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仔猫の想い

仔猫の想い
 初めてまーくんを見たのは、私が捨てられた日の夕方。

 空が青ざめ暗くなってゆく。お腹がすいたよ。つかれたよ……。もう、動くのもめんどくさいや。

 電線にカラスがいるのを目にしながら、「生きてる間に捕まるのは嫌だな」、とぼうっと考えた時だった。

 暖かい手が私を包んだ。何か言ってるけどよくわかんないや。そのまま抱きかかえられ、運ばれた。私は、カラスに捕まるよりマシなのかな? ってくらいにしか思ってなかった。

◇◇◇◇◇

 「まーくん、なに拾ってきてるの! すぐに返して来なさい」 

 連れて行かれた先で、ツナ缶と牛乳というエサを与えられた私が、必死な思いで食べていたら大きな声で騒ぐ人が来た。

 「お願い。お母さん。この子死にそうだったんだ。僕みたいに辛かったんだよ。お願いです。飼わせて下さい。この子のためなら、学校に行けるように頑張るから」

 私にエサをくれた人はまーくんって言うんだ。騒いでいる人はお母さんなのね。私はいつ捨てられても生きて行けるように、慌ててエサをたいらげた。まーくんとお母さんは、いろいろ話し合ってたが、私はここにいてもいい事になったみたい。まーくんに抱きしめられ部屋に連れて行かれた。

「今日からよろしくね。えーと、名前どうしよう」

 まーくんは、いろいろ考えてくれて、名前は『希望(のぞみ)』になった。一緒に希望を持ちたいって意味みたい。

 ツナ缶が悪かったのか、お腹を壊したのは後の話。

◇◇◇◇◇

 翌日、私は一人残され、お母さんとまーくんは学校に行ったみたい。いじめられていたまーくんは、学校に行けなくなったので、転校することにしたみたい。新しい学校では上手く出来たみたいで

 「希望、君のおかげだよ」って頭を撫でてくれた。

◇◇◇◇◇

 ある日、私はお母さんに連れられて、動物のお医者さんに行った。なんでも、家にいるためには「手術」というものをしないといけないそうだ。人間のエライヒトがそう決めたので仕方ないらしい。私は子供が産めない体にされたそうだ。よくわかんないけど。

 まーくんは何時も優しい。私はまーくんと一緒にいられるなら、何だって受け入れよう。

 その日から、私は外に出るのを許された。田舎でなかったら外に出るのも駄目みたい。猫に自由は必要よ。空の青さ、草のあおさが私を包む。草の匂いを十分に含んた優しい風が私を祝福してくれた。

◇◇◇◇◇

 まーくんは、中学生になった。どうも学校で上手くいってないみたい。カーストっていう序列があるみたい。うん、猫の世界にもあるよ。エライヒトは何やってもいいんだよね。暴力は振るわれないけど、なんか存在消されてるみたい。

 何が駄目なんだろう?

 暴力振るわれなければいいじゃないの? 命令されなければ自由じゃない。猫はつるむ時もあるけど基本は自由。嫌なら一人でいる選択もあるのに。友達? 無理して作らなくてもいいよね。知り合いさえいればなんとかなるよ。

 って言葉は、ニャーとしか聞こえないみたいね。

 まーくんは私の体を撫でながら、上手く行かない学校の話をしてくれる。私はたまに手をなめてあげてなぐさめる。あぁ、私が人間だったら友達になってあげれるのに。

 もどかしい気持ちを頭をスリスリして伝えた。

◇◇◇◇◇

 いつしか私は、まーくんの役に立ちたい気持ちであふれていた。落ち込んでいたらすり寄ってなぐさめ、一人になりたそうな時は近くで寝転び、いつでもお役に立てるように待機した。

◇◇◇◇◇

 まーくんの事が好き。

 私はどうやら、お年頃になっていたみたい。私の世界はまーくんで一色になった。恋心ってこういう事なのかな? まーくんは、いつでも私に優しい。喉を撫でる手の暖かさ。語りかける声の響き。私を見つめる目の優しさ。全てが私をとりこにする。大好き。まーくん大好きだよ。

