●後編
　昨日きのうは大変たいへん気持きもちよく眠ねむれた。
　こんなにぐっすり眠ねむれたのは十年ねんぶりくらいかもしれない。
　いつも何なにかしらの変へんな夢ゆめを見みやすいのだ。
　旅先たびさきでのハプニング、妖怪ようかい婆ばばに襲おそわれそうだったり、迷路めいろに迷まよい込こんだりと、内容ないようはさまざまだが俺おれって呪のろわれているのかと思おもっていた。

「クマ親父おやじ、朝あさご飯はん」
「はいよ。ミルク粥がゆでいいか？」
「いいよ」
「助たすかる。これしかないんで」
「商売しょうばいする気きなしかよ」

　小麦こむぎとミルクの粥かゆはこの辺へんでは獣人じゅうじんが主おもに食たべる一般いっぱん的てきな食事しょくじだろうか。
　いやミルクなのは上流じょうりゅう家庭かていかな。一般いっぱん人じんはお湯ゆのお粥かゆを食たべるから。

「うまいなこれ」
「だろ。ミルク仕入しいれるの大変たいへんなんだ」
「だろうな。これだけの都市としだからなぁ」
「そういうこって。お客きゃくさんは結構けっこうそういうの詳くわしそうだね」
「一応いちおう商人しょうにんなんで一般いっぱん品ひんの流ながれくらいなら」
「なるほどな。冒険ぼうけん者しゃじゃないのか」
「ああ、一応いちおうな」

　俺おれは冒険ぼうけん者しゃというよりは商人しょうにんだろう。旅たび商人しょうにんだな。
　でもたまに金かねがないと冒険ぼうけん者しゃまがいのこともしたことがある。
　パーティーから追放ついほうされたこともあるいわくつきだ。
　俺おれの何なにがそんなに気きに食くわないのか。ペドラーの何なにが悪わるいってんだ。

　人間にんげんには天てん職しょくがあると信しんじられている。
　十五歳さいになると神殿しんでんで授さずけてもらうのだが俺おれはペドラーつまり旅たび商人しょうにんだった。
　旅たび商人しょうにんは商人しょうにんでもあるし冒険ぼうけん者しゃでもあるのだ。
　だから戦闘せんとうも買かい物ものもある程度ていどできる。それで一部いちぶの冒険ぼうけん者しゃには俺おれみたいな「なんでもできるやつ」は相当そうとう目障めざわりらしく、よくつつかれるのだ。
　ペドラーは冒険ぼうけん者しゃエクスプローラーよりも下したに見みられているので、余計よけい軋轢あつれきがあった。
　そんなこんなで不満ふまん爆発ばくはつなんでお前まえばっかり、と言いわれてペドラーだからと答こたえたら「お前まえは追放ついほうだ」とこうなるわけ。

「あはは、バカばっかだな。お疲つかれ様さま」
「それ以来いらい俺おれはほぼソロだな」
「よくソロなんてやってられるな。逆ぎゃくに尊敬そんけいする」
「そうだろうな。国くにをまたいで一人旅ひとりたびとかギャグの領域りょういきだもんな普通ふつうなら」
「それがペドラー様さまになると平気へいきでこなすと」
「まあそうだな。うん。それでまたなんであいつなんかがと無限むげんループ」
「まったく。人間にんげんは碌ろくなこと考かんがえんな」
「おうよ」

　ペドラーの一人旅ひとりたび。
　モンスターに襲おそわれたらソロなんて死しぬようなものだ。
　冒険ぼうけん者しゃは普通ふつう群むれる。みんなで合あわせて仲良なかよくすればいいのに気きが荒あらいやつばかりなのだ。
　それでも死しは怖こわいのでパーティーを組くむ。
　みんな不器用ぶきようなりに役割やくわりをこなして進すすむわけだが、ペドラーは一人旅ひとりたび仕様しようなので料理りょうりもするし戦闘せんとうもするし荷物にもつ運はこびもするし、なんでもできてしまう。
　それが反感はんかんを買かう。お前まえはずるい、チートだと。
　中なかにはペドラーなのを隠かくして冒険ぼうけん者しゃや荷に運はこびつまりポーターとして振舞ふるまっている人ひとも知しっている。
　だが俺おれに言いわせればできるのにしないほうが職務しょくむ怠慢たいまんではないのだろうか。
　パーティーのために全力ぜんりょくを出だせば、御覧ごらんのあり様さまとなってしまう。
　なぜなのか。俺おれも納得なっとくしがたい。

