トリスト
共和国の
首都ラーホルス。ここは
真夜中、
悪魔が
来訪するという。
共和国に
属する
錬金術師達は
彼らと
契約することで
国力を
拡大し、トリスト
共和国にとって
悪魔はインフラを
提供するのに
重要な
取引相手である。
繰り
返すがこの
国の
真夜中は、
悪魔が
出歩く
時間。
故に
親は
子供を
決して
外に
出してはならない
時間。
――だけど
俺が
今目の
前で
見ているのは、
事情はわからないが
声をあげて
号泣している
小さな女の子であった。
「――なあ、頼むよシャロォ。この子がさっきから、ずっと泣きながら俺についてくるんだヨォ」
隣にいるのは、
最下級悪魔であるジャック・オー・ランタンの
『ジャック』だった。
ちなみにジャックという
名前は、
初対面の
時俺が
勝手につけた
名前で、こいつ
自身もそれを
気に
入ってくれたのか、
人間界で
名乗る
名前として
使ってくれているようだ。
「これ、俺に一番頼んじゃダメな案件だって、一発でわかるだろ」
実を
言うと、
俺は
子供が
嫌いだ。その
中でも、
静かにすべき
場所で
騒ぐ
子供はとびっきり
嫌いだ。
「大人しく前みたいに憲兵を呼ぼうよ。それかおっさんの屋敷で一旦預かるか……」
――しかし、さっきから
奇妙なところが
気になる。
人前をはばからず
泣くような
年齢の
子供にしては、やや
背が
高い。
そして
涙でぐちゃぐちゃになっているとはいえども、かなり
厚めの
化粧だった。
女の
子は
声変わりの
変化が
緩やかとはいえども、それも
問題なく
過ぎているようだし。もしかしてジュニアハイスクールの
子か?
だけどそんな
年齢の
子が、この
時間に
外で
人目をははばからずに
泣くとどうなるかはさすがに
分別がつくはず。
不可解なところが、
多すぎる。
「……と、とにかくさあ。君、どこの学校の子? おうちはどこなの?」
不可解なところが、
多すぎる。ひとまず
質問してみる。
――その
途端、
泣き
顔に
激怒の
表情が
現れた。
「なんで! なんで! なんで!! みんなわたしを子ども扱いして!!」
握っていた
買い
物かばんを
振り
回して
激怒する
彼女の
声は、どう
考えても
成人している
大人の
女性の
声だった。
「せっかくわがまま放題な娘から逃げてきたのに! こんな仕打ってないよおお!!」
――そして
聞こえたのは、
娘という
衝撃の
言葉。
「……お、お子様をお持ちの方なのですか?」
刺激しないよう、
丁寧に
話しかけたときだった。
――その
声は、
俺のいる
屋敷で
元々働いていたメイドの
女の
子、イングリットちゃんだった。
「お母さんこそどうしたの、こんなところで!?」
民間人がやってきたことに
気づいて、
慌てて
逃げていくジャック。
『すまないシャロォ、後でまた珍しいお宝持ってくるかラァ、その子よろしく頼むダァ』
一方的にテレパシーでそう
告げたジャックは、また
夜道を
放浪する
時間に
戻ったようだ――
別に
構わないけどさあ、こんな
厄介な
案件押し
付けて
逃げたんだから、
珍しいお
宝というもの、
後で
本当に
持って
来いよな。
それからイングリットちゃんの
頼みを
聞いて
俺はこの
子……いや、ご
婦人を
屋敷に
連れて
行った。
ベッドに
入ってすぐ
眠った
彼女の
代わりに
事情を
説明してくれた。
「……私の母、レウルーラは私が仕事に出ている間、私の代わりにずっと一人で妹のリデラートの面倒を見てくれているのです」
お
名前は
レウルーラ・アンテスさんというのか……
屋敷の
持ち
主であるユークリッドのおっさんの
話によると、
俺がこの
世界にホムンクルスとして
生まれた
時点ではとっくに
引退していたが、
優れた
冒険者であったようだ。
――
低身長でありながら
体力はとても
丈夫なご
婦人だったらしく、
本人は
嫌がっていた
名のようだが
『ジェノサイダーロリータ』というなんとも
言えない
二つ
名をお
持ちの
女性戦士だったようだ。
ただ
今のレウルーラさんは……かつてギルドで
才覚を
放った
戦士には、とても
見えない
体つきであった。もとから
低身長なのもあるが、それを
差し
引いても
心労でやつれているように
見える。
「……きっと、リデラードを一人で見ないといけない時間が増えすぎたせいで、ストレスが限界に近いラインに迫っていたのでしょう」
「だからって……成人している子供が二人もいるような方が、あそこまで人目をはばからずに泣くものかなあ? なあ、おっさん?」
「それは俺だってわからねえ。レウルーラさんは俺達が子供の頃ヒーローだった。正直この眼でやつれきった今の姿を見ても、信じられない」
これを
見て
一体どうすればいいんだ、
俺達は。かつてのギルドで
有力戦士であったご
婦人が、あんな
背丈通りの
子供にしか
見えなくなるほどに
幼児退行するほどのストレスなんて、
想像もできない。
「……リデラードは私がなんとかします。どうか時間が許す限りでいいので、お母さんを実家から離してあげてください」
「……イングリットちゃんがそういうなら、そうするしかないよなあ。おっさん」
「正直、ここまで説明してもらっても信じたくない話だが、引き受けよう。頼んだよ、イングリットちゃん」