●６０ 魔道まどうマッチmatchだよ

　名誉めいよ女男爵じょだんしゃくに命めいじられ、慌あわただしかった日々ひびも落おち着ついてきた。

　商品しょうひんの魔道具まどうぐのアイテムitemを増ふやそうと思おもう。

「じゃじゃーん、今回こんかいは種火たねびの魔道具まどうぐです」

「「おおぉ」」

　火ひを付つけるとき、王都おうとでは「火打石ひうちいしセットset」を主おもに使用しようしている。
　火打石ひうちいしセットsetは、火打ひうちいし、火打ひうち金がね、火口ほぐちが必要ひつようだ。
　石いしは単たんに割われにくい硬かたい石いし。
　火打ひうち金がねは打うち付つけると火花ひばなが散ちる鉄てつでできてる。
　そしてその火花ひばなを大おおきくするための燃もえやすい綿わたみたいなものが火口ほぐちと呼よばれる。
　それでこの火花ひばなを火口ほぐちに燃もえ移うつらせてさらに火ひを大おおきくするのが、それなりに面倒めんどうくさい。
　なにはともあれ、それでも十分じゅうぶん使つかえるんだけど、錬金術れんきんじゅつ師しは火打石ひうちいしは使つかわない。

　そもそも錬金術れんきんじゅつでは錬金釜れんきんがまや錬金炉れんきんろを直接ちょくせつ温あたためるので、火ひを使つかわないわけだけど。
　それでもお風呂ふろや料理りょうりには普通ふつうに火ひを使つかう。

　私わたしは錬金術れんきんじゅつ師しであると同時どうじに、魔術師まじゅつし系けいでもあるので、火魔法ひまほうで火ひをつけることもできる。
　しかし一般いっぱん市民しみんで生活せいかつ魔法まほうの着火ちゃっか魔法まほうを使つかえる人ひとはかなり限かぎられるらしい。

　そこで登場とうじょうするのが種火たねびの魔道具まどうぐなのだ。
　これは魔道具まどうぐの棒ぼうに、ほんのちょっと魔力まりょくを通とおすと、装着そうちゃくされている魔石ませきの魔力まりょくにより、先端せんたんから小ちいさな火ひが出でる。

「こうして、こうして、うんしょ」

　鉄てつの棒ぼうに魔力まりょくの粉こなのインクinkで魔法陣まほうじんを刻きざみ込こみ火属性ひぞくせいの魔石ませきをはめ込こむ。
　木きの持もち手てを付つければ、ほら完成かんせい。

　そうしてできたのが「魔道まどうマッチmatch」と言いわれるものだ。

　実じつはこれ、戦闘用せんとうようの「ファイヤーfireボールballの魔法杖まほうつえ」と基本きほん原理げんりは全まったく同おなじだ。
　マッチmatchのほうは消費しょうひ魔力まりょくが小ちいさく、使用しよう可能かのう回数かいすうが大幅おおはばに多おおいこと、火ひがすごく小ちさいことを除のぞけば、あとは一緒いっしょである。

「ほら、ここで魔力まりょくを流ながせば」

　ぼっ。

　先さきっぽから小ちいさな炎ほのおが出でる。

「おーぅすごい、すごい」
「へぇぇ、面白おもしろいですね、ミレーユさん」

　とりあえずとして、試作品しさくひんを家いえで使つかう。
　マリーちゃんとシャロちゃんに試ためしてもらうのだ。

「悪わるくないですね。火打石ひうちいしって結構けっこう、力ちから入いれて使つかうので、これは楽らくチンです」
「ふむふむ」

「ふーふーする必要ひつようもなくて、すぐ火ひがついて便利べんりです」
「なるへそ」

　二人ふたりの貴重きちょうな意見いけんだ。
　評価ひょうかは悪わるくないようだ。

　これなら少すこし量産りょうさんして、様子ようすを見みよう。
　すぐ売うれなくても、じわじわ売うれていくんでもいいから、数かずを作つくってしまおう。

　こうして翌日よくじつ、ホーランド商業しょうぎょうギルドguild経由けいゆで、木きの枝えだ、小粒こつぶの火属性ひぞくせい魔石ませき、それから鉄てつを買かい集あつめた。

