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口をすすいで吐き出して

口をすすいで吐き出して
 幼い頃から近眼で、メガネを手放すことができず、常に「メガネの子」と呼ばれ続けてきたわたし。成長して、周囲にメガネをかけるようになった同級生が増えたので、そう言われることはなくなったのだが、やはりわたしの中でメガネは切り離せないものだった。

「理沙のメガネ、好き」

 そう言う円香は、高校生にしては大人びた顔立ちの女の子で。入学して前後の席になったのがきっかけでわたしに話しかけてくるようになった。

「ありがとう。わたしも自分のメガネは気に入ってるよ」
「ピンクゴールドっていうの? 理沙の肌の色に合ってる。だってどう見たってブルベでしょ」
「ぶるべ……?」
「ブルーベース。いいなぁ、あたしイエベだもん」

 円香の言うことは時々よくわからないけれど、特に聞いたり調べたりする必要はないか、と流していた。

「ねぇねぇ、理沙はメイクしないの?」
「うちの高校メイク禁止だよ?」
「放課後ならいいじゃない。ポーチ持ってきてるんだ。させてよ」

 そんなわけで、放課後に二人で女子トイレにこもったわけなのだが。メガネを外されると……何も見えないのだ。

「理沙、もう少しアゴひいて」
「んっ」
「ひきすぎ、ちょっと上向いて」
「こう?」
「そうそう」

 理沙が持っていたのは白っぽいパッケージのメイク用品。どうやら同じブランドで揃えているらしい。

「はい、できた! ほら見てみなよ」
「うん……」

 メガネをかけて。鏡を見つめて。そこにいたのは、少し肌の血色が良くなって、くるんとまつ毛が上を向いたわたしだった。

「うんうん、理沙可愛い。素材がいいんだな。プリ撮りに行こう!」
「ええ……」

 わざわざ家とは反対側の駅まで行って。ゲーセンに入って。円香に操作を任せて、初めてプリクラを撮影した。

「理沙、画像転送しとくね」
「なんか……目が気持ち悪くない?」
「そうかなぁ?」
「不自然だよ」

 円香は画像をスマホのホーム画面に設定したようだった。

「ふふっ、これで理沙といつでも一緒!」
「そんなに嬉しい?」
「だってあたし、理沙のこと好きだもん」
「えっ……」

 ニカリ、と歯を見せて円香が笑った。わたしは何も返すことができなくて。とにかく、ゲーセンを出ることにした。

「おーい、待ってよ理沙」
「そろそろ帰らないと夕食だから」
「あっ、そうだよね。またプリ撮りに行こう! 次は違うメイクやったげるから!」
「うん……」

 帰宅すると、両親はまだ家に居なかった。メガネ越しでもメイクのことはバレるだろう。あたしは急いで洗面所に向かった。
 クレンジングオイルは母のものを勝手に使った。顔を洗い、それでもまだ足りなくて。口をすすいで吐き出した。

――理沙のこと好きだもん

「バカ」

 円香は知らない。わたしが今まで女性にしか惹かれなかったということを。幼稚園の時から女の子が好きだった。小学生、中学生でも女の子に恋をした。それらは実らせるよりも枯らせる方向に努力した。
 また、芽吹いては、今度こそ抑えきれなくなるというのに。
 わたしは、わたしは。このままの関係でいたい。崩れてほしくない。

「円香のバカ……」

 ほろほろと流れ落ちた涙をタオルでぬぐって。メガネをかけて鏡を見つめた。十年以上付き合っている「メガネの子」の顔は、頼りなくて、情けなくて、みすぼらしかった。

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