるのか!?」
「ほらほら、もう怒り出した」
「あんたは本当に真希に甘いわねえ」
「今どきシスコンは流行らないよー」

 完全に打ち負かされた僕は、こたつ布団に肩まで潜り込む。もしかして、僕は弟にも妹にも先を越されるのだろうか。大体、二人ともまだ二十代前半なのだから、焦らなくてもいいと思うのだが。

「あんた同窓会行かなくて良かったの?今日でしょ?」
「はっ?」

 どういう順序でその話題が出てきたんだ、と僕は面食らう。うちの母親は、いきなり話が飛ぶことが多い。いや、母親に限らず、最近は真希もだ。女性というのは、歳を取るとみんなこうなるのだろうか。

「別にいいんだよ。面倒だし」
「志貴にぃはそんなんだから彼女できないんだよ。久々の再会で恋が芽生えるかもしれないのにさー」
「うるさい」

 僕はとうとう頭までこたつ布団をかぶる。今年は特に、行きたくないのだ。

 風呂に入って缶ビールを飲み、自室のベッドに寝転がる。とっくに同窓会は終わっている時間だ。波流は今年も顔を出すと言っていたので、また店に行ったときに話が聞けるだろう。そう、陽奈の新婚生活の話とか。
 もう一本ビールを飲むか、と起き上がると、着信が入る。波流からだ。

「もしもし立野くん?今どこ?」
「実家だけど」
「今からうちの店、来れる?」
「行けなくはないけど。どうした?」
「陽奈ちゃんが今、隣にいるの」
「……おいおい」

 なぜ、という思いが頭の中を駆け巡る。どうしてそんな事態になっているんだ。

「説明は後でするからさ、とりあえず来てよ」
「待って、もう少し説明してから」
「陽奈ちゃん、立野くん来れるってさ」
「おい」
「じゃあ急いで来てねー」

 波流はそう言って電話を切る。こいつ、こんなに強引だっただろうか。

「あー、もうっ!」

 僕はベッドに倒れ込み、天井を見上げる。いくらなんでも、急すぎるだろう。しかし、考えている時間は無い。今すぐ準備しないと、電車には間に合わないのだ。僕は考えることを放棄する。
 ギリギリでホームに駆け込み、空いた車内で息を整える。折角風呂に入ったのに、汗をかいてしまった。私服はほとんど置いてきたので、ダウンジャケットに古臭いデニムという、お洒落さの欠片もない恰好だ。髪型に気を配る余裕も無かった。荷物は財布と鍵とスマートフォンだけだ。こんな状態で、心の準備までできているわけがない。
 いや、突然再会するよりもマシか、と思い直す。波流と夕美のときは、前触れすらなかった。それに比べたら、こうして頭を整理する時間があるだけいい。アプリで所要時間を調べると、あと一時間はある。その間に冷静になれる。

 一時間の間に、僕はいくつかの仮説を立てた。波流がなぜ、僕を呼び出したか、ということだ。
 その一。陽奈も波流も、ひどく酔っぱらっている。つまり、その場のノリ。
 その二。人妻となった陽奈は、昔の恋人に会える余裕があり、当時の思い出話でもして楽しみたいと思っている。
 その三。陽奈の結婚相手に何か問題があり、悩んでいる。それで昔の恋人に会いたくなっている。
 正直なところ、一番嬉しいのはその三だ。僕はまだ、陽奈が結婚したという事実を受け止めきれていない。でも、だからといって、どうするんだ?彼女はもう、僕のものではないのに。
 普段は軽い足取りで上る階段。こういう日に限って、街は静かだ。僕は手すりをしっかりと握る。扉の前まで辿り着き、息を整える。
 この向こうに、陽奈がいる。
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