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黄金の魔女フィーア

百獣悪鬼
「……ねーフィーア。まだ着かないの?」

 二人が仲良くしているのが気に入らなくて、ミレーヌが急ぐようせかしてきた。

「まだ半日はかかると思うわ」
「えーそんなにー……?」

 嫌そうな声をあげるミレーヌ。まぁ気持ちはわかるけどね。
 私だって早ければ今日中につければ御の字と思っていたくらい。
 荷台の重量の都合上、無理して速度を出すわけにはいかない――でも、私は少しだけ焦っていた。理由は簡単である。

「フィーアさん、そろそろ里の近くだぞ」

――里の近くまでたどり着いたのは良い。だが、ここからどうやって里に向かうかが本題。

「ティファレトさん。最近この地方で魔物の勢力が活性化しているのよね」

 もし彼らに絡まれたら、とても厄介だ。私たちだけでは対処できないかもしれない。その場合は最悪の事態も想定しなければならないからだ。
 もしもに備えて、警戒しておく必要がある。
 そんな私の不安を知ってかしらずか、ティファレトさんは厳しくこう言った。

「魔物だけじゃないぞ。手紙で聞いたばかりなのだが、この辺りでは最近野生動物達もより凶暴になっている」
「なんですって?」

 そういえば前に読んだ報告書にそんなことが書いてあったような気がする。獣達の様子がおかしいって。
 その事実に気づいた瞬間、ゾワリと背筋が凍りつく感覚に襲われた。

「つい先日まで、この地方ではあるドラゴンが暴れていてな」
「ドラゴン……?」
「奴の名は、皆殺しの魔王。奴がこの地方を荒らしまわった結果、野生動物達は住処を追われ、より凶暴になったとのことだ」

 その名前を聞いた途端、血の気が引いた。皆殺しの魔王……その名は私もよく知っている。
 かつてその竜は、ただの大人しい草食竜だった。だがある日角を失った怒りから、自分以外の全ての命を敵とみなして襲い掛かった。
 その恐るべき力でおびただしいほどの命が失われたという。最近ようやく討伐されたそうだけど……

「……フィーア、あれ見て!」
「……どうしたの?」
「動物の群れが、こっちに向かっている!!」

 そこにいたのは、奇怪な群れだった。種の隔たりを持たず、様々な動物がこちらに向かっている。象のような巨体故に天敵を持たぬものや、肉食獣である虎や狼のみならず、普段なら捕食者達の格好の餌であるガゼルやウサギすらも加わっているのだ。
 それはまさに悪夢の様な光景であった。

「……まずい、百獣悪鬼変化だ」
「なんですって?」
「彼らは皆殺しの魔王に住処を追われた存在。それが群れを成して凶暴になり襲いかかってくる。予測の難しさにおいては魔物よりも危険な相手だ」
「……なんてこと」

 そんな事とは露知らず、馬車は無防備に彼らの領域に入ってしまった。
 すると突如、群れの中から数匹の巨大生物が飛び出してきた。…………熊?

「くっ! こいつは危険すぎる! 急いで迎撃してくれ!」

 ティファレトさんの警告の声と同時に、彼は刀を構えて前に出る。しかし彼の表情は苦しげなものへと変わっていく。
――さすがは里一番の戦士といったところだろうか、久しぶりに見たがすごい剣技だ。だが、それでもなお敵の数は多い。彼の力をもってしても抑えきれないだろう。
 私達も、戦うしかない。

「ミレーヌ、ディバインの準備をして!」
「わかったわ!!」

 魔力のチャージが終わるまで、ミレーヌを守らないと。
 私は杖を握りしめ、いつでも魔法が放てる態勢をとる。

「大地よ怒れ、アース・ブレイク!」

 狙うのは群れの中心部。大地が分厚い板のように隆起し、巨大な土の槍を作る。貫かれた動物は断末魔を上げながら息絶えていく。
 だが、一匹の獣がミレーヌめがけて突進を仕掛けてくる。
――間に合わない!? 思わず目をつぶる。
 次の瞬間、金属と牙がぶつかり合う音が響き渡った。
 目を開くとそこにはティファレトさんがいた。

「フィーアさん! ミレーヌは私が守る! あなたは攻撃に集中してくれ!」
「わかったわ」

 もう一度、やってきた群れの中心に狙いを定める。

「大地の憤怒よ、燃え上がれ! グラビティ・フレア!」

 そして、その直後――激しい炎の音が響き渡った。

「――!!」

 強烈な、断末魔の悲鳴の数々。溶解した大地が炎を吹き出し、彼らを焼き尽くしたのだ。
 爆心地にいた大多数は消し炭となったようだが、それでも他の個体は軽傷で済んでいる。
――しかも運の悪いことに、そこにさらに私の魔法が通じない存在がやってくる。

「……あれは」

 そこにいたのは、なんとバッタの群れ。通常の群生相よりも濃い黒色に染まった彼らが飛んでくる。私の魔法は大地に衝撃を与える魔法。空を飛ぶ彼らにそれは、届かない。別の方法で対処するしかない。

「ミレーヌ、ディバインはまだなの!?」
「…………」

 チャージに集中している様子を見るに、まだディバインは撃てない。

「なにか、手段はないの……?」

 その時だった。ティファレトさんと目が合った。

(……ティファレトさん?)

