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シンセティックシューターメインストーリー1 シャーロッテ誕生編
錬金術の発展した世界
十本目の缶を開ける。それを一気に流し込んだ。
「ちく……しょお……」
何本開けても満足できない、心の奥にある怒りの火が、一向に消えない。
「あのクソ野郎……ぜってぇ許さねえ……」
残業代未払い、上司のモラハラ、不当な叱責、減給……何をとってもあそこに楽しみを見出せない。
特にモラハラ……女みたいな顔とかのたまったかと思えば、男同士だから合法とでも言わんばかりに尻を触る。明らかに悪質だ。労働組合も冗談だと思っているのか真面目に聞いてくれねえし……
ああ、マジで嫌になってきた。会社やめてえ……だけど転職先も思いつかないし……
「ちょっと兄さん、危ないよ! 前見て前!!」
なん、だよ。うるせー駅員だな。こっちは仕事終わりでイラついてんだよ。貴重な自由時間くらい一人で好きに飲ませろよ、ヴォケ。
「あっ……」
――そう思っていたら、唐突に襲う浮遊感。頭から落ちて、強く打った……
――それから俺は、少しばかり寝込んでしまったらしい。明日も早起きして出勤しないといけないのに。家に帰る暇もなく、出社しないといけないのか。
「うーん……」
朝になったらしい。無意識にまぶたを開き、俺は目覚めた。
「……えっ?」
そこで俺が見たのは、見覚えのない不思議な景色だった。
目覚めたところは石造りの暗室。灰色の石壁はどことなく、古代ギリシャの神殿を彷彿させるものだ。
照明は原始的なかがり火。そして壁と同じく石でできたベッドが素肌を冷やす。
視線を下ろすと一糸まとわぬ姿にされた己の肉体が見えた。ほんのわずかだが胸が膨らんでいる。胴回りも目覚める前より細くなり、何より下半身にあるべきはずの証明証が女のものになってやがる。
「ユークリッドさん、こちらです」
「失敬――おお、目覚めているじゃねえか」
戸惑う中、目の前の扉を開けて男が入ってきた。ガキの頃好きだったRPGに出てきそうな、魔術師風の怪しい外套を着た若い男。多めに見積もっても三十代前半くらいだろうか。
「やあ、初めまして。俺はユークリッド。君を造った天才錬金術師だ。よろしく」
初対面なのに馴れ馴れしい物言いで迫ってくる男。中身が男と知らないとはいえ、全裸の若い女の子を前にして堂々とした奴だ。
というか、錬金術師ってどういうことだよ。とっくの昔に科学的に不可能なことが立証された学問じゃないか。そんな職業が実在しているなんて、ここは地球ではないのか?
「……俺をどうする気だ?」
一言そういったら、相手は戸惑っていた。
「……えっと、男の子みたいな話し方をするんだね、君」
そりゃそうだろ。元々男だったし、そもそもこの世界で生まれ育ったわけじゃないからな。
「……俺は男だ」
そう言うと、今度は相手が戸惑い始めた。
「少なくとも今目覚める前まではそうだったはずだ」
さらに付け加えると、今度は驚き顔に変わった。
まったく、こっちとしてはさっさと服でも着せてもらいたい気分なんだが。いつまでも裸のままでいたくないんだよ。
「なんだって? それはおかしい」
いちいち動揺するなよ。天才なんだろ、もっと堂々としろよ。メッキ臭いと思われたいのか。
「女性のホムンクルスを造るから、女の子の魂を提供してくれと頼んだのに」
ホムンクルス……パラケルススが造ったと言われる人造人間か……俺の知っているものの定義にどれだけ当てはまるのかは知らないが、俺はそれになったのか。
それより魂の提供ってなんだ? 輪廻転生的な何か、なのだろうか。
「なあ、おっさん」
「……何だい?」
「俺は一度、死んだのか?」
答えられる質問だったのか、一気に落ち着く男。天才を自称する資格はまだ残っていそうだ。
「……ああ、君は死んだ」
やっぱりか。やはり一度、自分は死んでしまったらしい。つまり、元の世界じゃないってことは確定だな……
「それまでに重い罪を犯したから冥府が君の魂を提供したんだ。ホムンクルスとして生まれ変わり、贖罪をさせるために」
そうか。あの時飲みすぎたせいでホームに落ちたんだな。それで目覚めることなくひかれて死んだ、と。しかし重い罪ってところは理解できない。