 でも、まーくんには、ニャーニャーとしか伝わらない。

 「大好きだよ。希望」

 違う。違うの。そうじゃない。あなたの好きと私の好きは、同じ言葉なのに全然違うの。伝えたい。この想いを。でもあなたには、ニャーってしか聞こえない。悲しい。切ない。あなたのためなら何だってしたいのに。

 そう思った時、思いだした。

 私は、この家の子になるために、手術を受けた事を。

 エライヒトが決めたルールで、飼い猫は子供を作れない体にされなきゃいけなかったんだ。人間の偉い人が私の体を…………

 私の想いなんか伝わらない方がいいのかな……

◇◇◇◇◇

 「飼い主に恋した? 想いを伝えたい? ははっ、よくある話だな」

 どうしょうもなく膨れ上がった恋心を、長老のミケに話した。なのによくある話だと一笑された。

 「違うの、本気なのよ」

 「駄目だよ、ノゾミ。君は猫として愛されているんだ。それで十分じゃないか。それ以上望むのはエゴと言うものだよ」

 秋風が私の頬を冷ます様に吹き付ける。相変わらず夕方の空は青ざめている。

 「それでも、想いだけでも伝えたい。恋人にならなくてもいい。あの人を支えられる友達でもいい。言葉を交わしたいの。想いを伝えたいの」

 泣きながら私は思いを吐き出した。伝えたい、話したい、言葉を交わしたい。

…………一緒に笑い合いたい……大好き……伝えたいの……ただそれだけ……

 泣きながら、泣きながら……紡いだ言葉は風に溶ける。

 「やめときな。って言いたいが、お前には伝えてもいいかもしれないな」

 ミケは私を見つめ、困ったような顔をした後、真面目に言った。

 「見えるかい、あの山。金峰山の中腹に、役小角えんのおづぬと言う偉い方の、使い猫の子孫がいると言われている。山伏の格好をしているので、会えばすぐにわかるそうだ。そこの不思議な猫に頼めば、願いを叶えてもらえるらしい。あくまで言い伝えだがな。俺としては勧めたくないが、どうする」

 私は一も二もなく金峰山へ向かった。

◇◇◇◇◇

 山道はひどいものだった。キツネやイタチに狙われ、枯れ木に足を取られ、ぬかるみにはまり、虫に襲われ…………ボロボロになりながらも数日後やっと山伏姿をした猫に出会えた。

 「何? ボクに会いに来たの? めっずらしーね。何十年ぶりだろ」

 軽く言われた。私は私の想いを赤裸々に語った。嘘をついたら駄目になりそうな気がしたから。

 「ふーん。面白いね。人間になりたいんだ。うん。出来るよ。でもやめといた方がいいんじゃない?」

 命がけでここまで来たのに。やめるなんてありえない。そう言うと、困った顔で彼女は言った。

 「猫のままで話せたらいいんだけどね、声帯が違うから難しいよね。話しがしたい? それだけ? でもね、そうかい。話したいだけなんだ。……嘘だね」

「本当よ。話したいだけなの」

 嘘って何。苦しんでいるまーくんに大丈夫って言いたいだけよ。

 「そうなんだ。ホントに? 君の気持はどうでもいいの?」

 私の気持ち? 苦しんでいるのはまーくんなのよ。まーくんに伝えたいの。大丈夫よって。

 「猫のままでも伝えられていると思うんだけどね。……言葉にするなら、どうしたって人間にならないと話せないよね……」

「人間になりたい。あの人の隣で想いを伝え合いたいの」

「……いいかい、ボクが叶えてあげられるのは一度だけだよ。最近流行っているクーリングオフとか、そういうのは効かないからね。……いいかい、人間になったら二度と猫の姿には戻れない。それでもいいのか? あんたの幸せは猫にあると思うのだけどね」

 それでも私はまーくんと話しがしたい。あの人の隣で笑い合いたい。私はどうなってもいい。

「そうか。じゃあやるよ。絶対、後悔すんなよ」

 彼女は私を祭壇の奥に立たせる。四つ角にしきみと言う葉を飾り、護摩木ごまぎを組んで火を着けた。

 青白く揺らめく炎。彼女が大振りの数珠を鳴らし、咒式じゅしきを唱えた。



 まぶしい光が辺りを包む。目がくらんだ。



 気がつくと、護摩壇の火が煌煌こうこうと赤く光っている。

 赤? 赤って何?


