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黄金の魔女フィーア (旧版)

ゆらぐエミリー
「大地よ、彼の者の新たな血肉となりたまえ……ソイル・リジェネート!!」

 宣言と共に、塗り付けた土が傷を埋めていく。次第にそれは肉と皮膚になり、失った腕の代わりとなる彼の剣を彼自身につなぎ合わせていく。

「うぐぐぐぅ!!」

 だが前の傷を埋めるだけの治療とは段違いの反動が、彼にかかっている。拒絶反応の比は、ただ傷を埋めるだけとは比べ物にならない。――それでも彼は耐えきった。
 完全につながった腕と化した剣を見て、満足げに答える。

「……ありがとう、これで恩を仇で返さずに、すみそうだ」
「…………」

 痛ましい姿に、無言で涙を流すエミリー。助かってほしいと心から願っていたのは事実だろう。だけど冒険者になりたての都会の子供に見せるには、刺激の強すぎる景色だったか。

「……うそつき、アレックスを助けてくれるって、言ったのに」
「え?」
「あんた達も、そうだ!!」

 そして隣で休憩するティファレトさん達にも飛び火した。

「何でそんなに平気でいられるのよ……アレックスが大ケガした上にブライアンが死んだのよ!? 弔おうとかいう気持ちはないの!?」

 ……そうだった。他のみんなが仕事を優先していたから、私も意識していなかったけど、ブライアンの死をまだキチンと弔っていなかった。

「うそつきッ!!」

 彼女はそのままテントを出ていってしまった。私もティファレトさんも、どうしようもなかった。

「……うーわ、最悪。あいつらあれだけわがままホーダイしたくせに、こんな時だけ仲間ならとか虫が良すぎない?」

 毒づくミレーヌだが、確かに彼女の言う通りでもある。

「よせ、ミレーヌ。そんなこと言うな。アレックス君の傷に響いたらどうするんだ」

 心の持ちようが傷の治りに影響することも、確かにある。ティファレトさんの言う通りだった。だけど私は違うことを気にしていた。
 ――エミリーが泣いていたことだ。

「いーや、これはどう考えてもミレーヌさんが正しいね」
「なんだって、テオドール君!?」
「あんな自殺同然の死に方をした奴までイチイチクソ丁寧に弔っていたら、戦場は葬式地獄ッスよ。むしろここで弔うより先に全員で生きて帰ることが、あの世の死者を喜ばすことのできる唯一のことッス」

 確かに、仲間なら弔ってもらうことよりも、帰ってこれることを喜んでほしいと思うかもしれない。だけど……

「……お願いだ、みんな」

 そこで、アレックスが口を開いた。

「……なんッスか?」
「俺の悪口はいくらでも言ってくれていい。俺はフォレノワールの魔女を風評だけで侮辱した挙句、助けてもらったのに無駄死にしかけるという恩を仇で返すことをしてしまった」

 アレックスの懺悔を聞く一同。それは、先ほどのエミリーの暴挙に対する言葉でもあった。

「だけど、ブライアンとエミリーのことを悪く言うのはやめてくれ!」

 痛みに顔を歪ませながらも、彼は力強く訴えた。私はその光景を黙って見守る。

「あいつらは本当はとっても素直な奴らなんだ。だから俺達三人はずっと仲良くやってこれた。フォレノワールの魔女のことも、俺達が帝都での噂を馬鹿正直に信じてしまったから実態を知ろうとせずに馬鹿にしてしまった」
「…………」

 無言でうなづくティファレトさん。



『それは君達が彼女にそうする理由を直接聞けばいいだけだろう』

『それをしてなお納得できないなら、もう勝手にすればいいさ』

『だが私は、風評だけで人を見る君達を仲間とは断じて認められない』



 出発する前にティファレトさんが彼を諭すために発した言葉の真意を、彼はようやく理解したようだ。

「確かにフォレノワールの魔女の研究は、エミリーみたいに素直な子からしたら直視するに堪えない研究かもしれない。俺だってこんな体になるまでは同じ考えだったろう」
「…………」
「だけど俺は実際に、こうして命を二度も救われた。過程は何であれども、あんたらの親友のおかげで救われた命が、今目の前にあるんだよ」

 アレックスの訴えを聞いて、私は彼の命を救ったことに誇りを感じた。そして同時に、彼がここまで他人のために真剣になれるということにも驚いた。

「だから頼む、どうかエミリーのことをこれ以上悪く言わないでくれ。時間をかければ俺と同じように和解できると、俺は信じているんだ」

――私の知らない間に随分と成長したのね。軽薄な若い子だと思っていたけど、ちゃんとした人間になったじゃない。

「……そうッスか。だったら仲間の命くらいは、今度こそ自分で守りな

 テオドールは一人そう言って、テントの出口へ向かう。

「帰ってくるまで俺が見張りをやるから、責任持ってあいつを探して来い」

 そう言い残して、彼は剣を握ってテントの前に立つ。

「……ありがとう」

 アレックスはそれに応え、エミリーを探しに出かけた。

「アレックス君、手伝うよ」

 そしてティファレトさんもアレックスに付き添っていった。



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【作者コメント】

 黄金の魔女フィーア作者の如月千怜です。いつもご愛読いただきありがとうございます。

 この「傷ついたアレックス」「ゆらぐエミリー」の二つのエピソードなのですが、原型になった初期原稿では別の内容でした。
 ただ初期原稿ではこのエピソード以後の展開が全体的に不評点が多く、自分自身でも作り直したいと前々から思っていました。

 そもそも初期原稿ではアレックスは獣のゾンビとの戦いで死亡するキャラクターだったので、特に「傷ついたアレックス」のエピソードはかなり思い切ったテコ入れなんですよね。
 私自身、彼のことは元々「ありきたりなざまあ要因」としての役割以外与えていなかったのですが、何度も読み返すうちに彼のことを「本当は騙されやすい(≒噂を真に受けやすい)だけで、根は優しい子なのでは?」という新説を導き出すに至ったのです。

 話が長くなって申し訳ございません。どうしても語らずにはおられませんでした。次回以後はここまで長文を書くことはないと思います。
 引き続き、フィーアという魔女の物語をお楽しみくださいませ。
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