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黄金の魔女フィーア (旧版)

辺境の異変
――時はさかのぼり、今日からそう遠くない晩のことである。私は夜道で出会ったミレーヌを連れて家に帰った。
 木でできた扉を開き、あまり広くないリビングに彼女を通す。

「こんなお茶しか出せないけど、いい?」
「別に大丈夫よ」

 マグカップに紅茶を入れて渡すと、迷わず飲み始めた。安物のお茶なのにとても嬉しそうに飲むわね。それから二人でしばらく雑談をした。

「で、今日は何しに来たの?」
「そうそう、これを見て!!」

 すると突然、彼女は何かを思い出したかのように口を開く。
 本題に入るきっかけを掴んだ途端、急激にテンションが上がるミレーヌ。迷うことなくかばんからものを取り出す。

「これは?」

 渡されたのは羊皮紙でできた依頼書。協力者求ム、と大きく書かれた見出しから緊急性が見て取れる。

「この仕事なかなか良さそうじゃない?」

 報酬金は五万五千アルム、先払いは二万アルムまで可能。全額で一般家庭の生活費の半年分か。確かに額だけは悪くない。

「やけに報酬金が高いわね」

 でもこんな大金が一度に動くなら、簡単な仕事なはずがない。どういう経緯でこれだけの報酬を出さなければいけない事態になったのかしら。内容は……ゾンビの殲滅及びカマーン村の奪還?

「……ええ、カマーン村が壊滅状態になった!?」

 依頼書には確かに、そう書いてあった。カマーン村はこのアルミュール帝国にある田舎の一つ。チーズが名産品として知られている平凡な村。
 最近カマーン村からの物資の納入が止まったことで、役人達が不審に思い調査に向かったところ、そこに人の姿はなくゾンビの巣窟になっていたらしい。

「ええ、知らないの? 三日前くらいから大騒ぎになってたよ?」

 最近新聞を買いに行く余裕がなかったから、全く知らなかった。

「あ、もしかしてまだ新聞買ってない?」
「明日買いに行こうと思ってたのよ」
「そっか、ごめん」

 物資納入を滞納していることは聞いてたけど、そんなことがあったとは。想像できなかったわ。
 ……ちなみに定期購読にしていない理由は、森の中まで配達してくれる業者がいないからよ。決して字を読むのが嫌いな訳じゃない。むしろ読書は大好きな部類だ。
 それにしても厄介なことになったものね。カマーン村が滅んだなんて。私は森の中に住んでいるとはいえ、この森から山側に進んで行けば、そう遠くないところにある村だから。そこからゾンビが流れてきたりしたら、少しばかり厄介だ。

「これ、一緒に行こうよ」
「ええ、私も?」
「ほらここに魔法使いの方、募集していますって書いてあるよ」

 指さすところにはしっかりとそう書いてある。なるほど。だから一緒に行こうって言うのね。この子らしい考え方ね。
 でも田舎が丸ごとゾンビの巣窟になるなんて、何かただ事でない背景がありそうだわ。確かに報酬金は魅力的に感じるけど、これは危険な賭けにも見える。
私が悩んでいると、彼女がさらに言葉を続ける。

「フィーア、ゴーレムを制御する魔法ってかなり珍しいのよね? だったらきっと歓迎されるわ! 貴重な戦力になるって!!」

 それはまるで私の迷いを見透かすような言葉だった。 確かに人造生命の研究をしている魔法使いは珍しい。それは事実であるし、貴重な人材として扱われても不自然じゃない。
 それに任務の過程で研究の役に立つものを見つけられる可能性も、少なからずある。

「それにこの事件、人造生命が絡んでいるみたいだから、あなたの知識があれば絶対有利に仕事を進められるよ」

 それでも外に出ることには抵抗がある。成人する前から魔術師としての修行を続けていた私は一般人から奇特な視線で見られることが多かった。それは同じ研究をしていた私の師匠も同じ。こんな薄暗い森に住んでいるのは、その視線から逃げるため。
 この仕事は多くの人の目に留まる。これは物理的な危険と同じほどにリスクが大きい。
 でもミレーヌはもし私が断ったとしても一人で参加するはずよね。だってこんなにも乗り気なのだもの。

「……わかった。私もいく」

 結局了承してしまった。

「やったー! それじゃあ明日街で手続きに行きましょ!」

 ミレーヌは返事を聞いて喜んで帰って行った。私の内なる葛藤も知らずに。
 いや、本当は何も知らない方が気負いさせなくていいのかもしれないのだけどね。

「……連れていくゴーレムはどうしようかしら」



――そうして迷いながらやってきたのが、かつてもう二度と行きたくないと思った、この帝都であった。
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