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アイツ

アイツ


 朝、いつものように職場に行くとみんなの態度が明らかにおかしかった。

 (またか……)

 俺はうんざりしていた。

 何も今に始まったことではない。

 前の職場でもその前の職場でも同じようなことがあった。

 俺が風邪をこじらせたりと体調不良で会社を休む。

 具合も良くなって出勤するとみんなが俺を睨み付けてくる。

 原因はわかっていた。

 アイツだ。

 アイツは俺が寝込んでいる時に限って遊びまくる。

 俺とそっくり、イヤ、瓜二つのアイツは俺が会社を休むのを見計らって夜遊びをする。

 しかもわざわざ俺の職場の人間に見られるところで。

 当然俺はみんなにズル休みだと思われる。

 会社を休んでまで遊び歩いて何やってんだとかふざけんなと言われ俺の居場所は失くなる。

 そうなったらもう終わりだ。

 言い訳なんか通用しない。

 俺がいくら具合が悪くて寝ていたと言っても無駄。

 外で遊んでいるオレ・・を見た人が大勢いるのだから。

「ユウくんまた会社辞めるの?」

 俺の唯一の理解者である恋人のマキが心配そうに言った。

「仕方ないよ。またアイツにやられたからな」

 マキがベランダで煙草を吸っている俺の腕に自分の腕を絡ませる。

 俺が煙草を吸っているとマキはいつもこうやってしがみついてくる。

 付き合い始めの頃「ユウくんの煙草の匂いが好きなの」と言って顔を赤らめながらすり寄ってくるマキを思い出していた。

「ドッペルゲンガーに出会ったら死んじゃうんでしょ。心配だな」

「はは、大丈夫だよ。アイツは俺が調子悪い時しか出てこないみたいだしさ」

「でも……」

 優しいマキはいつも俺のことを心配してくれる。

「ねえ……だったらユウくん、ここで一緒に住まない?」

「え? マキ……いいのか?」

「もちろんだよ。私だってその方が安心だもん」

 マキの笑顔に癒されていた。

 俺は煙草を消してからマキを抱きしめた。

「ありがとう、マキ……」

 俺は会社を辞めて自分のマンションの部屋を引き払った。

 荷物を整理してマキのマンションへ送った。

「これで身のまわりはオッケーだな。あとは……在宅の仕事でも探すよ」

 荷解きを手伝ってくれているマキにそう言った。

「うん、それがいいね。でも少しはゆっくり休んでもいいんじゃない? 今日は引っ越し祝いでもしようよ」

「おう。じゃあ俺、酒とかつまみ適当に買ってくる」

「うん、お願いします」

 マキの明るさと優しさには本当に救われる。

 俺は心も体もすっきりしていた。

 これも全部マキのおかげだ。

 マキがいてくれたから俺はこんなにも今幸せでいられるんだ。

 スーパーに行く途中で花屋を見つけた。

 俺は迷わず花屋に入った。

 ほんの気持ちだけどマキにプレゼントしたかった。

 指輪は準備していないけどプロポーズでもしようか。

 マキはどんな顔をするだろう。

 喜んでくれるだろうか。

 可愛らしい花束を抱え、スーパーで買い物をしてからマキの待つマンションの十階へと戻った。

「ただいま」

 自分で言って照れくさかった。

 マキが笑顔で「おかえりなさい」と言ってくれるのを待っていた。

 (……ん?)

「ただいま!」

 もう一度言ってみたが部屋は静かなままだった。

「マキ?」

 仕方なく靴をぬいで部屋に入った。

 リビングのドアを開けると煙草の匂いがした。

「マキ!」

 一瞬自分の目を疑った。

 マキがベランダにいたのだ。

 しかも男と。

 俺は買ってきたスーパーの袋と花束をそっとテーブルの上に置いた。

 そしてベランダにいるマキを呼んだ。

「マキ!」

 ベランダで煙草を吸っている男の腕にマキはしがみついている。

 マキと男が振り返る。

「えっ……」

 マキの顔が青ざめる。

「お前……」

 ふり返った男は……オレ・・だった。

 顔も背格好も服も、何もかもが同じだった。

 ひとつだけ違うのは男は楽しそうに笑っていることだ。

「ユウ、くん……」

 マキは怯えて俺とアイツを交互に見ている。

「マキ、離れろ! そいつはドッペルゲンガーだ!」

『何言ってんだよ。ドッペルゲンガーはお前だろ』

 アイツはマキの肩を抱き寄せた。

「マキに触るな!」

 俺は怒りで震えていた。

 アイツは誰なんだ?

 なんなんだ?

 何故ここにいる?

 俺は震える足を一歩ずつ前に出した。

「ユウくん」

 マキが泣きそうな顔でこっちを見る。

「マキ、ゆっくりそいつから離れるんだ」

「……でも」

 マキがアイツの顔を見上げる。

 わかってる、マキだって怖がっているんだ。

 俺がなんとかしなきゃ。

「マキ、待ってろ……」

 (ん?)

 その時俺の目にはマキの左手の薬指にはめられた指輪が目に入った。

「マキ、その指輪……」

 俺がそう言うとアイツがまたニヤッと笑った。

『今マキにプロポーズしたところなんだよ。邪魔すんじゃないよな。ったく』

 俺の怒りはピークに達した。

「き、さまぁ……」

 俺は思いきり駆け出してアイツを突き飛ばした。

 つもりだったがアイツはひょいっと身をかわした。

「キャアッ!!」

 マキの叫び声が聴こえた。

 俺はベランダの手すりを乗り越えマンションの十階から真っ逆さまに落ちていた。

 ベランダから俺を見下ろしているアイツとマキの顔が見えた。

 ああ……こんなことになるなんて……。

 マキ……ごめんな。


 自分のドッペルゲンガーに出会うと死ぬ。

 あれは本当だったんだな。

 そんなことを思いながら俺は静かに目を閉じた。


          完





 

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