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黄金の魔女フィーア (旧版)
魔女二人の絆
「コォォォーッ!! キエアァァァ!!」
魔物がこちらに気が付いた。無意味に暴れるのをやめて威嚇している。
「来い、デカブツ! 俺が相手だ!!」
一番近くにいたテオドールが叫ぶ。威嚇に挑発で返した。
「キエアァァァ!!」
歓喜するかのようにテオドールへ向かう。拳が迫るが、難なく横にかわすテオドール。今こそ私の使える唯一の攻撃魔法を使う絶好の好期。
「大地よ、怒れ! アース・ブレイク!!」
位置は魔物の手前。石橋の建材が分厚い板のように隆起し、魔物を貫く。
「ゴアァァッ!?」
その様はまさに、岩石の槍。胴体に当たった。
「よし今だ! 脚を狙え!!」
ここぞとばかりに二人が左右から回り込む。両足を切断するつもりだ。上手くいけばこれで仕留められるはず。
「コォォォーッ!!」
その時、魔物が私をにらめつけた。この攻撃が私の魔法によるものだと気が付いたのだろうけど、もうお終いよ。あなたはこのまま脚を引き裂かれるしかない。せめて私を恨みながらその望まぬ生から解放されなさい。
「行っけぇぇぇぇー!!」
テオドールの叫び。普段は冷めているけど戦いとなるとこんなにも力強い声を出すのね。
さあ、このままこいつの脚を引き裂いてトドメを――
「テオドール君、危ない!」
「ッ!?」
「アァァァーーッッ!!」
「ぐはッ!?」
――えっ何!? テオドールが吹っ飛ばされた!?
「くそ、なんてタフネスだ! この状態で後ろに気を回すことができるとは!!」
よく見たら魔物の左脚が後ろに伸びている。近寄ってくるのに気が付いて、蹴りで反撃したんだわ。
「キエアァァァ!!」
さらに抵抗を続ける。両腕を前に叩きつけ、衝撃で隆起した建材を破壊――そして再び立ち上がった頃には、私と奴は互いに向き合っていた。二人のいる方向に振り向く気配はない。
「コォォォーッ!!」
……間違いない、今こいつが狙っているのは私だ。ただ傷を負わされて怒っているだけか、魔法を使える私を最初に始末しようとしているのかはわからない。
――だけど一つだけ断言できることがある。今私に、死の危険が迫っている。今大事なのはそれだけのことだ。
「キエアァァァ!!」
魔物が動きを見せる。何を思ったのか、橋の手すりに飛び乗った。
さらに対岸の手すりに飛び移る。それを何度も繰り返し、私に向かっている。かく乱しているつもりなのだろうか。
「……ッ!!」
そして最も目を見張るのは、魔物が私の真横まで来た時。
この時魔物はより一層高く飛び、私の頭上に飛びかかる。そして両手を振りかぶり、叩きつけようとしてきた。
「まずい、逃げろ!!」
全身を前に乗り出して飛び出す私。ギリギリだが魔物の拳から逃れた。
この重い一撃で建材がバラバラに砕ける。橋は無事だが、右側の手すりが欠けていた。
「くっ……!!」
魔物がまた私をにらんだ。まだ私を狙っている。
「キエアァァァ!!」
また跳躍。今度は足を前に出してきた。蹴りね。
「はあっ!!」
なら私も手すりに飛び移ってやるわ。石の砕ける音が聞こえる。ほら空ぶった。
「コォォォーッ!!」
まだ私だけを見ている。狙いを変えるつもりはない、か。だったら……!!
「さあ来なさい!!」
全力で手すりの上を走る。落ちないように、落ちないように……!!
「コォォォーッ!!」
追ってきているわね。これならいける……!!
「ミレーヌ、今よ!!」
合図と同時にミレーヌが橋の前に躍り出る。
「よっしゃー! これなら絶対当たるわ! ありがとう、フィーア!」
そして両腕を前に構えた。
「みんな、行くよー!!」
掛け声と共に妖精を呼び出す。あれを使うのね……
「はあッ!!」
ここで不意打ち的に飛び降り、手すりにぶら下がる。体は橋の外側に、そうじゃないと巻き込まれる。
「コォォッ!?」
突然歩くのをやめたからか、慌てるように止まる魔物。そしてゆっくりと私の方へ歩み寄る。
「フィーアさん、何してるんだ!? 早く逃げろ!!」
いいや、逃げなくていい。むしろ逃げてはいけない。
「コォォォ……!!」
そうよねえ、思わず舌なめずりが出ちゃうわよねえ。でも、人間という獲物を狩る際にそれは絶対にしてはならない行為!!
「ディバイン・リトリビューション・ブレイカー!!」
――その瞬間、轟音が空を引き裂いた。ミレーヌの腕から魔法が放たれた瞬間だ。
今目の前に見えるのは薄紅色に輝く光だけ。あまりのまぶしさに目を開けないくらいだわ、吹き飛ばされないように……!!
「ゴアァァァァァーッ!!!!」
魔力の轟音の中で、断末魔が一度だけ聞こえた。
「フィーア、もう大丈夫よ」
終わったのね。よし、これでもう大丈夫だわ。頑張って目を開く。
「…………」
魔物の亡骸は骨だけになっていた。いつ見てもすさまじい破壊力だ。
ディバイン・リトリビューション・ブレイカー……ミレーヌがこれまでの長い修業で編み出した最強の魔法。契約している全ての妖精を呼び出し、みんなで魔力を解き放つ。その威力、絶大。
だけどそんな強力な魔法が連発できるはずはなく、一日一回しか使えない。そして他の魔法も一時間くらいは使えなくなる。外したら文字通り終わりの大技。そんな難しい魔法を確実に当てたミレーヌはすごい。
「……よっと!」
力を込めて飛び上がる。その勢いで橋の上まで戻った。
「……ふう。終わったわね」
戦いが終わってすぐ、私はティファレトさんとテオドールの方へ向かった。
「テオドール、大丈夫?」
「……大丈夫、このくらいなら傷薬でも大丈夫そうッス。う、痛たたた……」
テオドールの傷は浅い。確かにこのぐらいなら傷薬で治しても大事には至らなさそうね。でも念押しはしておこうかしら。
「無理しないで。全力で戦えるように魔法で治した方がいいわ」
道具袋から土を取り出す。一応自前で滅菌した土を持ってきていたのよ。あの時は傷口が大きかったからその場にある土を使ったけど。
――テオドールの治療は何事もなく終わった。
「ティファレトさん、大丈夫?」
「なんというコンビネーションだ……君達は一体……」
あまりの凄さに、ティファレトさんは放心していた。
「あの、ティファレトさん?」
「はっ!? すまない、ボーっとしていたよ」
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫。おかげで無傷だ」
ティファレトさんは何もけがをしていないようね。良かったわ。これで村長の屋敷に向かえるわね。
「じゃあ村長の屋敷へ向かおうか。ミレーヌ、エミリーを連れてきてくれ。すぐに出発だ」
「了解よ」
もうみんな息が合うようになっているわね。出発する前はミレーヌがわがままを言ってみんなを困らせないか心配だったけど、意外と素直にみんなの言うことを聞くのね。
子供の頃一緒に魔法の修行をしていたあの日を思い出すと、成長したわね。
「……しかしご婦人を危険にさらすとは、私もまだ修業が足りんな」
感慨に浸っていたら、ティファレトさんの落ち込んだ声が響いた。私も無茶をしすぎたのは反省しないとね。
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