 夕方の青ざめた空が見たこともない赤く染まっていた。ピンク・オレンジ・。様々な色でグラデーションに輝いている。

 なに? この空の色。青色さえも、見たことのない程、鮮やかに見える。

 「成功したね。ノゾミ。それが人間が見ている景色だよ」

 猫は色盲。赤の色を感じ取れない。

 私とまーくんは、これだけ見ていた世界が違ったのね。これからは、私もあなたと同じ世界を感じんことが出来るよ。あなたは、こんな素敵な世界で生きていたのね。ズルいよまーくん。こんな素敵な世界で悩むなんて。

 私の世界は色を増した。素敵な未来が待っているわ。

 「思った以上に美しい人間になったな、ノゾミ。感動してるトコ悪いが、人間になったら服着てくれよ。そこにあるからよ」

 彼女はそう言って服を指さした。よくわかんないけど、なんとか服は着たよ。

 「いいかい、これからは人間として生きなきゃいけない。猫の素晴らしい柔軟さも、素速さも、美しさも、可愛らしさも……。全部捨ててしまった君は、行動するのも大変だろう。頑張って山を降りるんだね。ボクはもう関わらないから好きにしな。じゃあね」

 そう言い残し彼女は消えた。

◇◇◇◇

 体が重い。動きが鈍い。大きくなった私は、私の体を扱いかねていた。猫だったら、あの隙間くぐれるのに。

 なんとか山を降りた私は長老のミケに会いに行った。

 「ただいまー」

 そう言うとミケは、私に近寄って頭を擦り付けると「ニャー」と言った。ミケの声が聞こえない。私が人間になったから?

 ミケは私にニャーニャーと語りかけると、諦めた様に去って行った。

◇◇◇◇◇

 「まーくん」

 やっとまーくんに会えた。私がまーくんに拾われた場所で。
 あの時の空は青ざめていたけれど、本当は今みたいに真っ赤な夕焼けだったのかな。わたしは駆け寄って抱きつこうとした。

 でもまーくんは戸惑っていた。

 「好きです。まーくん。大好きです」

 思いの丈を語る。でも、

 「君、だれ? 何の罰ゲーム?」

 まーくん。まーくん。私よ。

 「まーくん。私。希望です」

 「のぞみさん? どこかで会ったことが……」
 「あなたの飼い猫のノゾミです。あなたに釣り合うように、人間になりました」

 露骨に嫌な顔をされた。

 「変な冗談は止めて下さい。確かに家の猫はのぞみと言いますが、このところ帰ってこなくて心配してるんです。からかわないでください」

 信用されない。そうだよね。いきなり言われても困るよね。私は、猫として過ごしたこれまでの日々を初めから伝えた。

 「本当に、希望、なのか」

 感動してくれてる? 私頑張ったのよ。あなたの隣に立つために。

 でも、まーくんの顔が青ざめる。


 「なんで人間になんかなってしまったんだよ」


 何を言ってるの? あなたのために……

 「僕は学校でイケてなくて、君(猫)との時間でなんとか心を取り戻しながら、学校にも行けるようになったのに…………。人間なんて……女性なんて苦手なんだ。嫌いだ。嫌だよ。……君が猫の姿でないと僕は一緒にいられないよ……。なんでだよ。なんでそんな姿に!」

 何を言っているの? 私はまーくんのために。


 ……まーくんのために?


 違う! 本当に言いたかったことを私言ってない!
 伝えなきゃ。まーくん……

「さよなら、大好きだったよ。猫のノゾミ……。僕の……希望のぞみ

 私の言葉が声になる前に、まーくんはそう言って走り去って行った。


 本当に伝えたかった言葉は、なにも言えないまま風に散ってしまった。。
 心から伝えたかった想いは、「好きです」という私の感情に潰された。


 私はこれからどうやって生きて行けばいいの……
 猫としても、人間としても、生きていく目処が立たない私は……

 色とりどりだった空は、青ざめ黒く変わっていく。
 目の前から急激に色が失われていく様を、私は呆然と感じているしかなかった。
 

最新話です



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