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厄災の骸

厄災の骸 後編
 彼は見た、戦場で起きた奇跡を。

「…………」

 その奇跡を起こした武器がとうとう、武器屋で売り出された。その名は竜骨弩。クロスボウをベースにナカゲ商会が開発した新型武器。竜の骨で作られた弾丸が無数に入った円形のドラムマガジンを銃身につけられている異様な造形をしたこれは、瞬く間に冒険者の間で大流行した。
 その流行は今まで剣や槍で戦っていた戦士達すらも、この武器の登場を機に一斉に射撃の訓練に打ち込むようになったほどで、それだけ画期的な武器だ。

『これは……革命的だ』

 この武器の凄まじい戦果を目の当たりにした際の己の言葉、それが反響しているかのように、彼はこの武器を手に取る。

 それもそのはずである。なぜなら彼は、この武器が初めて実戦投入された日にその雄姿を見た男なのだから。
 その日彼はナカゲ商会の長リンファと彼女が連れる奴隷と共に、ゴブリンの掃討に赴いていた。初めは一人で同行者を守るつもりで意気込んでいた彼だが、この武器の前ではその意気込みは不必要なものであった。

――なんとこの武器は、戦場を知らない奴隷の少女であっても二週間以内の訓練で実戦に通用する戦果を出せるほど扱いが簡単だったのだ。この武器一つのために、彼が何もするまでもなくゴブリンは殲滅された。それこそが彼の見た、戦場の奇跡。

「おや、あんたもそれが気に入ったのかい?」

 手に取った時、顔なじみである武器屋の店主が喜んで笑った。

「今まで剣一本でやってきたあんたが、珍しいねえ。安くしておくよ!」

――気が付いた時には会計は終わり、店主の「まいどあり」という声が気前よく響いていた。
 それからの彼は、この竜骨弩を駆使して更なる高見へと昇った。かつてより黒鎧の鷹と呼ばれた彼の戦いは、この武器によりさらに昇華された。戦場でモンスターの首をまとめて撃ち抜くその様は、まさしく鷹の眼であった。



――しかし、竜骨弩のもたらした繁栄はすぐについえた。開発元のナカゲ商会代表リンファが何者かに暗殺され、その工房も一緒に破壊されたのだ。
 弾自体は容易にコピー品が出来上がったのだが、肝心の竜骨弩本体は市場から姿を消した。これにより人類は既成の竜骨弩でやりくりしなくてはならなくなった。

――さらに、魔物の一部が人間から鹵獲した竜骨弩を用いて侵略を行うようになって行った。複製製造はともかく、扱いの習熟自体は下級魔物の知性でも容易にできるものであったことが仇となり、魔物の反攻は日に日に激化を重ね、人類の進出圏は竜骨弩登場前に戻されようとしていた。



――だがどんな渦中にあろうとも、罪のない人々を魔物から守るのが冒険者の仕事であった。多くの武功を重ねた黒鎧の鷹スウェンは独自の情報網で掴んだ魔物の拠点へ向かっていた。

 そこは拠点というには小規模な下級魔物の巣だが、妙にゴブリンの繁殖の勢いが強く、練度の強い個体も多いという情報があった。この群れによる被害は拡大の一途をたどっている。

「……ここか」

 入口から丁寧にかがり火が並べられた洞窟、それは間違いなく巣の持ち主が発展を遂げている証明であった。
 手入れを重ねた己の相棒、それを握り彼は突入した。逃げ場のない閉所で弾丸をばらまく先手必勝の作戦、巣にいる魔物達は次々と撃たれ、死んでいく。

「……なんという、数だ」

 ほぼ無抵抗で始末した魔物達が遺した竜骨弩の弾丸、それは武器屋で買えば宿屋での宿泊費一か月分以上にも迫るほどの量であった。
 これほどまでの物資を、ただのゴブリンの群れが独占していたのだ。これだけの武装を持つ魔物を放置すれば、いずれは帝都すら陥落させる脅威になっていただろう。

 これらすべてを一人で持ち帰るのは無理があるが、このまま魔物に回収されてしまったらまたいずれ更なる破壊がもたらされる。応援を呼んででも回収するべきだ。
――だが彼は途方もない数の骸の弾丸を数えている中で、もっと奇怪な骸を見つけた。

「…………!?」

 そこにあったのは、無垢な少女の骸。首から下だけが完全に白骨化した、歪な姿の亡骸。その瞳がじっと、彼の方を向いていた。

「……助けてあげられなくて、ごめんな」

 戦場で多くの死体を見てきた彼でも、初めて見る亡骸。だがそれに怯えるよりも先に、彼は懺悔の言葉をかけた。彼女がどんな思いをした上で死を迎えたのかは、想像でしか知ることができない。だがどんなことがあっても、助けられなかった命が目の前にあった事実は、戦士として後悔するべき現実であった。

「……すぐ、迎えを呼んであげるからな」

 いずれにせよ、お互いにとって物資の山であるこの洞窟のことは、早くギルドに連絡しなければならない事実だ。今はひとまず彼女に背を向け、安全を確保してから正式に迎え弔うのが、自分自身のためである。

――そう思って立ち去ろうとした、その時。彼の背中に衝撃が走った。

「――ッ!!」

 これまで何度も己を守ってきた鎧が弾ける音、それと共に彼は崩れ落ちる。

「――!?」

 横になった時、目に移ったのは――なんと、あの歪な亡骸が立った姿であった。

「そん、な――」

 手に握ってあるのは、もちろん竜骨弩。それが今度は、彼の顔へ向けられる。

「な、ぜ――」

 火薬の発した音――それは、彼の伝説が終わった音であった。



「……あなたは」

 死んでいなかった骸は、己の作った骸に言葉をかける。やっと彼女は思い出したのだ。自分が初めて戦場に立った日のことを。
 黒鎧の鷹スウェンは、彼女を初めて人として認めた男。そう、彼女はあの日初めて実戦投入された竜骨弩を、彼に披露した奴隷の少女である。

 だが彼女は、流されるうちに魔物の手先となっていた。愛されることを知らずに虐げられ続けた日、弾けるように放った反旗の凶弾――それによって竜骨弩を魔物達の手に授けた彼女は、人でありながら魔物達の英雄であった。

 ゴブリン達に囲まれて過ごす愛の日々の中で、彼女はとうとう彼らの母となり多くのゴブリンを産んできた。いずれ死を迎えようとも、アンデッドになってまで彼らを守り繁栄を授け続けたのだ。

「…………」

 唯一人間の面影を残している己の顔から滴る涙。それが出る源に、彼女は骨だけになった手で己の銃を向けた。
――そう、彼は竜骨弩が魔物の手に渡る前から、彼女を救うチャンスを逃していたのである。

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