「ちなみに君の犯した罪は自殺って聞いたところだよ」
自殺……確かに、あの世側の基準では重い罪と扱われやすいものだな。でも俺の転落は事故だと思うのだが。
「……うっかり落っこちただけで自殺か。厳しいジャッジだな」
皮肉混じりに言ったつもりだが、男は真面目な表情のまま話を続けた。
「え、もしかして君、死ぬつもりはなかったのかい?」
何を言っているんだこいつは。落ちる寸前までの記憶があるのに。記憶にある限りだと自殺になるような条件はないぞ。
「そうじゃないならこんな質問しないだろ」
その瞬間、相手の眼鏡が光ったように見えた。そしてこう返される。
「……それもそうだな。わかった、少し待ってくれ。彼らともう一度交渉してくる」
慌てて出ていく男。誰もいない部屋に一人残された。
見回したところ、服は置いてくれているみたいだ。でもスカートばっかりでズボンがない。この世界ではジェンダーレスがあまり浸透していないのか。いや、ただ単に服を選んだ奴の趣味かもしれない。決めつけるのはさすがに早すぎる。
一方で上半身はかなり充実しているな。フリルの主張が強いゴスロリにセーラー服、ボトム次第で男女兼用にもなれるコート……
とりあえず、あまり露骨に萌えを狙った奴は恥ずかしい。コートとロングスカートで行こう。
「――ただいま」
ちょうど着替えが終わった頃に錬金術師の男が戻ってきた。
「おお? その服にしたのか。中々センスがいいじゃねえか。君に似合うと思っていたんだよ。最高にかわいいぜ」
――やっぱり、選んだ奴の趣味だったらしい。
それにしてもこの男、結構ニッチな趣味をしているな。どういう工程で俺の体を造ったのかは知らないが、もし仮に造形を自由にできるならわざわざブスに作る奴はいない。各々が理想のスタイルの女を思い描いて造るだろう。
思春期になりたての女の子くらいの大きさしかないこの胸と、選んだ服が露出度から縁のない服ばかりなところとか。
――もしかしたら、そういう観点においてはこのおっさんとは気が合うかもしれないな。
「あ、良かったら鏡見てみるかい?」
手鏡を差し出してきた。受け取って早速覗き込んでみる。
そこに映った顔。それは手入れの行き届いている長すぎない銀髪、青く鋭い瞳、そしてスカートがなければ男のふりをすることすらできそうな中世的な顔立ち。
率直に言って、実に美しい。それでいて、胸が大きすぎて邪魔になることもない。男だった時とほぼ同様の勝手で動けるのか。スマホがあったら自撮りしたい、ここまで切望したのは生まれて初めてだ。
……おっと、いけない。流されて大事な話を忘れるところだった。
「……そういや、話どうだった?」
「ああ、それか。ダメだったよ。ノークレームノーリターンの契約だったから」
やけに現代的な言葉だな。冥府を支配しているのが真っ当な天使か、堕天使や悪魔なのかは知らないけど、どっちにしろ仕える神がいるんだろ。もっと古風な言葉使って雰囲気出せよ。
「それに彼ら、交信を切る際に『当たりくじを引けて良かったな』とか言っていたぜ」
「当たりくじ? 俺が?」
どういうことだ? まるで俺の魂だけが特別みたいな言い方だな。
「……とにかく、君は俺にとっては初めて造った大事なホムンクルスだ。養ってあげるからお手伝いはよろしく頼む。それがホムンクルスとして生きることだ」
どの道俺はここでも社畜として生きなければならないらしい。だが今は目の前の男を信じるしかないな。何も知らない国で就活なんてできるわけがないからな。
「……そう言えば、俺の名前はどうなるんだ?」
まさか名無しのままってことはあるまいな? 折角生まれ変わったのに名前すら付けられていないのかと思うとちょっと悲しくなるぞ。
すると男は目を輝かせながら言った。
「ああ、それか。ホムンクルスの名前は錬金術師が自由につけることができる」
どうやらそんなことはないらしい。本当に自由なんだな。
「俺は君が生まれる前から決めていたぜ」
じゃあ、一体どんな名前をくれるんだろう。
「……で、俺の名前は?」
期待していると、男は満面の笑みを浮かべて答えた。
「シャーロッテ、シャーロッテだ。これからよろしく頼むぜ、シャロ」
