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鳥になりたい男

焼き鳥屋で


焼き鳥とは

 ・鶏肉を一口大に切ったものを串に刺して、直火焼き(串焼き)したものである。

 ・半荘(1ゲーム中)に一度も和了できない、すなわち一度もツモやロンでアガれなかった時の状態を指す麻雀用語。焼き鳥になった場合ペナルティが課せられる。





 ――カウンターだけの小さな焼き鳥屋。

 この焼き鳥屋に毎日欠かさずやって来る常連客の男がいた。

「いらっしゃい」

 大将が声をかける。

 男は決まってカウンターの端に座り焼き鳥の盛り合わせを頼む。

「いつもの、頭から足まで」

「ハイよ」

 男は出された生ビールを飲んでひと息ついた。

「どうですか、調子は」

 大将が男に声をかける。

「まだ全然。鳥にはなれないよ」

「……もう二年くらいですかね」

「この店はね。鳥になりたいと思ってからは、かれこれ五年」

「そんなにですか」

「うん」

 その男は変わっていて、鳥になりたいからと毎日焼き鳥を食べているのだった。

 初めて大将がその話を聴いた時は冗談かと思って聞き流していたのだが、どうやら男は真剣に鳥になれると思っているらしかった。

 そんな男に鳥になれるわけがないとはさすがに言えず大将はただ話しに付き合ってあげていた。

「オイ、兄ちゃん、いくら焼き鳥を食べたからってな、鳥になれるわけないだろうが」

 男はよく酔っ払いに絡まれていた。

「そんなのやってみなきゃわからないじゃないですか」

「焼き鳥食べて鳥になるっつうんなら今ごろ俺たち全員鳥だぞ」

 酔っ払いはそう言ってバカにしたようにワッハッハと笑っていた。

「あの……」

 会話を聴いていたもう一人のお客が口を挟んできた。

「焼き鳥だったらすぐになれますよ」

「えっ?」
「あん?」

 鳥になりたい男と酔っ払いは同時にその客を見た。

「なんだよお前、焼き鳥って」

 酔っ払いが聞いた。

 大将も興味が湧いたようでお客をじっと見ていた。

「皆さんは麻雀はやりますか?」

 お客が言った。

「は? 麻雀? そんなのやんねえよ」

「僕も、麻雀はよく知らないです」

「そうですか。いや、麻雀でね、1ゲーム中に一回もアガれないことを『焼き鳥』って言うんですよ。だから、焼き鳥にだったらなれるんじゃないですか?」

 お客が言うと店の中は静まりかえった。

「焼き鳥だと……飛べないですね」

 鳥になりたい男がボソっと呟いた。

「ルールはいろいろあるんですけどね、焼き鳥になるとペナルティがあって、三万点払わないといけないっていうのがあるんです。そうなるとたいがい自分の持ち点はマイナスになってしまいます。そう、つまり『焼き鳥』になると飛んじゃいます」

 また店の中がしんと静まりかえった。

「……なるほど」

 鳥になりたい男は何かを考えているようだった。

「ケッ……なんだよそれ」

 酔っ払いはあきれたようにそう言うと大将に焼酎のおかわりを頼んだ。




 その日から鳥になりたい男も、その酔っ払いもあのお客も焼き鳥屋に姿を見せなくなった。

 風の噂で彼らはどうやら麻雀にハマっているらしいことがわかった。

「あのお客、余計なことを言いやがって……」

 大将はカウンターで一人、ため息をついていた。

 焼き鳥屋では閑古鳥が鳴いていた。


          完




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