　そういう訳わけで胡椒こしょうを一人ひとりで運はこべる。
　もちろん費用ひようは一人ひとり分ぶんで済すむので格安かくやすだ。その分ぶん利益りえきがデカいという。

「オレンジ一ひとつ。いやカゴ全部ぜんぶ欲ほしい」
「ありがとうございますってお客きゃくさん。ちょっと待まって」
「えなんで？」
「カゴ全部ぜんぶって正気しょうきですか？　それ意味いみ理解りかいしていますか？」
「もちろん。俺おれは他国たこくの風習ふうしゅうにも詳くわしい」

　オレンジの少女しょうじょが顔かおを真まっ赤かになって慌あわてている。
　周まわりの露天ろてん商しょうの人ひともその行動こうどうに注目ちゅうもくしていた。

「お、お買かい上あげ。あっ、ありがとうございます。ぷしゅぅ」

　あぁぁ、耐たえられなかったのかうずくまってしまった。
　立たち上あがって目めからポロポロこぼし始はじめた。

「ずみばぜん。私わたし、こんなことされるのはじめてで」
「そりゃ人生じんせいで二度どはないように誓ちかう」
「そうですけど、こんなオレンジ売うってるくらいしかできない私わたしで、いいんですか？」

　泣なきながら小しょう首くびをかしげる。そのしぐさも、めちゃくちゃかわいい。
　まわりも歓迎かんげいムードのようだ。
　よそ者ものの俺おれに引ひっ込こんでろとか言いわれなくてよかった。

「お父とうさんのところ行いってきます」
「あ、ああ」

　走はしって行いってしまう。
　その間あいだ、俺おれがバシバシ背中せなかを叩たたかれまくっている。

「おめでとうっ」
「おめでとう。あんたも見みる目めあるな」
「人間にんげんの癖くせに見みる目めがあってよかったな」
「まったくだぜ。あの子こ、人ひとを見みる目めがあるのに、全然ぜんぜんだったからなぁ」
「まったくまったく、あはは」

　顔かおを赤あかくしたまま父親ちちおやらしい猫ねこ耳みみオレンジのお義父とうさんを連つれて戻もどってきた。

「あんたか、俺おれの娘むすめを欲ほしいってのは」
「はい。名前なまえはバル。マルシラ一族いちぞくの末裔まつえい、バル。名字みょうじはないです」
「おうマルシラ一族いちぞくの末裔まつえい、バルな覚おぼえたぜ」
「職業しょくぎょうはペドラー。旅たびも売買ばいばいも冒険ぼうけん者しゃもできます。イルクルー王国おうこくから馬車ばしゃを乗のり継ついでひとりできました」
「イルクルー王国おうこくからソロか。いい度胸どきょうだな、信しんじがたいが」
「俺おれにカゴのオレンジをすべて売うっていただけますか？」
「おとうさん。この人ひとは信頼しんらいできる、と思おもう」
「ああ分わかった。売うってやるよ。畜生ちくしょう。俺おれのかわいい娘むすめがまさか『大人おとな買がい』とはな」

　これが世よにいう「大人おとな買がい」という習慣しゅうかんだった。
　ある商品しょうひんを全すべて買かう。それはつまり売うり子この彼女かのじょを買かうという意味いみになる。
　商品しょうひんの代金だいきんは本当ほんとうに支払しはらう義務ぎむがある。
　女おんなの子こは奴隷どれいではあるが商品しょうひんではないので売うるわけではない。
　商品しょうひんを売買ばいばいできるだけの甲斐かい性しょうと信頼しんらいが求もとめられているのだ。

　それだけ胡椒こしょうは金きんになった。丸儲まるもうけだ。
　今いままで溜ためた資金しきんと今回こんかいの代金だいきんで十分じゅうぶんオレンジの大人おとな買がいはできる。

「私わたしの名前なまえはミシェル。ホラムロン一族いちぞくの末裔まつえい」
「そうかミシェルか。いい名前なまえだ」
「ありがとうございます」
「ああ」
「――お父とうさん」

　彼女かのじょの首輪くびわが父親ちちおやの手てで外はずされる。
　奴隷どれい契約けいやくの首輪くびわなので父親ちちおや以外いがいに外はずすことはできない。

　俺おれに新あたらしい首輪くびわを渡わたされる。

「私わたしに首輪くびわをください。新あたらしいご主人しゅじん様さま」

　彼女かのじょが涙なみだを流ながしながら上目うわめ遣づかいで声こえを掛かけてくる。

「分わかった。これからは俺おれがご主人しゅじん様さまだから、一生いっしょう大切たいせつにする」
「はい。ありがとうございます」

　首輪くびわを嵌はめ、金具かなぐを固定こていする。
　これでもう彼女かのじょは俺おれの奴隷どれいだ。つまり妻つまになったことを意味いみする。
　それはこの国くにの習慣しゅうかんだけれども、俺おれもそれを尊重そんちょうする。