――逃げる場所はない。受け入れよう。ここが俺の新天地……故郷の家族や友達とはもう二度と会えなくても、生きるために全力を尽くそう。
「ちく……しょお……」
何本開けても満足できない、心の奥にある怒りの火が、一向に消えない。
「あのクソ野郎……ぜってぇ許さねえ……」
残業代未払い、上司のモラハラ、不当な叱責、減給……何をとってもあそこに楽しみを見出せない。
特にモラハラ……女みたいな顔とかのたまったかと思えば、男同士だから合法とでも言わんばかりに尻を触る。明らかに悪質だ。労働組合も冗談だと思っているのか真面目に聞いてくれねえし……
ああ、マジで嫌になってきた。会社やめてえ……だけど転職先も思いつかないし……
「ちょっと兄さん、危ないよ! 前見て前!!」
なん、だよ。うるせー駅員だな。こっちは仕事終わりでイラついてんだよ。貴重な自由時間くらい一人で好きに飲ませろよ、ヴォケ。
「あっ……」
――そう思っていたら、唐突に襲う浮遊感。頭から落ちて、強く打った……
――それから俺は、少しばかり寝込んでしまったらしい。明日も早起きして出勤しないといけないのに。家に帰る暇もなく、出社しないといけないのか。
「うーん……」
朝になったらしい。無意識にまぶたを開き、俺は目覚めた。
「……えっ?」
そこで俺が見たのは、見覚えのない不思議な景色だった。
目覚めたところは石造りの暗室。灰色の石壁はどことなく、古代ギリシャの神殿を彷彿させるものだ。
照明は原始的なかがり火。そして壁と同じく石でできたベッドが素肌を冷やす。
視線を下ろすと一糸まとわぬ姿にされた己の肉体が見えた。ほんのわずかだが胸が膨らんでいる。胴回りも目覚める前より細くなり、何より下半身にあるべきはずの証明証が女のものになってやがる。
「ユークリッドさん、こちらです」
「失敬――おお、目覚めているじゃねえか」
戸惑う中、目の前の扉を開けて男が入ってきた。ガキの頃好きだったRPGに出てきそうな、魔術師風の怪しい外套を着た若い男。多めに見積もっても三十代前半くらいだろうか。
「やあ、初めまして。俺はユークリッド。君を造った天才錬金術師だ。よろしく」
初対面なのに馴れ馴れしい物言いで迫ってくる男。中身が男と知らないとはいえ、全裸の若い女の子を前にして堂々とした奴だ。
というか、錬金術師ってどういうことだよ。とっくの昔に科学的に不可能なことが立証された学問じゃないか。そんな職業が実在しているなんて、ここは地球ではないのか?
「……俺をどうする気だ?」
一言そういったら、相手は戸惑っていた。
「……えっと、男の子みたいな話し方をするんだね、君」
そりゃそうだろ。元々男だったし、そもそもこの世界で生まれ育ったわけじゃないからな。
「……俺は男だ」
そう言うと、今度は相手が戸惑い始めた。
「少なくとも今目覚める前まではそうだったはずだ」
さらに付け加えると、今度は驚き顔に変わった。
まったく、こっちとしてはさっさと服でも着せてもらいたい気分なんだが。いつまでも裸のままでいたくないんだよ。
「なんだって? それはおかしい」
いちいち動揺するなよ。天才なんだろ、もっと堂々としろよ。メッキ臭いと思われたいのか。
「女性のホムンクルスを造るから、女の子の魂を提供してくれと頼んだのに」
ホムンクルス……パラケルススが造ったと言われる人造人間か……俺の知っているものの定義にどれだけ当てはまるのかは知らないが、俺はそれになったのか。
それより魂の提供ってなんだ? 輪廻転生的な何か、なのだろうか。
「なあ、おっさん」
「……何だい?」
「俺は一度、死んだのか?」
答えられる質問だったのか、一気に落ち着く男。天才を自称する資格はまだ残っていそうだ。
「……ああ、君は死んだ」
やっぱりか。やはり一度、自分は死んでしまったらしい。つまり、元の世界じゃないってことは確定だな……
「それまでに重い罪を犯したから冥府が君の魂を提供したんだ。ホムンクルスとして生まれ変わり、贖罪をさせるために」
そうか。あの時飲みすぎたせいでホームに落ちたんだな。それで目覚めることなくひかれて死んだ、と。しかし重い罪ってところは理解できない。
「ちなみに君の犯した罪は自殺って聞いたところだよ」
自殺……確かに、あの世側の基準では重い罪と扱われやすいものだな。でも俺の転落は事故だと思うのだが。
