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深緑の魔法使い

14 真実
 あたしとセドは、長い間、ナナの家に留まった。この先の予定が立たなかったからだ。旅に出た当初は、何も手がかりがなければ、ヤーデの屋敷に戻るつもりでいたのだが。
 それに、あたしはセドのことについて、踏ん切りがつかなかった。それは彼も同じだったと思う。
 ナナの話を聞いてから、あたしとセドはどことなく距離を置いていた。魔法使いと、普通の人間。ナナのように、共に歩むことは、並大抵のことではない。
 しかも、あたしは異世界人だ。ハーレンが見つかれば、必ず帰るだろう。セドへの想いを自覚した今、あたしの考えは堂々巡りをしていた。

「なあ、マヤ。やっぱり一度、レドリシアに戻ろう」

 ある日の夕食後、セドが言った。

「あたしも、そうした方がいいと思ってる。屋敷に戻って、どうするか決めたい」
「じゃあ、決まりだ。出立は……いつにする?」
「もう少し、してから」

 ナナは、いつまででも居ていいと言ってくれていた。あたしの決心が揺らいでいることを察してくれたのだろう。
 屋敷に戻ることを決めても、あたしはナナに甘えたい気持ちになっていた。



 あたしはその晩、寝付けなかった。起き上がり、セドの寝顔を眺めていた。水でも飲もうか、と思ったときだった。

「マヤ。外に出てきなさい」

 どこからともなく、少女の声が聞こえてきた。あたしはびっくりして辺りを見回したが、誰も居ない。声の主は、どこにいるのか。

「早く。他の者が起きてしまうぞ」

 あたしはそっとベッドから出て、慎重に家の扉を開けた。
 そこには、腰まである金髪を揺らした、白いローブの美しい少女が立っていた。

「わしは無限の魔法使い、ハーレン。そなたを連れに来た」

 彼女が、ハーレン。あたしがずっと追い求めてきた魔法使い。まさか、彼女の方からあたしの所に来るだなんて、思ってもみなかった。

「村の外れに、転移魔法陣を敷いてある。さあ、こっちへ」

 聞きたいことは山ほどあった。けれど、今はただ、ついていくしかない。あたしは黙ってハーレンの後を追った。



 ハーレンの言ったとおり、そこには青く光る魔法陣が敷かれていた。ハーレンは手を振り、あたしに乗るように言った。

「少し、気分が悪くなるかもしれぬ。我慢せいよ」

 魔法陣に乗った途端、辺りの景色が揺らぎ始め、すうっと溶けて行った。あたしは思わず目を瞑った。頭が痛い。

「もう、目を開けていいぞ」

 ズキズキと痛む頭を押さえながら目を開けると、そこには立派な屋敷があった。周りは森に囲まれており、ヤーデの屋敷を思い起こさせた。
 ハーレンに続き、あたしは屋敷の中へ入った。立派な調度品が並んでいる。あたしはハーレンに、ソファに腰掛けるように言われた。

「大樹の魔法使いの弟子、マヤ。そなたがわしのことを探していると知って、この通り出向いてきたのじゃ」
「あ、ありがとうございます」

 見た目は少女なのに、とんでもない威圧感があった。あたしはハーレンの顔をまともに見れなかった。

「もう少し、楽にせい。わしは確かに長命だが、そなたと同じ魔法使いじゃよ」

 そう言ってハーレンは立ち上がり、茶を淹れはじめた。それを飲んでようやく、あたしも落ち着いた。

「あの、異世界研究について、知りたいのですが」
「ああ、教えてやろう。そなたの知りたいこと全てを、わしは知っておる」

 青く光る知性的な瞳は、何もかもを見通しているようだ。あたしは大きく息を吸い込み、ハーレンに尋ねた。

「元の世界に帰る方法を、知りたいんです」
「そうじゃろうて。だがまず、あちらの世界とこちらの世界について、説明せねばならんな」
「ぜひ、お願いします」
「わしは、そなたと同じ世界から来た、アルトリーデンという男に出会った。そして、奴と研究を進める内に、次のような仮説に至ったのじゃよ」

 ハーレンの話はこうだった。
 あちらの世界——あたしの居た世界と、こちらの世界は、交わることなく一点で繋がっている。その点に、何らかの負荷がかかったとき、点の上に居た存在が入れ替わってしまう。それが、異世界転移である。
 その点は、絶えず移動する。よって、点を目がけて移動することはまず不可能。そこで思いついたのが、転移魔法陣である。

「先ほどお前さんが通ってきたように、こちらの世界の場所と場所とは繋ぐことができた。だが、普通の人間では無理じゃ。魔法使いでないと、耐えられぬ」
「では、異世界間を繋ぐ魔法陣は」
「例えわしでも、通るのはできないじゃろうて。よって、わしとアルトリーデンは、この研究を諦めたのじゃ。とっくの昔にな」

 そんな。あたしは愕然とする。そして、追撃を加えるかのように、ハーレンが言う。

「そして、あちらとこちらでは、時間軸そのものが違う。通れたところで、元の時間軸に戻れる保証はない」

 あたしは、シオドルの街にあった軍艦のことを思い出した。時間の流れ方そのものが、二つの世界では違うのだ。

「過去に行くかもしれぬし、未来に行くかもしれぬ。お前さん、こちらに来てからどれくらい経った?月日が経つほど、歪みは大きいぞ」

 あたしは何も言うことができなかった。希望は、これで断たれたのだ。

「母さん……」

 泣いているあたしを、ハーレンは赤子にするようにあやしてくれた。長い間、あたしはそうしていた。

「残酷だがの。お前さんは、こちらで生きていくしかない。アルトリーデンも、そうして生きて、逝ってしまった」
「でも、でも!試させてください、お願いです!」
「断る。絶対に失敗する魔法など、わしは使わん。それに、貴重な魔法使いの数を減らしたくはないのじゃ」

 ハーレンは、あたしの指輪に触れ、こう言った。

「マヤ。お前は、自身も気付いていないじゃろうが、才能のある魔法使いじゃ。よって、わしから名を贈る。深い緑、と書いて、深緑じゃ」
「深緑……」
「深緑の魔法使い。今後は、そう名乗るといい」

 ハーレンが言い終わると同時に、指輪が光り、はめられた魔石は、より一層濃い色になった。

「生きていけ。魔法使いとして。その才能を枯らすでない」
「一体、どうやって生きていくんですか!」
「迷ったときは、いつでもこの屋敷に来い。ひとまずは、戻るんじゃな。待っている者がいるんじゃろ?」

 あたしが思い浮かべたのは、セドだった。
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