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黄金の魔女フィーア (旧版)
人間同士の激突
「しかしよー、あんた達フォレノワールの魔女と一緒にいるのかよ」
剣士の話し方が変わった。これまで何度も聞いた、偏見に満ちた声。思わず作業の手が止まってしまう。
「……そうだけど?」
ミレーヌの表情が怪しい。また不信感が戻ってる。いけない。私まで冷静さを欠いてしまったら。
ここはミレーヌにまかせよう。
――幸い、会話は聞こえてくるから問題ない。ミレーヌはどう出るかしら。
「ああ、残念だ。やっぱり同席しなきゃいけねーのかよ。冗談にしてほしかったぜ」
その一言で、私は彼らが軽口で言っているのではないことを確信した。
「……何ですって?」
「フォレノワールの魔女は邪悪な研究をしてるんだろ」
「……根拠は?」
ミレーヌの問い。今は抑えているが、いつ決壊してもおかしくないくらい、怒りがにじみ出ている。それでも彼女は踏みとどまっている。頑張ってほしい。
こんなところでトラブルを起こしても、良いことなど一つもない。
相手の三人も私達と同じ冒険者。お互い敬意を払って対等に接するべき。無礼に無礼を返すのは、まだ早すぎる。
「俺は聞いたぜ! あいつが墓地で動物の死肉を集めてるって噂をな!!」
それを聞いて、私は心臓が止まるかと思った。ミレーヌはきっと我慢している。なのに、それを汚すような真似をするなんて。
確かにそれをしているのは事実だ。否定する気はない。研究のために必要なことだから。だけどこれをついてくるとは。
「なあエミリー、あの魔女は死肉なんか集めてどうするつもりだと思う?」
弓使いの問いに、呼びかけられた女が叫ぶ。
「そんなの決まってるじゃない! あいつはきっとゾンビを生み出す禁術を研究してるのよ! そうじゃなきゃ死肉なんて気持ち悪いものわざわざ集めないわ!!」
吐かれた言葉を織りなす感情は悪意と疑惑、そして恐怖。それも未知の魔術師に対する。私達は今までずっと恐れられてきた。そのことに文句を言うつもりはない。むしろ力なきものが恐れる力を持つことこそが魔術師として最大の名誉であると思っていた。
だが帝都では、その価値観は通用しないらしい。
「そうだそうだ! そうに違いねえ! あんな不便な森にこもってるのは禁術を研究していることを隠すためだろ!!」
……確かにそう思われても仕方ない。
あの森はゴブリンやオーガの隠れ家には最高だし、危険な野生動物もたくさんいる。民間人はまず近づかない。
そこで魔術の研究をしてるとなれば、そう疑われるのが当然。特に集めている材料が材料だから尚更だ。
これは私が研究成果を公にしてこなかった所為でもある。行動理念が不透明な存在を恐れるのは人間として自然なこと。理論だけにとどまれば正当な疑いだ。
でも、正しいからと言って、その言葉を受け入れられるかは別問題だ。彼らのような人間はやがて暴力によって私を排除する。それが嫌だから私は引きこもった。
「そのくせして黄金の魔女だとか、やけに小洒落たあだ名を国からもらっちゃってよぉ。ッケ、何が黄金だよ。あんな奴の黄金要素なんて目撃情報のなさくらいだろーが! 引きこもりごときがお高くとまるんじゃねえ!!」
どうやら彼らとは友達になれないみたい……私が聞いていることに気がついているかはわからないが、これ以上はもう目を背けたい。
「――何よそれ! そんな言い方しなくてもいいじゃないッ!!」
その時だった。ミレーヌが力いっぱい叫んだのは。
「ああ!?」
怒鳴り声に対しにらみ返す剣士。
「全くだ。せっかく君達とは仲良くなれると思ったのに、そんな最低なことを言われるとは思わなかったよ」
そこにティファレトさんの一言。私も驚いた。彼はいつも通り淡々とした口調だけど、そこには確かな怒りが込められている。
「彼女が君達に何をした? 初対面の人に何かできるはずがないだろう。冒険者なら風評だけで他人を見るような真似はしてほしくないものだな」
私のために怒ってくれる人がいる。それだけで私の心はとても温かくなった。
ありがとう二人共。私はこの人達を信じられる。
「だけどよ! 死肉なんか集めるなんておかしいだろ!!」
彼らの言い分はまだ終わらなかった。まだ反論できる材料を握っているつもりらしい。
「それは君達が彼女にそうする理由を直接聞けばいいだけだろう」
しかしティファレトさんは、決して臆せず切り返す。
「それをしてなお納得できないなら、もう勝手にすればいいさ。だが私は、風評だけで人を見る君達を仲間とは断じて認められない」
一歩も譲らず、論理的に彼らの行いを否定する。その主張は完全に筋が通っていた。強い言葉だ。私達に向けられたものではないのに、胸の奥底まで響いてくる。これが本物の戦士の覚悟というものなのだろうか。
正直言って、ここまではっきり言える人は初めて見たかもしれない。
「そもそもこれから戦いに行くというのに、仲間の士気を落とすような真似をしてどうする? そんなことは間接的に仲間を死に追いやっているようなものだぞ」
「クソ……!!」
彼らは黙ってしまった。反論の言葉が見つからないのだろう。もう悪態を突くことしかできないみたいね。
「ミレーヌ、行こう。彼らとは友達にはなれなさそうだ」
「全くね!」
「二人共……」
思わず涙声が出る。こんなにも私のことを思ってくれているのね。ティファレトさんはまだ会ってばかりだというのに……
「さ、馬車に乗ろ! フィーア、もうあの人達とは口を聞いちゃダメよ!!」
頑張って怒りを隠すミレーヌ。それに対しティファレトさんも静かに頷いていた。
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