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黄金の魔女フィーア (旧版)
獣のゾンビ
「キィエアァーッッ!!」
五分くらい様子を見ているけど、あの魔物は橋を離れようとしない。あれからずっと金切り声を上げて橋を叩いている。橋を破壊しかねない勢いで。さらには巨体に似合わぬ跳躍を意味なく披露。
そんなに暴れ足りないなら追ってくればいいのにね。そうすればいくらでも暴れられるはずなんだけど。これは何者かの命令で動いている線が濃厚だわ。
それにしても獣性に似合わぬ妙な律義さは一体どうなっているのかしら。これを作った魔術師はある意味物凄い天才だわ。
「どうする……奴を倒さないと進めなさそうだが?」
そうなのよ。これが一番厄介なのよね。追ってくるなら上手くかく乱して戦いを避けることもできなくはないのだけど、橋に留まられているからねえ。
それにこのまま放置していたら橋が壊れちゃうわ。そうなると物理的に先に進めなくなってしまう。
「ねえ、回り道とかできないの?」
ミレーヌの提案。でもティファレトさんは首を横に振る。それができるなら最初からしているわよね。
「ミレーヌさん、そんなことしても目先の危険を遠ざけるだけですぜ」
テオドールが別の角度から指摘する。
「この村を奪還するためにはいつかあいつを倒さないといけないんだ。それを先延ばしにして他の班に押し付けてもいいってなら別に止めはしないッスけど」
「あんた、痛いところをついてくるわね……」
そこはさすが元軍人ってところかしら。確かにそれも言えている。
「しかしあいつ、橋を離れないッスね」
「確かに。なぜだ?」
そういえば、あの魔物に関する私見をまだみんなに教えてなかったわね。
「恐らくあの魔物には、命令を理解するだけの知能があるのよ」
教えてあげたら二人共驚いている。信じられないと言わんばかりだ。
「なぜそこまで言い切れるんスか?」
「そうだ。私にはあんな粗暴な動きをする魔物にそんな知性があるとは思えないが?」
当然の疑問よね。素人ならそう考えても変じゃない。でも、私は理解している。
「考えてみて。もしあの魔物がただ暴れるだけの知性しか持っていないなら、どうすると思う?」
一言説明するだけで、とたんに二人共納得したような表情に。
「……普通なら橋の上に留まらないで追ってくるだろうな」
「そうッスね。言われてみれば確かに」
「でもフィーア、それだったらあいつはなんであんなに暴れてるの?」
「……そこは私も理解できない。でも今はそれを考えている場合ではないと思う」
とにかく、あれをどうやって倒すか考えないとね。あの強靭な肉体を相手に白兵戦は不利。となると魔法で攻めるしかないか。
「ミレーヌ、全力で魔法を撃てば一撃で仕留められる?」
攻撃魔法なら私よりあなたの方が得意。お願いできるかしら?
「当たればいけるかもしれないけど、あんなに素早く跳ねられたら外すかもしれない」
……外れた時のリスクか。確かに。妖精魔法は魔法の中では比較的連発が利く方の系統だけど、それでもあんなに速い相手が次の詠唱を待ってくれるとは思えない。
後衛の安全を考えたら確実に一撃で仕留める必要がある。失敗すればパーティーが全滅しかねない賭けだ。
「そういうことなら、私が奴の足を止めよう」
思案している間に、ティファレトさんが立候補した。
「あんた本当にいいの? あいつに近寄るのはかなり危険な役だと思うんだけど?」
「構わんさ。君に口説かれた時に男手として全力で守ると約束したからな」
私の知らない間にそんな約束していたんだ……ありがちといえばありがちだけど。
「じゃあ俺も行きますよ。あれと一人でやり合うなんて絶対無理ッス」
「フッ、それは頼もしい。感謝するぞ」
テオドールも進んでその役を引き受ける。人を囮にするような提案ばかりしていた彼が、この危険な役を引き受けるとはね。自分が生き残ることばかりを考えているわけじゃないのね。
私はどうするべきか……安全を考えたら後ろでいる方がいいのは間違いない。でも、私の使える魔法はどれも射程が短い。ある程度近づかないと対象に届かない。
あんなにも巨大で俊敏な魔物が相手だ。足を止めるだけでもすさまじい労力を要するだろう。支援できるならできる限りのことをした方がいい。だったら……
「じゃあ私も行くわ」
みんなが声を上げて動転した。
「え、フィーアも行くの!?」
「やめた方がいいッスよ。あいつは素人の手に負える相手じゃない」
「テオドール君の言う通りだ。フィーアさんは下がってくれ。我々二人で止める」
わかってはいたけど、みんな止めるのね。心配する気持ちはわかるわ。私も普段だったらこんなこと絶対に言わない。
でもここで下がったら取り返しのつかないことになるかもしれない。今こそが私の命を使うべき時だから。
「いやダメよ。私の魔法は射程が短い。ここからだとあなた達を支援しきれない。だったら私の危険と引き換えにしてでも、あなた達が安全に戦えるようにした方がいい」
ここは自我を通すのよ。たとえここで命を落とすことになったとしても、みんなが先に行けるようにしなくちゃ。
「…………」
みんなが黙る。やっぱり、私の提案は受け入れられないのかしら?
「……なるほど、我々の負けだ。そこまで言うなら一緒に来てもらおう」
その時、ティファレトさんがそう言った。テオドールもそれに黙ってうなずく。
「ええ、本当に連れて行くの!?」
「彼女が死を覚悟した上でそれを望むなら、私は拒まん。全力で守ろう」
ミレーヌだけは納得できていないみたいだけど、やはりティファレトさんが彼女を諭す
「テオドール君、君もそう思うだろう?」
「そうッスね。そういう考え方は嫌いじゃない」
「…………」
ミレーヌも口ごもったから、全員納得したってことでいいわね。
「では行くぞテオドール君。奴に人間の結束力というものを教えてやろうではないか」
「了解、二度と立てないよう脚をぶった切ってやりますよ」
二人が剣を構え、橋へ向かう。攻撃が集中するのを避けてお互いが両端に陣取った。
「じゃあ、もしものことがあったらあなたはエミリーを連れて逃げて」
「……わかったわ。でも、絶対に死んじゃダメよ!!」
私も二人の後を追う。右端のティファレトさんについていくわ。
「コォォォーッ!! キエアァァァ!!」
魔物がこちらに気が付いた。無意味に暴れるのをやめて威嚇している。
「来い、デカブツ! 俺が相手だ!!」
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