「……うっかり落っこちただけで自殺か。厳しいジャッジだな」
皮肉混じりに言ったつもりだが、男は真面目な表情のまま話を続けた。
「え、もしかして君、死ぬつもりはなかったのかい?」
何を言っているんだこいつは。落ちる寸前までの記憶があるのに。記憶にある限りだと自殺になるような条件はないぞ。
「そうじゃないならこんな質問しないだろ」
その瞬間、相手の眼鏡が光ったように見えた。そしてこう返される。
「……それもそうだな。わかった、少し待ってくれ。彼らともう一度交渉してくる」
慌てて出ていく男。誰もいない部屋に一人残された。
見回したところ、服は置いてくれているみたいだ。でもスカートばっかりでズボンがない。この世界ではジェンダーレスがあまり浸透していないのか。いや、ただ単に服を選んだ奴の趣味かもしれない。決めつけるのはさすがに早すぎる。
一方で上半身はかなり充実しているな。フリルの主張が強いゴスロリにセーラー服、ボトム次第で男女兼用にもなれるコート……
とりあえず、あまり露骨に萌えを狙った奴は恥ずかしい。コートとロングスカートで行こう。
「――ただいま」
ちょうど着替えが終わった頃に錬金術師の男が戻ってきた。
「おお? その服にしたのか。中々センスがいいじゃねえか。君に似合うと思っていたんだよ。最高にかわいいぜ」
――やっぱり、選んだ奴の趣味だったらしい。
それにしてもこの男、結構ニッチな趣味をしているな。どういう工程で俺の体を造ったのかは知らないが、もし仮に造形を自由にできるならわざわざブスに作る奴はいない。各々が理想のスタイルの女を思い描いて造るだろう。
思春期になりたての女の子くらいの大きさしかないこの胸と、選んだ服が露出度から縁のない服ばかりなところとか。
――もしかしたら、そういう観点においてはこのおっさんとは気が合うかもしれないな。
「あ、良かったら鏡見てみるかい?」
手鏡を差し出してきた。受け取って早速覗き込んでみる。
そこに映った顔。それは手入れの行き届いている長すぎない銀髪、青く鋭い瞳、そしてスカートがなければ男のふりをすることすらできそうな中世的な顔立ち。
率直に言って、実に美しい。それでいて、胸が大きすぎて邪魔になることもない。男だった時とほぼ同様の勝手で動けるのか。スマホがあったら自撮りしたい、ここまで切望したのは生まれて初めてだ。
……おっと、いけない。流されて大事な話を忘れるところだった。
「……そういや、話どうだった?」
「ああ、それか。ダメだったよ。ノークレームノーリターンの契約だったから」
やけに現代的な言葉だな。冥府を支配しているのが真っ当な天使か、堕天使や悪魔なのかは知らないけど、どっちにしろ仕える神がいるんだろ。もっと古風な言葉使って雰囲気出せよ。
「それに彼ら、交信を切る際に『当たりくじを引けて良かったな』とか言っていたぜ」
「当たりくじ? 俺が?」
どういうことだ? まるで俺の魂だけが特別みたいな言い方だな。
「……とにかく、君は俺にとっては初めて造った大事なホムンクルスだ。養ってあげるからお手伝いはよろしく頼む。それがホムンクルスとして生きることだ」
どの道俺はここでも社畜として生きなければならないらしい。だが今は目の前の男を信じるしかないな。何も知らない国で就活なんてできるわけがないからな。
「……そう言えば、俺の名前はどうなるんだ?」
まさか名無しのままってことはあるまいな? 折角生まれ変わったのに名前すら付けられていないのかと思うとちょっと悲しくなるぞ。
すると男は目を輝かせながら言った。
「ああ、それか。ホムンクルスの名前は錬金術師が自由につけることができる」
どうやらそんなことはないらしい。本当に自由なんだな。
「俺は君が生まれる前から決めていたぜ」
じゃあ、一体どんな名前をくれるんだろう。
「……で、俺の名前は?」
期待していると、男は満面の笑みを浮かべて答えた。
「シャーロッテ、シャーロッテだ。これからよろしく頼むぜ、シャロ」
――逃げる場所はない。受け入れよう。ここが俺の新天地……故郷の家族や友達とはもう二度と会えなくても、生きるために全力を尽くそう。
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