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犬になったアオ

犬になったアオ


 ある日、家に帰ると一緒に住んでいる彼が犬になっていた。

 玄関で待っていてくれたのだろうか、ちょこんとお座りをしているゴールデンレトリバーの尻尾が激しく動いている。

「アオ!?」

 私が名前を呼ぶと飛びついてきて顔をベロベロと舐めだした。

「本当にアオなの?」

 立ち上がると私の背と同じくらいのアオ。

 目が合うと、すがるような甘えるような何かを訴えるような目で私を見つめる。

「アオ……よかったね」

 私はアオの頭を撫でながら強く抱きしめた。


 それから犬になったアオとの生活が始まった。

 仕事から帰ってくると、いつもアオは玄関で出迎えてくれた。

 一緒にご飯を食べて一緒にソファーでテレビを見て一緒にお風呂に入って一緒に寝る。

 お休みの日はのんびり公園でお散歩した。

 アオが行きたがっていた海にも行った。

 私は犬になったアオとの生活を楽しんでいた。


 人間だった頃のアオと一緒に暮らし始めたのは五年前。

 アオはいつも明るくて優しくて、私は心の底からアオのことを愛していた。

 そろそろ結婚しようかと話していた矢先、アオは事故にあった。

 両手と両足の骨折。

 内蔵もやられ、何度も手術を繰り返した。

 骨折や傷は治ったものの、アオがベッドから起き上がることはなかった。

 長い入院生活が続きアオはどんどん変わっていった。

 以前の明るさはなくなり、話しかけてもただ静かに頷くだけだった。

 半年前、アオは突然「家に帰りたい」と言った。

 私は反対されながらも無理矢理お願いしてアオを家に連れて帰った。

 家での看病が始まるとすぐにアオは口ぐせのように言い始めた。

『オレ、犬になりたい』と。

『犬になったらユキと公園で走り回ったり、一緒に海に行って遊んだりできるのにな』

『犬になったらなんにも考えなくてよくなるのかな……』

 アオはいつもそう言って寂しそうに笑っていた。

『これじゃユキを抱きしめることもできない』

『ユキを笑顔にすることもできない』

『ごめんな』

 アオは毎日そんなことをつぶやいていた。



 ゴールデンレトリバーの寿命はおよそ十年から十二年。

 犬になった時のアオは見た限り成犬だった。

 あと何年一緒にいられるのだろうか。

 もう二度と人間には戻らないつもりなのだろうか。

 もう人間のアオには会えないのだろうか。

 それでも……。

 アオが幸せならそれでもいい。

 犬になったアオが幸せでいてくれるのなら。


 私の膝に顔を乗せているアオをギュッと抱きしめた。

「アオ、愛してる」

 アオは何も言わずにただ尻尾を激しく揺らしていた。

 そして頬に流れる私の涙を優しく舐めてくれた。


          完



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