かつてギルド最強さいきょうの女性じょせい戦士せんしとうたわれた「レウルーラ・アンテス」
　そんな彼かれは、あと二年ねんで母ははになってから二十年ねんになる熟女じゅくじょであった。
　妊娠にんしんを理由りゆうに冒険者ぼうけんしゃを引退いんたいし、既すでに長ながき時ときがたった。

――家事かじでささくれた手てで、今日きょう彼女かのじょは数十年ねんぶりに剣けんを握にぎった。育児いくじをするためにとっくの昔むかしに捨すてたはずの、戦士せんしとしての道みち。だが彼女かのじょの手ては戦士せんしとしての記憶きおくを失うしなってなどいなかった。



　電気でんきを切きって、光ひかりを失うしなったシャンデリアとかすかに見みえる高貴こうきな模様もようが描えがかれた天井てんじょうを見上みあげながら、レウルーラは己おのれのささくれた両手りょうてを見上みあげた。

　その小ちいさな体からだ故ゆえに医者いしゃから「死産しざんのリスクが高たかい」「それどころか、一歩ぽ間違まちがえればあなた自身じしんの命いのちも危あぶない」と言いわれてもなお、臆おくすることなく帝王切開ていおうせっかいを受うけ入いれ双子ふたごを無事ぶじ産うんだ彼女かのじょ。

――双子ふたごの娘むすめを育そだててきた、その両手りょうてを見上みあげながら彼女かのじょは涙なみだを流ながした。母ははの手てとなったはずのこの両手りょうてに、まだ戦士せんしの血ちが通とおっている事実じじつに。

　自分じぶんの手てが、もう一度いちど戦士せんしに戻もどりたいと言いっていることにもっと早はやく気きづくべきだった。それを受うけ入いれた上うえで、母ははになるべきだった。
　故ゆえに双子ふたごの妹いもうととして生うまれたリデラードには、自分じぶんのダメなところばかりが遺伝いでんしてしまったと、彼女かのじょは涙なみだを流ながし思おもいつめていた。

　二人ふたりの娘むすめを公平こうへいに育そだててきた、自分じぶん自身じしんでは勝手かってにそう思おもっていたつもりだった。若わかき日ひに燃もえ上あがらせた血潮ちしおが造つくり出だした戦士せんしの心こころを封印ふういんし、強つよく優やさしい母ははになると誓ちかった、自分じぶん自身じしんでは勝手かってにそう思おもっていたつもりだった。

　だが、双子ふたごの娘むすめの育そだち方かたを見みれば、それは違ちがった。



　かつてジュニアスクールの家庭かてい訪問ほうもんの席せきで二人ふたりの担任たんにんをした教師きょうしに言いわれたこと。これが間違まちがいであることを、レウルーラは初はじめからわかっていた。

　彼女かのじょの戦士せんしとしての過去かこを知しらない者もの達たちは、イングリットが母ははとしての優やさしさを幼おさなくして受うけ付ついだように見みえたことだろう。

　だが実際じっさいに彼女かのじょに似にていたのは、リデラードの方ほうだった。

　戦士せんしとしての心こころを捨すてられなかったから。
　戦士せんしとしての血ちがまだ通とおっていた手てで育そだててしまったから。
　自分じぶんが力ちからに驕おごっていたから。
　自分じぶんが本当ほんとうの自分じぶんに気きづけなかったから。
　そしてなにより――誰だれも、自分じぶんが弱よわいことに気きが付つかなかったから。
　かつては自分じぶん自身じしんすらも知しらなかった己おのれの心こころの弱よわさ、リデラードはそればかりを受うけ継ついでしまった。



　この幼おさなき熟女じゅくじょは、時計とけいの針はりを戻もどせないことなど、とっくの昔むかしに知しっていた。
　母ははになる前まえから大勢おおぜいの仲間なかまを失うしない、守まもれなかったこの手てが、その証拠しょうこだった。

　魔物まものとの戦たたかいで重傷じゅうしょうを負おって死しんだ者もの自体じたいは多おおくなかった。
　彼女かのじょが見みてきた仲間なかまを失うしなう瞬間しゅんかん。それは傷きず自体じたいは浅あさくてもその傷きずを起因きいんとして伝染病でんせんびょうになり死しんだ者ものと、不衛生ふえいせいな環境かんきょうで食中毒しょくちゅうどくとなってしまった者ものが大半たいはんを占しめていた。

　街まちに連つれて帰かえり、病院びょういんに運はこび込こむのがもっと早はやければ助たすかっていた可能性かのうせいがある者もの達たちもきっと多おおかった。

　酒さけに溺おぼれる日々ひびを過すごしているリデラードと、ギルドの要職ようしょくについたがために戦場せんじょうに出でることもあるイングリット。

　二人ふたり共ども形けいは違ちがえども、自分じぶんより先さきに旅立たびだつ可能性かのうせいがある立場たちばにあった。
　どうかこの二人ふたりは、守まもりたい。そう彼女かのじょは誓ちかった――たとえ己おのれの命いのちと引ひき換かえにしても。

トップページに戻る この作品ページに戻る

感想を読む