――瞬間、バッタ達が急に燃え上がった。

「――えっ」

 燃え上がったバッタ達は、あろうことか群れの動物達に突撃していく。炎に包まれた仲間を見たせいか、動物達の視線と進路が一斉に乱れた。
 そしてその隙を逃すことなく、ティファレトさんは一気に攻勢に出る。次々と迫り来る敵を切り捨てていき、ついに彼らは全滅した。
 あまりの事態に、一瞬何が起きたのか理解できなかった。

「……ティファレトさん、これって」
「フィーアさん、よく見てくれ。これはバッタじゃない」
「……えっ」

 そこには一個だけ、原型を留めた虫の亡骸があった。姿は私の知るバッタとはまるで違う。

「これはカゲロウさ。そして彼らは最初から私達の味方だったのだよ」
「うそ……」

 カゲロウ……成虫になった後たった一日の命しか持たないという、短命の昆虫。
 そんな彼らは命を燃やして飛び、敵へ体当たりして私達を助けたのか。

「――ティファレト、何をしている」

 そこに聞こえた、聞き覚えのない声。

「……えっ」

 聞こえたのは、上側だった。馬車の荷台の天井に、人が乗っていたのだ。

「おお、エフェメールじゃないか!」
「エフェメール……?」

 彼女は手元に一匹蝶を乗せていた。どうやらティファレトさんは彼女のことを知っているらしい。

「ねえ、この人って……」
「エフェメール・パヴェロパー……ティファレトの義姉だ」

 彼女はそう名乗った。まさかお姉さんだったらしい。顔はあまり似ていないが、雰囲気はどこか似ている気がした。
 だが今はそれよりも気になることがある。

「フィーアさん。彼女は女性で初めて上忍に認められた戦士なんだよ。魔法の腕も良くてね。女性の中では母さんの次に強いとまで言われているんだ」

 ティファレトさんがそう言うと、彼女はこちらを見下ろしてきた。その瞳は、とても冷たかった。

「あのカゲロウも、彼女が魔法で呼び出したものさ。彼女はカゲロウを媒介して炎魔法を使うのだよ」

 ティファレトさんの語る内容を聞いて、私は驚愕していた。
 そんな話、聞いたことがない。それは全く未知の、魔法系統であった。

「それよりティファレト、この二人が手紙で散々自慢していた腕利きの魔法使いか?」

 彼女は直接会うより先に、私達のことを知っていたらしい。どうやらティファレトさんが手紙に私達のことを描いていたようだ。

「ああ、フィーアさんとミレーヌだ」
「……ふーん」

――彼女はそれを聞き、無言で跳躍し馬車から降りた。

「エフェメール。手紙にも書いた通り彼女はすごい魔法使いなんだ。仲良くしてあげてくれ」
「よろしくお願いします」

 優しいお願いに先に応えるため、彼女の顔を見て挨拶をした――だが彼女は、いつまで経っても返事はしない。表情もなく、友好的な姿勢を示す意図は見えない。

「……どうかしました?」

 半ば催促するような言葉を無自覚で出してしまった。だけど彼女は相手にしないままティファレトさんの方へ。

「私と離れている間にこんな女狐にたぶらかされていたんだな、よしよし」

 そう言いながら、彼の頭を撫でる彼女は……確かに私のことを、女狐と言った。

「…………」

――不愉快だが、何も言葉がでなかった。

「……里で待っている」

 彼女は一言だけ言い残し、そのまま去る。残されたのは、呆然とした私達だけ。

「…………」

 エフェメールという謎の戦士……優れた戦士らしいけど、態度はどうも好ましくない。
 だが、それよりも、もっと気にしなければいけないことがあった。次が来るより先に急いで里へ向かうことだ。

「……ミレーヌ、大丈夫?」
「うん……平気よ。でも少し怖かったわ」
「……ごめんなさい。私が油断をしていたせいよ」
「いいのよ。ささ! 早く行こう!」

 ミレーヌの元気な様子に安堵する。やはり彼女には笑顔が一番よく似合う。私は早速、馬車を走らせた。

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