「オレンジ売うりはどうしようか」
「あの、妹いもうとがいるので」
「そっか、よかった」

　確たしかに彼女かのじょを小ちいさくしたような子こがお父とうさんの後うしろにくっついて俺おれを観察かんさつしている。

「妹いもうとの名前なまえは？」
「秘密ひみつです。妹いもうとにご主人しゅじん様さまを取とられてしまいます」
「あはは。なるほど」

　これは戯たわむれではなくてそういう習慣しゅうかんらしい。よく分わからないけども。

「これから私わたしはえっと……」
「砂漠さばくのオレンジ。これをイルクルー王国おうこくで売うる」
「これをそんな遠とおくで」

　さすがに目めを丸まるくした。冗談じょうだんだとは思おもっていないようだ。

　味あじも悪わるくない。旅たびは二週間しゅうかん程度ていどかかるが、それまでに悪わるくなったりはしないだろう。オレンジは比較ひかく的てき長ちょう期間きかん保存ほぞんできる。
　向むこうでも売うってはいるが高級こうきゅう品ひんだった。
　それがこの街まちでは獣人じゅうじんが露店ろてんで販売はんばいしているから俺おれは驚おどろいたのだ。
　どこの富豪ふごうかと思おもったが、ここいら一体いったいが産地さんちだと知しって納得なっとくした。

　多おおくのことは知しっているが、知しらないこともある。
　旅たびをすれば新あたらしい発見はっけんがあった。新鮮しんせんなことが知しれて非常ひじょうにうれしい。

「ご両親りょうしんとお別わかれは？」
「母はははもういません。父ちちとはお別わかれは済すませました」
「そうか、じゃあ行いこうか」
「はい」

　こうして俺おれは大人おとな買がいを決行けっこうして彼女かのじょとオレンジを買かった。
　後悔こうかいはしていない。
　彼女かのじょは人ひとを見みる目めがある。それだけでも十分じゅうぶんな資質ししつだ。
　それになりよりオレンジの髪かみと耳みみ。これに一目ひとめ惚ぼれをしてしまったのだ。

　一時いちじは露店ろてんが大騒おおさわぎになったが、なんとか収おさまったので俺おれたちは王都おうとを去さり来きた道みちを戻もどる。
　行いきは一人旅ひとりたびだったが帰かえりは二人ふたり旅たびだ。

「王都おうとの外そとは砂すながすごいですね」
「外そとにはあんまり出でないのか」
「はい。半分はんぶんは砂漠さばくなので」
「だよな」

　ミセドラシル賢けん王国おうこくは砂漠さばく地帯ちたいにある。
　砂漠さばくと言いっても草くさが生はえていて放牧ほうぼくの牛うしがいる。

「ミルクの正体しょうたいはこれか」
「ええ、大だい都市としでも需要じゅようをなんとかまかなえているようですね」
「なるほど」
「牛うしさん、たくさんいますね」
「そうだな」

　こうして放牧ほうぼくの牛うしを見みながら馬車ばしゃは進すすんでいく。

　一週間しゅうかんほどで国境こっきょうまできた。

「いよいよ国境こっきょうだけど」
「はい。緊張きんちょうしてきました」
「別べつに大だい丈夫じょうぶだから。俺おれの奴隷どれいだからな」
「はい。ご主人しゅじん様さま」
「そう言いわれると相変あいかわらずむず痒がゆい」
「バル様さまのほうがよろしいですか？」
「いや呼よびやすいほうで好すきに呼よんでくれ」
「わかりました。ではご主人しゅじん様さまと」
「そうか。いいのか？」
「はい。憧あこがれだったんです。ご主人しゅじん様さまになってくれる人ひとが現あらわれるのって」
「お、おう」

　さすがに俺おれも照てれてしまう。
　そしていよいよ国境こっきょう門もんの列れつが消化しょうかされていき、俺おれたちの番ばんになった。

「止とまれ！　そこの男おとこと奴隷どれい」
「はいっ」
「はいぃ……」

　俺おれたちはガチガチに緊張きんちょうしていた。
　まさか呼よび止とめられるとは。他ほかの人ひとはスルーだったのに何なにが違ちがうんだ。

「どう見みても親子おやこではないが」
「確たしかに」

　そう言いって俺おれたちをじろじろ見みる。
　確たしかにお嫁よめさんにしても彼女かのじょは平均へいきんよりはるかに若わかい。
　結婚けっこん可能かのう年齢ねんれいではあるけれど、その歳としで結婚けっこんする人ひとは少数しょうすう派はだ。貴族きぞくとかを除のぞき。