　鉄てつを溶とかして、既定きていの大おおきさに整形せいけいしなおすのは、銀ぎんの鏡かがみの処理しょりに似にているので、携帯けいたい錬金炉れんきんろが使つかえさえすれば、型かたを取とって並ならべていくだけでできる。
　こうして鉄てつの棒ぼうを量産りょうさんする。

　それができたら次々つぎつぎに魔法陣まほうじんをペンpenで書かき入いれていく。
　そして魔石ませきをはめる。

　取とっ手ての加工かこうは二人ふたりに任まかせて、最後さいごに組くみ合あわせるだけだ。

　こうして四十個よんじゅっこぐらいの数かずを作つくった。



　またお店おみを開店かいてんする。

「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」

「本日ほんじつ、魔道まどうマッチmatch、いかがでしょうか。火ひをつける魔道具まどうぐですよ」
「ほほう」

　今日きょうも開店かいてん時間じかんに冒険者ぼうけんしゃの人ひとが、来きてくれていた。

「ああ、俺おれ、火ひの適性てきせいからっきしでさ、水みずは出だせるんだけど、火ひをつけるの面倒めんどうなんだよね」
「なるほど」
「これいいね、ください」

　さっそく魔道まどうマッチmatchが売うれた。

　他ほかにも、近所きんじょの人ひと、メイドmaidさんなどに、そこそこの数かずが売うれている。

　売うり上あげは上々じょうじょうだろう。

「私わたし、魔力まりょくを流ながすのも、無理むりで、これ便利べんりそうだけど、私わたしには使つかえないかも」
「そっか、それは残念ざんねん」

　二十人にじゅうにんに一人ひとりくらいの割合わりあいで、魔力まりょくを流ながすことができない人ひとがいる。
　そう言いう人ひとでも魔力まりょく自体じたいは持もっているので、受動的じゅどうてきに魔力まりょくを吸すい上あげる魔道具まどうぐなどは使つかえるが、こういうスイッチswitch式しきで、魔力まりょくを流ながす必要ひつようがあるものは使つかえないのだった。
　残念ざんねん。

　お値段ねだんは銀貨ぎんか五枚ごまい。
　魔石ませきの値段ねだん、それから鉄てつの加工品かこうひんということもあって、ちょっと高たかいけれど、魔石ませきは取とり替かえれば、ずっと使つかえるからコスcostパperfor-　manceは悪わるくない。
　それになにより便利べんりなのだ。

　ホーランド経由けいゆで売うったものは、旅たびの行商人ぎょうしょうにんに人気にんきだそうだ。
　旅たびでは当然とうぜん、野営やえいになることもあるが、火ひをつけるのはそれなりに苦労くろうする。
　火口ほぐちは消耗品しょうもうひんだし、火打石ひうちいしも一応いちおうではあるが消耗品しょうもうひんだ。
　長旅ながたびで火口ほぐちを大量たいりょうに持もち歩あるくとけっこうかさばる。
　もちろん現地げんち調達ちょうたつできなくもないが、探さがしていたら時間じかんも掛かかかる。
　魔道まどうマッチmatchも消耗品しょうもうひんだけど予備よびの火属性ひぞくせい魔石ませきを持もち歩あるいて自分じぶんで交換こうかんすることもできる分ぶん、使つかい勝手かってはずっといいだろう。

　なんやかんやで、魔道まどうマッチmatchは、毎日まいにちちょっとずつでも売うれている。
　錬金術れんきんじゅつ店てんの定番ていばん商品しょうひんの仲間なかま入いりをするのだった。

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