【作者コメント はじめに】
これまでのエピソードはイングリット中心の視点で描写されていましたが、本章【第1章前日編】は明確に別人物の一人称で展開される話があります。
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大事な
仕事の
直前に、
特別に
休暇を
頂くことができた。
この
休暇をどう
使うかは、もう
決めている。
進んで
行きたくはないけど、
行かなければならない
場所が
私にはあった。
久々に
会った
母は、
前にも
増してやつれていた。
私達が
赤ちゃんだった
頃から、
大人にしては
背の
低い
人ではあったそうだけど、このままやつれていくと
明らかに
危ないことは
明白であった。
――
私が
帰ってくるまでの
間に、
一番変わっていて
欲しかった
状況は、
相変わらず
変わっていないようだ。
リデラードは、
私と
同じ
誕生日に
生まれた、
二卵性双生児の
妹。
「イングリットは昔からこんなにもいい子なのに、なんであの子は昔から……」
正直に
言うと、リデラードと
私は
子供の
頃から
仲が
悪かった。
元からわがままな
性格な
子なのは
知っていたけど、
大きくなってもそれは
治らないばかりか、ますます
悪くなる
一方。
――でも、リデラードをこんな
状態に
変えてしまったのは、
私にも
原因がある。
「ごめん、お母さん……私、仕送り以外の形で二人に何もしてあげられなくて」
「あんたは何も悪くないよ……全部リデラードが、いつまでもわがままな性根を治さないせいさ……」
――お
母さんはそう
言っているけど、
結果的にリデラードにトドメを
刺してしまったのは、
他ならぬ
私。
返事はいつまでも
帰って
来ない。お
酒に
逃げているのか、それが
済んだから
眠っているのか。
リデラードは
就職に
失敗してからずっと、お
酒に
逃げる
日々を
送っている。
私と
一緒の
職場に
面接に
行った
際、この
子は
面接官の
人に
失礼なことばかり
言っていた。
実技検査の
時も
態度は
最悪で、
他の
受験者の
人達とケンカをしたり、フェンシングの
試合で
反則行為を
行ってまで
勝とうとしたり……
それでも、
全部の
審査でほぼ
赤点だった
私をとなりでみていたこの
子は、
面接官の
言葉を
聞いて
自分の
合格を
確信していたようだ。
『今期の採用試験で不合格だったのは一人だけです』
はじめは
私も、
間違いなく
自分が
落ちると
思っていた――だけど、
面接官が
名前を
呼んだのは、リデラードだった。
それも「
君よりひどい
受験者は
今まで
観たことがないし、
今後も
現れないだろう」と
付け
加えて。
それを
聞いてリデラードが
真っ
先に
問いただしたのは、
私が
合格した
理由だった。リデラードが
態度だけを
理由に
不合格になったのは、さすがに
私も
納得できた。だけどほぼ
赤点ばかりだった
私が
合格できた
理由は、
私もこの
時わからなかった。
その
理由を、
所長の
方が
直々にその
場で
発表してくれた。
『イングリットさんは、貴女と違ってとても礼儀正しかった』
『貴女が当社の従業員や他の受験者に失礼な口を利いた際、イングリットさんはご自身には何も非がないのにも関わらず常に率先して謝罪をしていた』
『結果には反映されなかったものの、イングリットさんの苦手なことにも一生懸命取り組む姿勢が強いことは、担当した試験官全員が認めています』
『よって私は、貴女より彼女の方が、当社の求める従業員にふさわしいと判断しました』
――その
宣告はリデラードの
心に、
完全にトドメを
刺してしまった。
いや、
本当にトドメを
刺したのは、
所長ではなく
私であった。
補欠扱いとはいえども
私が
合格したことは、
私のことを
『出来損ない』と見下していたリデラードの
心に
大きな
傷をつけたのだ。
それからリデラードは、
当時の
時点ではまだ
成人していなかったのに、お
酒に
逃げる
日々を
送り
始めた。
そして
元々わがままだった
彼女は、
前にも
増して
反抗的な
性格になった。お
母さんがどんどんやつれていく
様子を
見るからに、
私が
仕事に
行っている
間にリデラードが
何をしてきたのかは、
想像すること
自体恐怖を
感じた。
今の
私は
転職して
冒険者キャラバンに
加入し、
参謀の
地位に
認められている。
私がさらに
良い
職についたことが
気に
食わないのか、
今のリデラードは
恐らく
前にも
増して
荒れている。お
母さんの
泣きの
電話が
仕事中にかかってきたこともあったほどに。
――この
『パンドラの箱』を、
今から
私は
開けるのか。
怖い、
怖い、
怖い
怖い
怖い
怖い……ドアノブを
握っただけで、
強くおぞましい殺気と
悪臭を
感じるほどに。
それでも
私は、ゆっくりと
開いた。
その
部屋にあったのは
無数におかれた
箱と、そこにしまった
空の
空き
瓶、
最低限の
寝具、そして
苛立つリデラードであった。
彼女は
私が
入るなり、その
辺にあったビンを
握りだした。
「……リデラード、今度大事な仕事があるんだ。出張に出かけてくる」
「……お姉ちゃんは臆病者だから、今度の戦いでヘタしたら死ぬかもしれない」
――
瞬間、リデラードの
激昂した
叫びが
響き
渡った。
瞬間的に、
耳を
押さえるしかなかった。
「そんなこと、いちいち言いに来るくらい意気地なしな根性で戦場に行くなら、いっそのこと本当に死んじゃいなさいよ! 出来損ないのアンタが! アタシを差し置いていい目ばかり見て!! バチが当たって死んじゃいなさいよッッッ!!」
――
挨拶に
来たことを、
私は
後悔した。
「――意気地なしは、あなたの方でしょう!」
「いい加減逃げるのはやめなさい!! 確かに私は臆病者だけど、今のあなたにそれを非難されなければいけないほどではないわよ!」
「昔はともかく今ではあなたの方がよっぽど卑怯で情けない、意気地なしで都合の悪いことから逃げてばかりの臆病者よ!!」
「黙れ黙れッ! 説教しにきただけならさっさと出ていけ!! さもないとババアもろとも本気でぶっ殺すわよ!!」
――やっぱりこの
子には、
何を
言っても
無駄だ。
即座に
扉を
閉めて、
逃げるように
走った――
昔はともかく
今はリデラードのことなんて、
大嫌いだ。でも、お
母さん
共々見殺しにすることはできない。そのために、
私はこれから
向かうホワイトエンペラー
要塞から
必ず
帰ってくる。