「闇やみ商人しょうにんではないだろうな」
「滅相めっそうもございません」
「そうか。で、どういう関係かんけいなんだ」
「あのご主人しゅじん様さまは私わたしのご主人しゅじん様さまです。あの……大人おとな買がいで」
「大人おとな買がい。あははは、ロマンチストかよ、本当ほんとうに？」

　大人おとな買がいとは一種いっしゅ伝説でんせつの類たぐいだ。
　当あたり前まえだがそれができるだけの財ざい力ちからがある人ひとは少すくないので目めにした人ひともあまりいない。
　ただ現役げんえきの制度せいどではある。

「分わかった。じゃああれだ。キスしてみろ」
「キスですか！！」
「キス！！！」

　一斉いっせいに視線しせんが集中しゅうちゅうしてくる。
　大声おおごえ出だすんじゃなかった。もう後あとの祭まつりだ。
　まわりはひゅーひゅーとはやし立たててくる。

「他人たにんの奴隷どれいでないならキスできるはずだ」

　これは遊あそびではなくて本気ほんきだ。
　キスもむりやりすれば強姦ごうかんとみなされ電撃でんげきを食くらう。

「分わかりました。ご主人しゅじん様さま」
「分わかった」

　俺おれとミシェルの顔かおが近ちかづいていく。
　ここまで一週間しゅうかん。俺おれたちは普通ふつうに冒険ぼうけん者しゃ仲間なかまであるような感かんじに一定いっていの距離きょりを保たもってきた。
　旅たびではその方ほうが普通ふつうだし、楽らくだと思おもっていた。

「んんぅ、んんっ」

　キスをした。してしまった。
　彼女かのじょの唇くちびるを少すこしの時間じかん、味あじわう。

「んんんっ、んぅ」

　彼女かのじょが離はなれていく。

「お、おう。本当ほんとうだったのか、マジで大だい人買ひとかいとかしたのか」

　オレンジは俺おれのマジックバッグに入はいっている。

「オレンジをカゴ全部ぜんぶ」
「いくらするんだよ、それ」
「金貨きんか五十枚まいくらいかな」
「へぇぇ、参考さんこうにしておく。よし疑うたがいは晴はれた。通とおってよし」

「「「おめでとう」」」
「「すげええ」」
「「ひゅーひゅー」」
「「この幸しあわせ者もの」」

　俺おれと花嫁はなよめであるミシェルは門もん兵ぺいたちの熱烈ねつれつな歓迎かんげいを受うけて、門もんを通過つうかしていく。
　めっちゃ恥はずかしい。

「本当ほんとうにこちらの女性じょせいは首輪くびわをしていません」
「ああ、すまない。こっちだと奴隷どれい身分みぶんなんだが」
「そうですね。しかたないです」

　門もんのこちら側がわはバスティア女王じょおう国おうこくだ。
　その名前なまえの通とおり代々だいだいが女王じょおうをトップに据すえてきた国家こっかだった。

　この国くにには女おんなの子こを奴隷どれいにする文化ぶんかがない。
　そのため彼女かのじょは首輪くびわをしている以上いじょう、奴隷どれいとして見みられてしまう。

　人々ひとびとが興味きょうみ深ぶかそうに俺おれたちをちらちら見みてくる。

「馬車ばしゃに乗のってしまおうか」
「はい」

　そうしてすぐに馬車ばしゃに乗のり込こむ。
　馬車ばしゃに乗のりさえすれば後あとは目的もくてき地ちに向むかうだけだ。

　馬車ばしゃはどんどん進すすみ一週間しゅうかん。
　イルクルー王国おうこくへと戻もどってきた。

「ここがご主人しゅじん様さまの国くにですか」
「ああ、俺おれの生うまれ故郷こきょう。ようこそイルクルー王国おうこくへ」

　そして王都おうとベデルダリスに到着とうちゃくするとミシェルが今いままで見みたことないような笑顔えがおでソレを眺ながめていた。

　――海うみ。

「海うみです。ご主人しゅじん様さま、海うみ。すごい、青あおい、広ひろい」
「ああ、連つれてきてよかった」
「はいっ、ありがとうございます。私わたし、世界せかいを旅たびするのって楽たのしいって思おもいます。これからもよろしくお願ねがいします」

　彼女かのじょは優雅ゆうがに礼れいをしてみせた。とても綺麗きれいだった。

(了)

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